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【アルバム紹介】雅楽~平安のオーケストラ / 宮内庁楽部 (1999)

はじめに

あけましておめでとうございます。
年末年始のお休みって計画的に作業をこなしていかないと全然足りないな、と思ったりしました。

早速ですが、みなさまは初詣されましたか。私は人混みを避けたく2日の早朝に近所の神社まで行ってきました。お正月の神社だとなにやらかしこまった音楽が流れていることが多いですが、あれは「雅楽」です。
あの音を聴くと神社を連想する方も多いかと思います。

というより、このタイミングでしか雅楽を耳にする機会はないのではないでしょうか。雅楽器が用いられた曲が話題になったり、実験音楽的に雅楽演奏が取り入れられたりといったイベントが散見されるものの、いち文化としてはあまり一般的ではないでしょう。
聴く音楽というよりは、新年早々聞かされる謎の音の集まりになっているのが現状です。

そこでこの記事では、積極的に雅楽を聴いてみることを目的に、どうにかして楽曲の紹介をしてみようと思います。

このアルバムは、宮内庁楽部(名実ともに宇宙一雅楽が上手い方々)の演奏を収めたものです。サブスクで聴けるようになったのはつい最近ですが、録音自体は平成元年のものです。

平調 越天楽

越天楽(えてんらく)だけは、名前を聞いたことがあるという方もいらっしゃるかもしれません。正月に神社で流れているのもたいていこれだと思います。
これ以降の楽曲もそうなのですが、越天楽はトラックでいうと1. 平調音取と2. 越天楽でセットになっています。1曲目の「音取(ねとり)」は、恋人の強奪楽曲を演奏する前の雰囲気作り・音程合わせのための短い曲です。

そういえば、ご存知NAMIKIBASHIの「日本の形」シリーズの最初と最後に使われているBGMは『壱越調音取』だったりします(平調(ひょうじょう)とか壱越調(いちこつちょう)というのはキーに相当するものです)。

曲を聴いてみましょう。初めて聴くときは、(しょう、と読みます。キラキラした音色で伴奏を吹いているのがわかるかと思います。)の響きを中心に聴くのがいいかもしれません。というのも、雅楽は西洋音楽とは異なる拍のとり方をするのですが、管楽器の中だと笙が拍子をコントロールしているのです。集中して聴いていると、メロディーが必ず、笙が音を張るのを待ってから次のフレーズを演奏しているのがわかってくると思います。これをつかむと、曲全体のリズムもつかめてくるのではないでしょうか。

そうして笙のうねりを聴いていると、曲のスピードが実はどんどん上がっているのにも気づかないかもしれませんね。

喜春楽

きしゅんらく、と読みます。
トラック名に(舞楽)とあるように、この演奏では舞を前提として演奏しています。舞がつくとこうなります。

舞人の動きをみていると、途中で跪いて上着の袖を脱ぐ謎のシーンがあります。ただ、これはきちんと決められた動作・着方(片肩袒/かたかたぬぎ)です。雅楽はその形を1000年維持しているとされていますから、1000年前の舞人も曲中で袖を脱いでいたわけです。
平安ジョークです。

1曲めの調子(音取のちょっとながいやつだと思ってください。)を聴いていると途中でメロディーが次々に重なる部分があります。これを退吹(おめりぶき)というのですが、なんと重ねる際の決まりごとは(「前の奏者に追いついてはいけない」ことを除いて)ありません。
退吹の複雑な音の重なりは、他にない雅楽だけのグルーヴです。

2つ目の序ですが、聴いてみるとパート内ですら若干ずれがあることがわかると思います。それもそのはずで、基本的にはに序には拍子が設定されていません(寸分違わず揃っていたら逆に変な感じがします)。ゆったりとした旋律の緩急を楽しむ、といったところでしょうか。

最後の破は楽曲のメインパートになります。越天楽と比較して、音にメリハリがあったり、加速が若干急になっていることがわかると思います。これは構成の違いによるもので、舞楽の方が曲の動きが大きく、概して聴きやすいと思います(なお、越天楽は構成でいうと「管弦」になります。「詩歌管弦」の漢詩でも和歌でもないやつです)。

