理屈屋の恋愛論—自由、虚構、そしてジンサイ
自由恋愛の「自由」とは、恋愛を自由にできる、という 意味合いだということは、概ね同意を得られる ことだろう。しかし本当の意味での自由とは、恋愛をしても、しなくてもどっちでもいいという範囲まで広げるべきではないだろうか。僕はそう、強く思う。
しかしながら、そんな細かな言葉尻についての余計な思案を巡らせてしまうのは、きっと恋愛ができない立場の人間だからだ、モテないからだ、という批判はもちろん想定している。そんなご意見こそ、余計なお世話の代表格に認定しておこう。恋愛至上主義の皆様は、「自由」という言葉の範囲など気にもせず、お好きに恋愛を謳歌して頂ければ幸いだ。出会いに特化したバーにでも赴き、ときめく誰かと出会い、ゆっくり子作りにでも励んでくれ。僕は彼らになんの文句もない。だって恋愛は自由だから。恋愛をするもしないも自由なのだから、恋愛をしている人に文句はない。だから反対に、恋愛至上主義の皆様も、僕に文句を言うのはやめてほしい。あるいは文句の体を成していなくても、なにかしらの独自見解を一般論としてぶつけてくるのもご遠慮いただきたい。恋愛する自由も、恋愛しない自由も、どちらもあって然るべき、というのが僕の見解だからだ。多様性の時代なんだから、これくらいの主張は差し支えないだろう。
僕たち人類は十分に進化した。この場合の進化とは、ふつうの日常の中で、死の危険性はほとんどなくなった、という意味での進化だ。人類は生きる上での安全を十分に勝ち取ったのだ。(もちろん世界の片隅で、危険のすぐ横で生きている人々がいることは承知している。しかし、アジアの極東の島国で生まれ育った僕らの身近なところは、基本的には安全だ。)だから、命の危険が身近に潜んでいた過去のように、子孫を必要以上に残す必要はもはやないのだろう。故に、無理をしてまで恋愛をする必要もなくなったと、僕は僕の生まれた時代を解釈している。種の存続の最大戦略である子孫繁栄は、必須ではなく選択制となったのだ。
よって恋愛に関しても、もはや生きる上での必修科目ではなく、選択科目となっているのだ。誰もが自由に恋愛をする権利を有するということは、自由に恋愛をしないという権利も同時にある。その裾野を履き違えないで/いただきたい 。僕はただ、自由に恋愛しない権利を行使しているだけなのだから。
2月初旬の日曜、正午前。自宅から1駅先のショッピングモール内にある保険相談のカウンターにて、僕はそんな脳内TEDを繰り広げていた。「保険」というものが、結婚したら入るとか、家族のために入らなければ、などという思いを想起したせいかもしれない。
カウンター正面には数冊のパンフレットやリーフレットが、やや乱れながらも佇んでいる。それらが一仕事終えた風貌に見えるのは、僕自身が必要な情報を摂取し終えた後だからだろう。日々の大半をルーティンの行動に依存している僕にとって、ここはそんなルーティン外にある新鮮な場所だ。新鮮さは、人生のスパイスだ。
カウンターテーブルの奥には、スタッフルームらしきドアがあり、ほんの少しだけ部屋の様子を伺うことができる。ドアの隙間からは、ホワイトボードや壁掛け時計がちらりとこちらに横目を向けている。僕の座るカウンターとスタッフルームの間には、いかにもベテランというオーラを醸し出す、保険相談の担当者が鎮座している。実際の経験年数は知らないが、僕は彼女がベテランだと、その雰囲気から独善的に断定している。僕はこのベテラン女性に、保険人生の記念すべき皮切りを委ねることになるだろう。ゲームの攻略本のごとく、どの装備を身に付けるのが最良かを指南して頂く存在だ。彼女の説明により、どの保険に入るかの判断を委ねられる可能性はかなり高い。
この保険相談員の胸元には、「赤石芳子」と名札がついている。世間では個人情報保護法が施行されて久しく、企業では厳重に個人情報管理が義務付けられているはずだ。毎回思うのだが、名札で本名を披露しているのは、個人情報の漏洩には当たらないのだろうか。預かった個人情報ではなく、本人の個人情報については保護対象ではないということなのだろうか。きっとそうなんだろう。まぁ、ご本人たちが気にしないのなら、部外者の僕が気に病むことではない。
