【800ページ】学術的コーチングハンドブックのまとめ「The SAGE Handbook of Coaching」【英語】

「コーチングって何?」
こう聞かれて答えに困った人は多いんじゃないかでしょうか。
教えている団体や人によって答えが違いますよね。
2007年からコーチングをしている私も、この質問に答える度にもっと最適な答えがあるかなぁと考えます。

では、「なぜコーチングの共通定義は決まっていないんでしょう?」
もっとつっこむと、「定義を決める必要ってあるんでしょうか?」
そういった問いかけと答えから始まる書籍があります。

The SAGE Handbook of Coaching

その本とは、学術誌を扱う大手のSAGE社が2017年に発行した「The SAGE Handbook of Coaching」です。プロのコーチとして、コーチングとは何なのか?、その起源や学術的な発展を理解したいという方におすすめの本。

コーチングの本は、活躍しているコーチが持論を展開するもの、つまり「私が信じるコーチングとはこういうものだ!」という本が多い中、この本は学術的に文献を参照しながら、様々な視点を検証して論を展開します。だから、内容も深い。

ただ、英語、800ページ、高額(1万8000円)とハードル3点セットなので、いきなり読むのは難しい……。そこで、重要と思った部分をnoteで紹介していきたいと思います。少しでもあなたのコーチング理解の助けになるとうれしいです。


本の目次

まず、どんな内容が書かれているか、おおまかに知るために目次をみてみましょう。全体は6つのPartに分かれています。

  • Introduction

  • Part 1: コーチングの位置づけ Positioning Coaching as a Discipline

    • コーチングの起源、心理学や学習論との関係整理

  • Part 2: プロセスとしてのコーチング Coaching as a Process

    • クライアントとの関係、ナラティブ、フィードバックなどの利用

  • Part 3: コーチングで扱われるテーマ Common Issues in Coaching

    • 価値観、強み、役割変化など

  • Part 4: 文脈の中のコーチング Coaching in Contexts

    • 異文化、チームコーチング、教育、医療分野等でのコーチング

  • Part 5: コーチングの研究 Researching Coaching

    • コーチングの成果、プロセス、心理アセスメントの利用など

  • Part 6: コーチの能力開発 Development of Coaches

    • コーチ育成のトレンド、資格、倫理、技術への対応


Introduction

「会話による支援」の100年の歴史 3手法の登場

よくあるコーチングの本は、コーチングとは「XXである」みたいな定義から始まることが多いですが、この本は違います。

まずは、人類と支援の歴史の話から。(壮大……)

人類は歴史上、家族や友人など身近な相手をサポートしていた。その後、支援の専門家が登場する。「会話による援助 helping by talking」の流れとして心理療法→カウンセリング→コーチングという歴史の変遷がある。

書籍まとめ

まずは20世紀初頭に心理療法が始まります。

心理療法 Engel (2008)
・20世紀初頭に始まる。
・「会話による治療 」の原型。患者の治療に人間関係を用いることが確立した。
・第2次世界大戦の帰還兵に対しての心理的ケアがニーズを生み出し、分野として発展した。

人と人が会話をすることで、心理的な治療を実施するという形式そのものが確立したのは20世紀初頭なので、まだ100年ほどしか歴史がないことが驚きです。そして、第2次世界大戦によってニーズが増大し、分野として発展したんですね。

カウンセリング
・20世紀後半には多くの国で普及
・心理療法の有効性が示され、もっと心理的ダメージが軽い人へも同様のアプローチがされるようになった。
・たとえば、健康管理、薬物とアルコールの使用、キャリア、職場課題、経済的な問題、悲しみ、人間関係の混乱

いまや一般的なカウンセリングですが、心理療法が発展したものと位置づけられるそうです。

コーチング
21世紀にはいる頃にブームとなる。
・「会話による支援」が人間の成長を促進する目的でも活用される。
・20年近く経過した現在も存在し、新興の専門職として定着したとみなすことができる。

心理療法、カウンセリングと発展してコーチングは、新興の専門職として登場しました。(ちなみに、この本は、コーチング実務家が知識のベースを構築するために利用してほしいというのが、筆者たちの思いとのことでした。)

「コーチング」を考えるための問い

そして、本はPart1で次の5つの問いを投げかけます。

  • コーチングは定義できるのか?

