身軽に、生きたい。
なにと聞かれても答えられないけども、
いつも心の中に確実に存在する
漠然とした不安感。
じぶんの場合、
いつもそれは「なにかを失うこと」だった。
今ある環境も、友人も、
恋人も若さもお金もなにもかも
いつかじぶんの元から
消え去っていくのではないか。
手に入る前から失ったときのことを考えては、
行動すらせずあきらめることもあった。
不思議なことにそれとは対極的に、
身近にあるもの。いちばんは家族だ。
身近に存在するものは
この先いなくなることも死ぬこともないし
一生存在するものなんだと思っていた。
まぬけなくらいに。
そして、最も身近で大切な母を亡くした。
まるで後を追うかのように、
残された唯一の家族だった愛猫も失った。
母が亡くなってから、何年も苦しんだ。
どうしようもない孤独感と、
「ありがとう」と「ごめんね」の代わりに
最期に放った取り返しのつかない
心ない言葉を毎晩悔やんだ。
身軽に、生きたい。
最初は悲しみと罪悪感から逃げるためだった。
だけど、
いろいろと行動をしているうちに
母は死をもって大切なことを
伝えてくれているのではないか。
そんなふうに思えてきた。
「そのままじゃダメだよ、変わらなきゃいけない。
二度と同じ後悔を繰り返さないために」
気休めかもしれないし、
自分を肯定するためのこじつけかもしれない。
だけどそんなメッセージを
受け取ったような気がした。
そこからはじまった、じぶん改革。
現実をしっかりと受け入れることを学び、
まずは自分自身に根深く存在する
「執着心」に気づいた。
人に対する執着心。
物に対する執着心。
過去に対する執着心。
自分の人生に重さを与えてるものたち。
いつも人に気に入られようとして、
嫌われまいとして、
人気者であろうとして。
ステータスとしてだけの、
欲しくもないものを買い集めて。
自分自身がいかにすごい奴だったか
隙あらば自分語りをすることに必死になって。
すべてを抱え込みながら、
未来に想いを馳せているから
「今、この瞬間」が
まったく存在していなかった。
そこからとにかくいろんなものごとを
手放し身軽になりたいと学んでいるうちに、
「ミニマリスト」という生き方に出会った。
現状との真逆の生き方に
一瞬で魅了された。
4年経った今でも勉強中ではあるが、
ミニマルな生活
ミニマルな生き方との出会いが性格を変え、
人間関係を変え、心のゆとりを与えてくれて
生活にも更に余裕が生まれた。
人生を変えてくれた。
これからも学びは続く。
なり得る最高のじぶんになる為に。