【5年ニート卒業後の世界】シャバの空気とリハビリ生活
僕は小さな出版社の編集者になった。
本好きにはそれなりに知られた名前の会社だし、渋谷区の千駄ヶ谷にあって、その気になれば思い出の将棋会館まで歩けるのも気に入った。
仕事柄、気むずかしい作家とやり取りが発生するので年齢が若すぎるとなめられる。また夜に作家宅を一人で訪問することもある。今の部署はスタッフ全員が女性なので、できれば30代の男性が欲しい、というなんとも幸運なタイミングだった。
ただ、僕は本の虫と言うタイプでもなかったし、編集者として働くなんて考えたこともない。当然、出版業界の旧態依然としたシステムも知らなかったので、慣れるまでとある部署で研修をすることになった。
そこは、本を作りたい個人向けの製本サービスを行う部署。簡易的なフローとはいえプロのブックデザイナー・編集者・校正校閲担当が関わるので、クオリティを求める人にはそれなりにニーズがあったのだ。たとえば着物の先生や、仏教家、ラグジュアリー料理研究家とか。
一緒に構成を練ったり、紙選びをしたりしているうちに、基礎知識はするすると身についていく。なるほど理にかなった研修だった。……そう軽く言うには、相手が大物続きだったけれど。
あるときは同僚が休んだせいで、20人くらい相手に文章教室をやることもあった。僕もテキスト初見という無茶な状況で、冷や汗をかきながら何とかやりきる。参加者の中にはオリンピックの通訳経験者なども混じっていたが、ふんふんとうなづいていたので変なことは言ってなかったのだろう。
とにかく、ニート卒業から早々にいい経験をさせてもらったと思う。
5年ぶりの社会だったが、出版業界の仕組みが古すぎて何の違和感もなかった。システムは90年代だし、FAXバンバン使うし。
本は高く、少ない部数でも、品質にこだわれば平気で数百万になる世界だ。営業ってほどのことはしていないのだけれど、1年目の僕の売上実績は4000万円くらいになった。
何事にも興味を持てるのと、ニート上がりで開き直っていたのが良い方に転がったかもしれない。特にぶっ飛んだ人ほど気に入られる傾向にあった。
この実績がじわじわと社内に伝わり、後々社内の偉いさんに刺さり、いろんな仕事を任せてもらうようになる。
ただ、部署内の同僚の評判はよろしくなかった。
なにせ僕以外のスタッフ6~7人が女性かつベテラン。はじめのうちはなんとかランチ会につき合ったものの、仕事以外にまで神経を使っていると身が持たないのでフェードアウト。それからは一気に”アイツ付き合い悪い””なんか郵便の封も雑だし”みたいな細かい悪評が立つようになったが、ご機嫌取りな気持ちは途中で投げ捨てた。
(この時代の話はいつか別の機会に……)
昼休みになると、将棋会館そばの鳩森八幡神社を通って、東京体育館まで出向き、プール裏の換気口そばにもたれて一人、うたた寝をした。
ニートだった僕は、やっぱりまだそんな時間が好きだった。
何事もタイミングというものはあるもので、就職して1ヵ月ほどで従姉妹の結婚式に参加することになった。
たぶん、ニートのままなら式の存在を知らされもしなかったのだろう。
オブラートを知らない叔母は、僕の就職決定の知らせに
「よかった、これで堂々と呼べるわ!」
と言った。
従姉妹は1つ年下(♀)。小さなころから「お兄ちゃん」と慕ってくれていた彼女とは、無職になって以来会えなくなっていたのだった。
***
招待されたのはお台場にあるホテル。仕事とはまたちがう社会のカタチに僕はそわそわして、だだっ広い控え室で時を過ごす。夜が来るまでが途方もなく長い時間に感じられた。
父と、車いすの母と、僕。
3人で出かけたのは久しぶりだ。
晴れ舞台が始まる。
いつも僕の背中に隠れていた従姉妹は立派な社会人となり、大事な人を見つけ、100人を超える人たちに祝福されるようになっていた。
流れる大画面のスライドショー。
小さな僕たちの写真に、
「大好きなお兄ちゃんが来てくれました」の文字が重なった。
従姉妹の家は母子家庭だ。
これは当日に知らされたのだけれど、僕は父親代わりとして、従姉妹と腕を組んでバージンロードを歩くことになった。
自分のことなんて誰も見ていないだろう。
きっと無職のままでも、誰にも気づかれなかったはずだ。
それでも僕は、眩しいシャッター音に包まれながら
「働きはじめて良かったな」と思った。
――思い返すと、あの日は僕の門出でもあった。
別に働かない生き方もいい。
自分自身、何年もニートをしたんだから、人に偉そうにいえた義理はない。
それでも、しこりをもったままニート生活をする人がいたら、「内定をもらえるかゲーム」をするつもりで早めに社会と対話するのをおすすめしたい。
許せないことがあれば1日で辞めればいい。よっぽどでなければ、周りの優しさのほうが印象的で、1カ月くらい続いてしまうものだから。
ブツ切れでも何かを積み重ねていれば、まあ、なんとかなる。
僕に相変わらずお金はない。
心だってずっと甘えたままだ。
でも荒んだ日々を振り返り、こうして書くことができたこと。
今この感じは、僕にとってただそれだけで誇らしいものになっている。