  • コーチングにおいて、権力と価値観の違いはどう扱うのが良いのか?

  • コーチングは効果があると証明するにはどうすればいいのか?

  • コーチングにおける目標設定と成果達成への適切なアプローチとは何か?

  • コーチングと他手法との境界線はどこか?

どれも、コーチングの価値を高めるためには重要かつ、答えるのが難しい問いですね。実際、ひとつの問だけで一冊本が書けそうです。

では、早速ひとつ目の問。「コーチングの定義」についての内容に入っていきましょう!

コーチングの定義って必要ですか?


コーチングの多様な起源と学際的(学問領域をまたがる)なことを考えれば、異なるコーチングの定義があるのは当然。ただし、定義がないことによるデメリットがあり、定義を作成しようという動きが起きます。

コーチングの定義がないことのデメリット
・コーチングは単なる技法の組み合わせとして批判される。(Peltier、2009; Ellinger, Hamlin & Beattie、2008)
・コーチが専門家(プロフェショナル)として確立しない(Sherman & Freas, 2004)
・研究において成果の転用がしにくい
・コーチング初心者にとっては位置づけが不明確で理解しにくい(熟練者は問題にならない)
・コーチングを受けたことのない人(潜在的なクライアント)がコーチングを理解できない

たしかに、これは日本でも問題になっているなぁと思いました。
「コーチングが何が分からない」という人が多いのは定義がいろいろあるせいです。「受けてみれば分かるよ」という説明もありますが、時間がかかるので少し乱暴のように思います。
コーチングが色々あることで学術研究が進まないというのも、コーチング全体の発展を妨げてますね。

コーチングの定義を作るメリット
・より効果的なガイドラインを作成できる
・自主規制により基準をつくることができる(Lane, Stelter & Stout-Rostron, 2014)

デメリットを解消する以外にも、定義をつくることの純粋なメリットもあります。

じゃあ、定義作った方がいいんじゃないか?となる訳ですが、これが作成するのが難しい!Bachkirova & Kauffman (2009)が多様なコーチングの共通点(普遍性)と、カウンセリング等の他職業との違い(独自性)を考慮して定義を整理する軸を作成しました。

Bachkirova & Kauffman (2009)によるコーチングの4種類の軸

1.目的(すなわち、何のためのコーチングか)
2.プロセス(コーチングの内容)
3.文脈(実施場所)
4.顧客層(どのような人々にサービスを提供するか)

この4軸で整理するのが良さそうだと検討したそうですが、コーチングは多岐にわたり普遍性と独自性を満たす定義は作成できなかったそうです・・・涙。

こうした定義する努力とはうらはらに、コーチングの定義を嫌う人たちというのも存在します。

コーチングの定義をつくりたくない人の理由

1.「明確な」定義を目指すよりもコーチングの柔軟性を評価する必要がある(Cavanagh, 2009など)

2.ポストモダン思想が、コーチングにおける多様性の存在を擁護し、コーチング業界に固定的なルールや規制を適用するのを批判している(Garvey, 2011; Western, 2012; Bachkirova and Lawton Smith, 2015)

コーチング自体が「ひとつの正解でなく解釈を探求する」「個人の意味付けを重視する」という思想の上にあります。コーチングの明確な定義がなくてもいいという考えは、私も何度か耳にしたことがあります。

コーチングの定義って作れるの?

