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連作短編小説「次元潜水士」第3話「地図描き師のパラレル」

地図描き師の姉妹の潜水

カーテンを開けたら、庭の素晴らしい眺めで目が覚めた。白猫の短いしっぽのようなネコヤナギの花穂かすいが、いくつも開花していた。

「リン、おはよぉ。わ!ネコヤナギ、咲いたんだ!」

歓喜の声を上げるイアは、違う時間軸を生きる第二の私だ。戸籍上は双子の姉、ということになっている。

「たぶん、一昨日おとといくらいには咲き始めてたんだろうね。私たち最近ずっと仕事浸けだったから気付けなかったんだよ」

「そっか。もう春なんだねぇ」

イアが優しくネコヤナギを撫でた。私たちは複数の時間軸が重なる五次元世界に生きている。つまり五次元世界では、同一人物が複数人、同時に存在できるのだ。しかし、同一人物といっても平行世界を生きている者同士なので、価値観の違いで衝突しやすい。私たちのように家族になって同居することは少ないのだ。

急に何かを察した様子のイアが、玄関に顔を向けた。

「……どうしたの?」

「リン、風変わりな依頼人が来るよ」

しばらく身構えていると本当にドアベルが鳴った。急いでドアを開けると、若い男性1人と女性2人が緊張した面持ちで立っていた。男性がおずおずと口を開く。

「あの、凄腕の双子の地図描き師さんがいらっしゃると聞きまして。僕たち三次元に帰れなくなってしまったんです。それで三次元行きの地図を依頼できないかと」

イアは時々、恐ろしく勘が鋭い。


地図用の紙を広げ、その上に様々な形の定規を置いていく。愛用のペンを握り、定規に沿ってスタートラインを引いた。身を乗り出してきた3人から熱い視線を感じて、思わず笑ってしまう。

「ははっ、注目されると照れちゃいますね」

「す、すみません。つい気になっちゃって。ほら西君、加納かのうちゃん、ちょっと下がろう」

「ごめんなさい!手に持ってジャンプするだけで目的地にワープできる地図なんて、三次元世界ではお目にかかれないので興味津々で。僕の中の研究者魂が震えるんです!」

西さんの言葉に、イアが目を輝かせた。

「あら!私も元研究者なんですよ。この地図専用の紙や定規、インクを開発しました。もしかして、境井さかいさんと加納さんも?」

「いえ、私たちは西君の助手になったばかりの一般人です。次元潜水という技術で、別次元を調査してる西君のサポートをしながら、色々と勉強中です。でも加納ちゃんも私も、科学や物理学の面白さに目覚め始めてます。西君の影響かな」

「そうですね。西先輩が本当に楽しそうに実験しているから、自然と興味が出てきました」

「えへ~照れるなぁ。帰ったら実験、もっと頑張るよ!」

「西君、三次元に帰るワープドア出す機械壊したの、誰でしたっけ?この五次元には特別な地図を描けるイアさんとリンさんがいてくれたから良かったものの。帰ったらまず、西君と私で反省会だよ」

冷静に怒る境井さんに、縮こまる西さん、おろおろする加納さん。本当に見ていて飽きない。面白い3人組だ。

「ふふふ、仲良しなんですね」

「あはは、そうかも。ついさっきまで、即興の路上ライブしてたんですよ僕ら。この地図の依頼料を稼ぐために。音楽ユニット組んでる別時間軸の僕と境井さんと知り合いなので、その2人と合流して。5人で奏でて歌って踊ってました。息ぴったりで驚きました」

「楽しかったですね。先輩たちの新たな一面が見れて、新鮮でした」

「加納ちゃんのダンスも上手で驚いたよ。そういえば五次元の加納ちゃんは、どんな感じなんだろうね。次回の次元潜水では加納ちゃんを調査対象にしますか西博士」

「そうしよう!本人がいてくれれば調査しやすいし!」

「え、調査対象……ちょっと恥ずかしいんですが……」

3人の面白い会話を聞いていると作業がはかどる。地図の反対側を描いているイアも順調そうだ。別次元を目指す地図だとしても、目的地が実在する地図は比較的簡単に描ける。数時間後には描き終わりそうだ。安心したら、前の依頼人を思い出した。

「本当に良いタイミングにいらっしゃいましたね。つい先日まで忙しかったもので。実在しない場所への地図を早く仕上げなくてはいけなかったんです」

「ああ、研究者の血が騒ぎます!どんな地図だったのか、聞いても?」

「旅立った依頼人はきっと、もうここには戻らないだろうし。皆さんはすぐに三次元に帰るのだし。話しても大丈夫でしょう。その方は空想上の星に行ける地図をご所望でした」

3人の目が丸くなった。

「依頼人は星空を描き続けてきた画家のおじいさんでした。若い頃に奥様を亡くされて。亡き奥様のために架空の星を作って、絵に描き入れてきたそうです。ずっとリアルな星空にこだわっていたけれど、その幻の星だけは特別だから、どの絵にも必ず描いたとおっしゃってました」

「もしかして……おじいさんの依頼は奥さんの星へ行ける地図、ですか?」

「西さんの言う通りです。おじいさんはもう余命宣告を受けていて。病院からこっそり抜け出してきたんだと言うから、私たち焦っちゃって。他の仕事は後回しにして、何日も徹夜して仕上げました。なんとか間に合ったんですけど、病院まで届けに行った時には、おじいさんは立ち上がるのも無理な状態で。でも地図を見せたら嬉し泣きしてくれました」

「そこで、すごいことが起きたんですよ!」

イアが我慢できないという風に割り込んできた。

「おじいさんは地図を胸に抱いて、うつらうつらし始めて。起こさないように、そばにいた息子さんと小声で話していたら消えたんです!病院のベッドに横たわっていたはずのおじいさんが、一瞬で消えたんです。地図を持った本人がジャンプしないとワープできないはずなのに!」

興奮してきたイアを抑えようと、話に割り込む。

「呆然としてたんですけど、息子さんが『父さん、母さんの星に行けたんですね』って呟いて。あぁ、行けたんだなぁって、妙に納得して。それから、皆で笑いながら泣きました。不思議な体験でした」

優しい沈黙が流れる。地図が形になってきた。この3人も無事に目的地に着けますようにと、祈る。


「さぁ、境井さん、加納ちゃん!三次元に帰ろうか!」

西さんが凛々しい声を上げているが、背負っているリュックからお土産に渡したネコヤナギが大量に飛び出していて、いまいち締まりがない。境井さんと加納さんは、ネコヤナギと西さんの顔を見比べて、笑いをこらえている。

「2人とも、なんで笑うのー!」

「西君、ごめんごめん。じゃあ、皆で手を繋いで。行くよ」

「「「いっせーのーでっ、ジャンプ!!」」」

息の合った掛け声で飛び上がった3人は消えた。もう三次元に着いただろうか。「また会いたいねぇ」「そうだねぇ」イアとしみじみ呟いた。



★このお話は次元潜水士シリーズの3作目となっております。

第1話→「次元潜水士」

第2話→「屋上にて門出」

第4話→「カラビヤウな折り鶴」


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