そんな余計な思考を携えながらも、一通り集中して説明を受けた僕は、目の前の保険相談員・赤石さんに対して、ある程度の信頼感を持っている状態となった。彼女は丁寧に、そして慣れた口調で、時には機械的に説明を披露する。機械的に説明ができる担当者は、その経験値を考えると信頼が置けるのだ。
「では凡状(ぼんじょう)さんのご希望をまとめますと、こちらの先進医療特約をつけたプランと、貯蓄・運用型プランの2つが最適です。28歳というご年齢ですので、安価で契約可能です」
「なるほど」
説明を受けた僕と赤石さんの意見は一致している。概ね彼女が勧めてくれたプランで問題ないだろう。さすがはベテラン赤石さん。実際の経験年数は知らないけれど。
しかしながら、説明がそう誘導された可能性も否定はできない。検討の可能性を頭の端に残しつつ、話の続きを聞く。
「ところで、凡状一幸(ぼんじょういっこう)なんてかっこいいお名前ですよね」
「ありがとうございます。以前はよくイジられました」
「ああ、どんだけー!ですか?」
「…まぁ」
赤石さんは右手の人差し指を立てて左右に振る仕草を見せた。ただ申し訳ないことに、出会う人の2人に1人は名前について触れてくるので、対応は手慣れてしまった。手慣れ過ぎてなんの感情もわかない。ルーティンと言っても過言ではない。話題が広がらないことを悟り、赤石さんは話を戻す。
「それから、新しくジンサイ特約が出たので、こちらもおすすめです。ジンサイ特約を付ければ、いざというときにも安心ですからね」
想定外の単語が聞こえ、思わず顔を上げ、反応してしまう。
「ジンサイ特約?」
「はい、ジンサイ特約です」
赤石さんは、先程の一般保険の説明よりも少し早いペースで、微笑みながら説明を続ける。しかしこの人は、笑顔があまりにも自然に張り付いている。自然に張り付き過ぎて自然さが欠けている。きっと長年の保険営業がそうさせるのであろう。やはり彼女はベテランに違いない。
「ジンサイ被害での怪我や入院は通常の医療保険でもある程度カバーされますが、それをより強化して、ジンサイ由来の入院・通院に手厚く保険料が出る特約です」
「なるほど」
「ジンサイは5年前にはじめて出現した新しい災害ですが、年々わずかに増加傾向です。そしてジンサイは突発的ですので、いつどこで巻き込まれてもおかしくありません。そのために開発されたジンサイ特約になります。ご検討、いかがでしょうか?」
ジンサイは、地震や洪水など他の災害を押し除け、彗星の如く近年注目度ナンバー1の座に君臨した災害だ。理由はもちろん、ジンサイの発生源…人間から生じる不可解な災害だからだ。なんの前触れも脈絡もなく、突然かつ瞬間的に人が巨大な怪物と化してしまう。
ジンサイと化した人間は、その巨大な体躯で無秩序に暴れまわり、周辺の建物を薙ぎ倒す。一瞬にして局地的な災害発生源となってしまうのだ。
そしてジンサイとなった人間は、人間に戻った前例が、ない。たったひとつたりとも。ジンサイになってしまったら最後、殲滅され、その生涯に幕を閉じるしかないのだ。故にジンサイが発生して間もない頃は、人々は自分自身や家族、友人知人のジンサイ化を過剰に恐れた。ジンサイ化の原因は遺伝子的な何らかの理由、という専門家の見立てはあるものの、実際のところはっきりとした原因はわかっていない。そんな謎ばかりな点も、人々の恐怖心を余計に煽る要因となっている。
「ジンサイ被害者さんの入院費を見ると、医療保険ではカバーしきれないこともありますので、非常に人気の特約です。ジンサイ特約、ご検討されてみてはいかがですか?」
赤石さんが特約を勧める。
僕の有する知識の範囲になるが、ジンサイの幸いな点は、被害がかなり局地的だということだ。ジンサイには特有の波長があるようで、発生した場合には緊急地震速報のように、刹那の隙に警報が発令される。その後、可及的速やかに自衛隊や厚生労働省管轄の部隊が現場へ向かい、被害拡大前にジンサイは殲滅されることとなる。また、年間の発生件数も10件程度(つまり日本では年10人がジンサイになる)という少なさも相まって、数年のうちに自身や身内のジンサイ化よりも、被災時の対処に重きを置かれるようになった。その流れで、保険会社もジンサイ用のプランを打ち出したのだろう。