と、ここまできて、コーチングの定義が作れる気があまりしません。
しかし、Bachkirova、Sibley、Myers(2015)が実証的な研究をして定義作成を試みました。

CTIやゲシュタルトなど異なるコーチングを実施する5か国41人のコーチに、想像上のコーチングについて記述をしてもらうといった実験です。その結果、多様なコーチがいるのにも関わらず共通点が見いだされたそうです。

Bachkirovaらの研究

「コーチング」の共通点

・クライアントの悩みに寄り添う
・コーチの役割として、自分や一般的な価値観からでなく、クライアントの世界観から質問をする
・セッションは流動的で速いペースは必要としない
・「フロー状態」を妨げるものは排除する
・希望と前向きな感覚を持って行う
・つながり、温かさ、理解、尊重に価値を置く。

まとめると、コーチングとは……
「クライアントに焦点を当てた流動的なプロセスであり、コーチとクライアントは、前向きな期待を抱く魅力的で尊敬に満ちた関係の中で、クライアントの世界観を探求するもの」

「コーチングではないもの」の共通点

・治療的な意味で、無意識の動機を明らかにする
・クライアントの精神分析を行う

Bachkirova, T., Sibley, J. & Myers, A. (2015). Developing and applying a new instrument for microanalysis of the coaching process The Coaching Process Q-Set. Human Resource Development Quarterly, 26(4), 431–462.

こうした実証的な研究(GTAを用いる等)を増やしていくことで定義を作成していくことは可能だろうと本では述べられています。

Part 1: コーチングの位置づけ Positioning Coaching as a Discipline

ようやく前置きの章が終わり、本編に突入です。
ただ、「コーチングの前提」について言及している本は少ないので、ちょっと詳しめに紹介しました。
ここからは目にとまった部分だけを抽出してご紹介しています。

2つの哲学的立場 「モダニズム」と「ポストモダニズム」

この20年間、学術領域においてコーチングの研究が進んでいる。
様々なコーチングがあるが、大きく分けて2つの哲学的立場に分けられる。それは、二つの思想体系である「モダニズム」と「ポストモダニズム」である。(下図のまとめ参照)
Oxford Brookes University コーチング心理学教授 Bachlirova

モダニズムとポストモダニズムのまとめ(本より抜粋)

本文の内容を借りて、簡単にまとめると2つの思想は次のようになります。

◆モダニズム
自然科学の客観的な世界観。事実を集めて論理で真実をつくっていく。

◆ポストモダニズム
現実は個人の主観を通して解釈したものであり、文脈に応じて真実は複数存在する。

それぞれのパラダイムでの研究の特徴は次のようなものである。

◆モダニズム
・コーチングがクライアントの意識や行動を変えて、それを変化として測定する。
・できるだけ他の影響を排除して、コーチングのプロセスを定めコーチングと成果の関係を主張する
(e.g. Kochanowski, et al., 2010; Grant, 2013)

◆ポストモダニズム
・コーチとクライアントが対話しながら現実を共同で創造する。
・文脈の詳細な考察や研究の心理的背景の豊かな記述を行う。
(e.g. Maxwell, 2009; Gyllensten and Palmer, 2006; Myers, 2014).

伝統的な組織開発(OD)と対話的組織開発との構図が、コーチングは同じ概念の中で内在しているということだと思います。

コーチ個人も両方の考えを持っている人も多いんじゃないかでしょうか。たとえば、ポストモダニズム的に構造も正解もない対話をしたいと言いつつも、モダニズム的に分かりやすい成果を出していきたいという感じです。こうなると、「成果を出すには目標をしっかり決めてステップを進んで…」となるけど、「そうはしたくない」となってジレンマを感じます。

モダニズムとポストモダニズムのブレンド比はコーチによって、(また、どこで学んだかによって)違うでしょう。ただ、「コーチング」が全体としてより良いものになっていくためにも、コーチが自覚的にこの2つの概念を認識し自分のメソッドを整理するのが良いと思いました。

第3の選択肢?プラグマティズムPragmatism

コーチングが、モダニズムとポストモダニズムの2つの哲学的立場から捉えられているという話がありましたが、この2項対立を超越する役割として、プラグマティズムが紹介されています。

