一人暮らしにサンタ(小説:29)
12月20日、新しいイヤホンを買いに家電量販店へ向かう。大体の目星は付けているが、できることなら実際に触ってみたいという軽い気持ちで大型の家電量販店へ来た僕だったが、少し後悔することになる。
クリスマスが近いこともあり、店は人でごった返している。店内にはSanta Claus Is Coming to Townが流れていて、完全にクリスマスムードだ。
「何がサンタが街にやってくるだ」と心の中で毒づきながら、店内を奥へと進む。イヤホンコーナーも例外ではなく人が多かった。
客層を見た感じも子供へのクリスマスプレゼントを買いに来ているのだろうと想像できる。
子供にイヤホンは必要なのかといった疑問はあるものの、最近では小学生でもスマホを持っているのは珍しくないとも聞くし、そうなると必要なのかもしれない。
そんなことを考えながら、目的のイヤホンの前までたどり着く。実物を見てみると、サイズも音質も色味もイメージしていたものと違う部分もあるが、許容範囲内である。
少しかがんで値札を確認する。税込みで25,000円、ネット上でも同じイヤホンの値段を比較してみる。
どうせネットの方が安いのだろうと思っていたが、意外にも料金は変わらなかった。であれば、買って行ってしまおうと思い、商品を手に取りレジに並ぶ。
結構な人数が並んでいるが、レジの数も多いし10分くらいで買えるものだろうと高を括っていたが、10分立っても3分の1程度しか進んでいない。
かといって、列を抜けるのは少しもったいない気がして結局それから15分ほど待ってやっと自分の番が回ってきた。
店員がバーコードを読み取り、金額を告げた後、「ラッピングはされますか?」と質問してくる。
あぁなるほど、だからレジの回転が遅かったのか、と心の中で納得していると、僕が悩んでいるように見えたのか「無料で承っていますよ」と店員が続けた。
やる必要は全くなかったので、断ろうとしたがなんだか勢いで「はい」と言ってしまった。
しまったと思い、やっぱりいいですと言おうとしたときには、イヤホンは後ろの台に置かれラッピングを始める準備が整ってしまっていた。
店員に促されラッピング受け取りカウンターまで移動した僕は、損するわけではないからいいかと思い直し、レジの奥にある作業台でイヤホンがラッピングされていくのを遠目に見ていた。
しばらくして、きれいにラッピングされたイヤホンが袋詰めされ、僕はレシートを見せ商品が入った手提げ袋を受け取る。なんだか少し恥ずかしく思いながら、店員に頭を下げそそくさと店を後にした。
ラーメンでも食べて帰ろうと思っていたが、こんなものを持っていては少し落ち着かなので、そのまま電車に乗って帰ることにした。電車の中でもなんか妙に恥ずかしくて、抱え込むようにして手提げ袋を持っていた。
傍から見れば、「子供のために買ったプレゼントを大切に持ち帰る父親。なんて微笑ましい場面なのだろうか」と思われるかもしれないが、現実はそんなんじゃない。
これだったら、ネットで買って家に届けてもらえば良かったなと少し後悔した。
僕は静かにため息をつくと、窓越しに流れていく景色を眺める。徐々にスピードを上げる電車。
こうやって時間が経つにつれてだんだん速度が上がっていく様子は、人生みたいだなと少し思った。
昔は毎日が新鮮なことばかりで1年がすごく長く感じたが、社会人になって気づいたらもう10年経っている。時間の流れがとてつもなく速く感じる。
包装紙に目を移す、手を挙げたサンタクロース。
「サンタクロースがいると信じていたのはいつまでだっただろうか」
小学校高学年の時点では、サンタさんは親だというのを知っていた。
何で判明したのかは覚えていないけど、兄がいる友達から聞いたとかそんな感じだったと思う。
初めて教えられたときは多少動揺したと思うが、よくよく考えればそうに決まっているのだ。サンタさんが世界中を飛んで回れるわけがない。
その日の夜、お母さんと話したことを覚えている。「サンタさんってお母さんなんでしょ。もし、それをしらないまま大人になったら、その人は自分の子供にプレゼントをあげられないんじゃないのか。そうやってどんどんサンタさんの存在が消えていくんじゃないのか」と変な心配をしていた。
母は少し笑った後「確かにそうだね、そうなったら大人になったときにみんなに教えてあげて」と言った。
母はサンタさんが親だと言うことを否定しなかった。少し否定してくれるのを期待していた。
一人暮らししているアパートに着き、部屋に入ると上着を脱いでベッドに腰掛ける。もう日は落ちて部屋の中は薄暗い。
それでも電気をつける気にはなれなくて、少し離れたところに置いた手提げ袋を手繰り寄せる。
袋からラッピングされた箱を取り出し枕元に置いた。
「サンタさんが来たぞ」そうつぶやくと、そのまま横になりその日は眠った。