「ジンサイ特約ですか。なるほど。すみませんが今回は結構です」
ジンサイ特約、という語感から少し興味が湧いたが、実際に入るかどうかは別問題だ。しかし、赤石さんは続ける。
「そうですか。今ならキャンペーンで、非常時エアバッグスーツが付きます」
「非常時エアバッグスーツ?」
また聴き慣れない単語に反応してしまった。ルーティンの外側にあるものは、好奇心がかき立てられる。
「ジンサイが近くで起きた場合、最も怖いのは建物内にいる時です。逃げる間も無く建物倒壊に巻き込まれてしまう場合が多いんです」
「そうかもしれませんね」
「そんな時に役立つのが、この非常時エアバッグスーツです」
赤石さんは机の下からさっとスーツのサンプルを出した。少し大きめな、折り畳まれたバランスボールのようなものが出てきた。ある程度の大きさがあるので、「さっ」というよりは「どさっ」という感じだ。
「これは言わば、着るエアバッグなんです。例えば会社の近くでジンサイが起こった場合でも、デスクにこちらを常備しておけば、緊急ジンサイ警報の際すぐに着て万が一に備えられます。スーツは衝撃が加わると膨らみ、全身を包み込みます。衝撃で投げ飛ばされても、建物倒壊に巻き込まれて一時的に生き埋めになってしまっても、このスーツが全身を守ってくれるという代物です」
肝心のジンサイ特約よりも、この非常時エアバッグスーツになかなか興味を持っていかれた。ジンサイ特約にはたいして惹かれないが、このスーツはちょっと欲しいではないか。ベテラン赤石さんも、カスタマーの心の機微を鋭く察知したようだ。なんてったってベテランなのだから。すかさず追い討ちトークを繰り出す。
と言う感じの小説を出します!
こんにちは。芦畑レキと申します。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
5月19日に開催される、文学フリマ東京に初めて出店するのですが、この小説は「合同誌いよなん」に「バトル・オブ・インシュアランス 保険の窓口攻防戦」というタイトルで掲載しております!もし気なったり、続きが読みたい!と思っていただけた方がいましたら、良かったら遊びに来てくださいね!
お品書きはこちらです☟
文学フリマ東京 芦畑レキの本まとめ
1,いよなん創刊号 800円
第一展示場 | C-04
「最後の」をテーマとして11人が各々小説、エッセイ、シナリオを書きました。わたしは「バトル・オブ・インシュアランス」というタイトルの小説を執筆しました!
2,「最初のゼロ歩」芦畑レキ シナリオ・センターほぼ全集 700円
第一展示場 | C-04
シナリオ・センター在籍中に書いた21編の短編シナリオ集です。サンプル集としてもお使い頂けます!
3,漫画集2編 各700円
第一展示場 | C-04
過去に描いた漫画をまとめた冊子も出します!
「古ヤンキー男子クプアス君」
ー 表題作収録
「ブラックボックス」
ー シニガミバイト、百萬円とタイムトラベル北斎 収録
4,霞と息
第一展示場 | E-23
清香舎さんの作るキカン誌「霞と息」に小説を寄稿しました。
「彼女と僕のエピローグ」という掌編小説です
1~3は第一展示場入って右奥の C-04 いよなんブースにて販売。
https://c.bunfree.net/c/tokyo38/h1/C/4
4は第一展示場 小説|純文学カテゴリの清香舎さんで販売します!
https://c.bunfree.net/c/tokyo38/h1/E/23
インタビュー記事も書いてもらいました!
初出店の文学フリマで合同誌!ってことで、せっかくなので準備などの過程をいくつか記録しています。読んでみたいぜ!という友達になれそうな方はマガジンからどうぞー☟
※このnoteは、実験のために打ち出しを変えて次回と同じ内容を投稿しております!ご了承ください。
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