コーチングのような応用的な知識分野では、プラグマティズムの役割を認識することが重要だそうです。

プラグマティズム

プラグマティストは、現実がどのようなものであるかを述べることに価値を見出さない。彼らによれば、知識とは対話的なものであり、積極的に世界を探求した産物であり、現実がどのようなものであるかを行動によって確立することである(Bem and De Jong, 2013)。
例えば、Peirce(1977)は、知るという行為には、知る対象、その記号(例えば、言葉や研究方法)、記号の解釈者が含まれると主張した。この3つの要素は不可分であるため、独立に存在する対象や記号を別々の表象として語ることは意味をなさない。このようにプラグマティズムは存在論と認識論を切り離さず、我々が直面する特定の問題を解決するための知識の有用性に主眼を置いている(Rorty, 2010)。

プラグマティズム、より実用的な思想であるようです。

ここまで見てきたように、コーチングは様々な哲学的立場を持っているが、コーチング研究者(おそらくコーチである実務者も)、その立場を自覚していないと本では指摘されています。
実践でうまくいったことを表す経験やモデルを共有したいという目的の研究が多い(例:Whitmore, 2002; Rogers, 2012など)。一方、社会構成主義の立場からの質的研究(Maxwell, 2009など)や、批判的理論の立場からの概念的研究(Western, 2012など)など、ポストモダンの認識論的態度とより親和性の高い出版物のカテゴリも、かなり小さいながらも増えてきている。

他の手法との位置づけ メンタリングやリーダーシップ開発等

ここからは、他の対人手法とコーチングがどう違い、どう関係しているかを整理していきます。

コーチングと関連のあるもの
・カウンセリング
・心理療法
・メンタリング
・リーダーシップ開発
・コンサルティング
・社会学
・哲学
・心理学など
(例:Bachkirova, 2007; Garvey, 2014; Day et al, 2009; Kilburg, 2000)

さらに、社会学や人文科学までひろげて図にすると次のようになります。


さらに、コーチングのアプローチが複雑であることを図を用いて説明しています。(Cavanagh and Lane, 2012; Cox et al, 2014)

コーチング契約に関係する要素の複雑さ

コーチングのプロセスは、個々のクライアントとコーチがどのようにそれを見て、経験するか(プロセスの現象学)、相互作用における彼らの信念、期待、相互の意味づけ(解釈学)、そしてコーチングプロセスに絡む彼らの文脈とより広い環境の多くの要因(複雑性理論:complexity theories
)を考慮する人々によって非常に異なって見られることでしょう。

Cilliers(2005)は、ポストモダンのアプローチは複雑性に本質的に敏感であるといっている。コーチングにおける複雑性理論の重要性は、還元的実証主義の直線的な因果関係の説明とは別の視点を応用実践に提供することにある。

コーチングは要素が複雑に関係しているので、モダニズムの視座でシンプルなインプットとアプトプットを整理するというアプローチでは見えないものがあるということだと思います。
そこに違う角度で光をあてるのがポストモダニズムの視座でのアプローチ、複雑性理論ということになります。Burnes(2004)はCAS:complex adaptive systems theory を用いるのが有効だと言っています。

コーチングのプロセスは物語的探究(Stacey, 2012, p.95)として捉えられており、このプロセスの創発的な性質は、その成果を大きく予測できないものにしている(Alvesson, 2001; Cavanagh and Lane, 2012; Garvey,2011; Jones and Corner, 2012; O'Connor and Cavanagh, 2013; Schön, 1983; Stacey, 2003, 2012)。

つまり、コーチングの対話はその場その場で創られるものだから、成果なんてあらかじめ分かるもんじゃないよ、と言ってる訳です。(んー、ビジネス視点で考えると困った笑)

この思想の元で考えると、コーチが資格を持っていれば良い結果につながるだろうという考えにも疑問がなげかけられます。コーチの能力が高ければ成果が出るといった因果関係でなく、様々な要素の上に成果があると考えるからです。(Stacey, 2003, 2012; Cavanagh and Lane, 2012; Bachkirova and Lawton Smith, 2015; Garvey, 2011; Jones and Corner, 2012)コーチングがコーチとクライアントの間の「共同意味づけ joint meaning making 」のプロセスとして理解されるならば、それは解釈学ではり因果関係を限定しようとするアプローチからは外れることになります。


~ 執筆中 2023/2/2 ~

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