⑦くちびるに歌をー忘れていた記憶
『くちびるに歌を』中田永一 2/5
方言がリアルで声に出して読みたくなる。てか最後の方は1人で音読した。
アンジェラ・アキの「手紙」とリンクして作中に何度も15年後の自分宛の手紙が登場していて、それが伏線や種明かしになっている構成が面白い。
中高と吹奏楽部で過ごした自分にとって、合唱コンクールの描き方はリアルで、一気に記憶の蓋が開いた。もう、忘れたことさえ忘れていた記憶達。
本番前。会場にたくさんの中学校が集まって、微妙に対抗意識を燃やしたり逆に吹奏楽を愛する仲間として連帯感を持ったり。本番を控えて緊張の面持ちの生徒と、演奏が終わって開放的なすっきりした顔で笑う生徒が入り混じるホール入口のざわざわ。直前練習でちっとも合わなくて焦るピッチ。時間に追われ、冒頭部分だけ吹く狭い控室でのリハーサル。やたら前の学校が上手く聞こえる舞台袖での緊張感。舞台上で感じるライトの眩しさと一斉に浴びる視線の圧。微笑んで励ますように小さく頷いてくれた指揮者への信頼。最初の一音の重圧とその後の流れの乗り方。全員の音が一つになってずっとこのまま吹いていたいと思う気持ち。演奏が終わった安堵感。頭がぼーっとしてふわふわした気持ちで退場する足取り。見に来てくれた家族との会話。結果発表が近づくにつれて増す落ち着かなさ。手を繋ぎ合って祈った結果発表の瞬間と歓声。悔し涙。嬉し涙。
吹奏楽から離れて5年が経つ。毎日毎日、あれだけ時間を費やして必死になっていたのに、時間が経つにつれてその記憶は薄れ大学での経験や新しい出会いで上書きされて、どんどんどんどん底の方に。
でも、私が覚えていようがいまいが、確かにあの時間は存在していて、そこで私は生きていた、今の自分が意識していなくてもあの時の記憶で私は作られている、全ての経験と記憶が次の自分を作っていく。そう思えた。
そして、今感じていることを忘れたくない。そのために沢山文章で残そう。そう思った。
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