盤渉調 青海波

ばんしきちょう せいがいは、と読みます。

Q. ↓の柄の名前なーんだ?

A. 青海波。

この楽曲用の舞人の装束が、この柄の名前由来になっているようです。

さて、この楽曲は越天楽と同じく「管弦」の形式で演奏されていますが、個人的には越天楽より雅楽っぽい曲になっているなと思います。というのも、越天楽を聴いているとメロディー担当の2つの楽器がほとんど揃っています。対して、青海波だとそれぞれが別のフレーズを演奏し、部分的に揃う構成になっています。
不安定なフレーズ同士が要所で噛み合っていくのも、雅楽の聴きどころです。

源氏物語にて、光源氏が青海波を舞っていた描写もあるそうな…

貴徳

きとく、と読みます。

「なんか音が足らん」と思われたことでしょう。
先の3曲と貴徳との違いは、その由来にあります。前者は中国・南アジア由来の「唐楽(とうがく)」、後者は朝鮮半島由来の「高麗楽(こまがく)」です。高麗楽では笙を使いません。

貴徳の舞では小道具の鉾を振り回すので、見ているだけで楽しい。喜春楽と比べても相当動きがあります(喜春楽のような舞は「平舞(ひらまい)」、貴徳の舞は「走舞(はしりまい)」です。)。
珍しくエンタメ的です。
曲調も、メインパートの「急」に照準を合わせるかのようで気持ちがいい。舞の映えを意識してか演奏もハキハキとするので、走舞の舞楽曲は一番聴きやすいかなと思います。

そういえば、唐楽の次に高麗楽を演奏するような構成の演奏会だと、笙奏者が舞台上でじっと待機していたりします。先に捌けられればそれでいいのですが、雅楽の演奏会では閉幕のタイミングで『長慶子』という曲を演奏するのが通例となっています。そのため、曲間の接続を考慮すると待機してもらう方が都合がいいのです。

とっても暇そうです。

東遊

最後の楽曲は、東遊(あずまあそび)です。楽曲全体の内、「求子歌出(もとめごのうただし)」「求子歌」が収録されています。

先程中国だの朝鮮半島だの申し上げましたが、この楽曲は日本古来の音楽を元に作られたものです。これを国風歌舞(くにぶりのうたまい)と呼びます。楽器パートはシンプルで、メインは歌唱パートとなります。

そうです、雅楽は歌も内蔵しているのです。歌詞はここに記述があります。

国風歌舞は、他の楽曲と比べても儀式寄りなところがあって、演奏される機会も多くはありません。ただ、古の日本人の文化がここに保存されている(東遊は風土記にもその記述がみられるそう)と思うと、おおきな神社に出向いて一度体感するのも一興です。

おわりに

以上、宮内庁楽部による録音を恐れ多くも参照し、魅力をどうにか文字に起こしてみました。気軽に聴くことのできる演奏の中では最も優れたものの一つだと思います。

本記事では楽曲の紹介に着眼点をおき、音源の演奏技術にまで言及することは控えました。ただ、あえて一言で上手さをのべるならば「演奏が音楽による表現になっていること」かと思います。西洋音楽の歴史的変遷とは異なり、雅楽は儀式音楽としての側面を強く残しています。よく言えば伝統ですが、それは同時に決まりごと・縛りの多さそのものです。ミレニアム級の拘束具がのしかかる中、ここまで表情が出せるレベルの高さを畏れるばかりです。

それから、雅楽を紹介するときに半ばお決まりとなっている楽器紹介については極力排除しました。おおよそどの場面でも用いられる定型文があるのですが、あれいれるととたんに伝統文化の概説っぽくなるのがいつも気になっています。

もし、「あまり魅力がわからなかった」「正直眠い」という感想を持たれても問題ありません。むしろそこに魅力があります。なにせ「寝ている聴衆がいるということは、演奏が完成されているということ」といわれることがあったりします。
そういうわけで、睡眠用BGMとして雅楽の音源を利用いただけるだけでも意味があるのかなと思います。





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