四季人と冬人のノエル
寒い早朝、重いリュックを背負ったまま、冬の国の入国管理所前の列に並ぶ。
目の前には、僕と同い年くらいの若い女性がいた。よく似たリュックを背負っている。緊張した面持ち。僕と同じように、春夏秋冬の国を巡る四季人になったばかりなのだろう。
大昔に人類の文明が何度か滅んだ後、地球から「季節」が変化する場所が無くなった。春のエリア、夏のエリアというように、それぞれの季節が土地に固定されるようになり、各季節のエリアに大きな国ができた。
試行錯誤の末、夏の国の人は常夏の気候に、冬の国の人は常冬の気候に適応した。必要な衣食住を確保できたのだった。
しかし同時に、母国以外の国の気候では健康を維持できない人が急増し、四季の国を往来する人は激減した。どの国の気候にも適応できる人は「四季人」と呼ばれ、大半の人は、それぞれの国を巡る旅に出る。国を跨ぐ郵便屋さんの役目を負いながら。
目の前の女性が入国管理官に呼ばれた。そろそろだろう。リュックを下ろし、リュックの内側のポケットからパスポートを取り出す。
複雑な手続きを終えて、小さいホテルの部屋で荷物を降ろした頃には、もう午後。雪も降ってきた。リュックの中身のほとんどは、冬の国の人宛ての郵便物。すぐ配達しなくてはいけないが、ちょっと休みたい。ベッドで大の字に寝そべって、深呼吸。
コンコン
ドアを叩く音がした。急いでドアを開けると、ホテルのオーナーの娘さんが立っていた。ホテルに入る時に挨拶された。確か、名前はロッタさん。かなり小柄な女性で、白いフードを被っている。
「おくつろぎ中にお邪魔いたしまして、申し訳ありません。実は、今日は月に1回のクリスマスの日なのです。夕方にホテル前の広場でお祭りが催されるのですが、参加されませんか?」
私を見上げてくるロッタさんの笑顔を見て、反射的に頷いてしまった。郵便配達は明日にしよう。
軽食を摂ってから、見事なイルミネーションで煌めく広場に出向いた。かなり多くの人が集まっている。豪華にラッピングされたプレゼントを抱えている老若男女が、楽しそうに笑っていた。
「あら、こんばんは」
下から声がして、驚く。ロッタさんだった。
「来てくださって、嬉しいです」微笑んだロッタさんも、プレゼントらしき箱を大事そうに抱えている。
「どうも。あの、このお祭りってもしかして、プレゼント、必要なんでしょうか……参加は初めてで……用意してなくて」
「ああ、プレゼント交換は強制じゃないので、ご心配なさらず。出店もいろいろ、ありますよ。あ、宜しければ一緒に回りませんか。いろいろ、ご紹介できると思います」
ロッタさんに、はにかみ気味の笑顔を向けられると、僕はなぜか顔が熱くなって頷いてしまう。
強い風が吹いた。
ロッタさんのフードから現れた、淡く虹色に輝く、柔らかそうな長い銀髪に目を奪われる。綺麗すぎて、呼吸を忘れた。雪の結晶が髪に次々と落ちて、一段と眩しくなる。
「秋の国のお祭りは、『十五夜』。毎月十五日に外で月を眺めながら、ごちそうを食べるんです。春の国の月に一回のお祭りは、『お花見』。国中を桃色に染める『サクラ』っていう花を眺めながら、国民全員が一日中楽しく過ごすんだ」
暖炉の火に照らされるロッタさんは、少し前のめりで真剣に話を聞いてくれる。出店を楽しく巡った後、暖炉のあるホテルの談話スペースで少し話すことになった。まだお祭りの最中だからか、僕たち以外に人がいない。
「夏の国には、どんなお祭りが?」
「夏の国には、『盆踊り』っていうお祭りがあります。民族衣装の『ユカタ』を着て、円陣を組んで夜通し踊るんです」
「へぇ!楽しそう!特に夏の国に興味があって。ずっと温かいなんて、海で泳げるなんて、どんな感じなんだろうって、とても気になるんです。でも、私は暑さに特に弱いから、きっと一生行けない。私も、四季人だったら良かったのに」
表情を曇らせたロッタさんは俯く。暖炉の火で赤く照らされる銀髪は、相変わらず綺麗だ。そう思った途端、僕の心がカチリと動いた。
ちょっと待ってて、と言ってから急いで部屋に戻り、リュックから水色の大きな蝋燭とマッチ箱を取り出す。バタバタと急いでロッタさんの横の席に戻り、マッチで蝋燭に火を灯した。
天井に、夏の国での記憶の映像が映し出される。ロッタさんは驚きながら、映像を食い入るように見た。
「この蝋燭はログです。夏の国を巡った時の僕の記憶が詰まってる。火を付けても溶けないんだ。砕いてしまわない限り、火を付けるだけで、こんな風に記憶を映像として見れる」
「記憶の、蝋燭?」
「そう。僕の夏の記憶。今日から、あなたのものです」
ロッタさんがきょとんとした顔で、僕を見返してくる。
「クリスマスプレゼント、ということで。どうか受け取ってください」
「……大切なものでしょう。私が頂いていいのですか……?」
「ロッタさんに、貰ってほしいのです。僕は、この国が好きになれました。ずっと居たいと思うほど。あなたのおかげです」
ロッタさんは、はにかむように笑ってくれた。
「……嬉しいです。一生、大事にします」
2人で天井を見上げる。天井には、夏の国の海岸で見た、大きな葉を孔雀のように広げる不思議な木が映っていた。
「あれは、なんという木なのですか?」
「『タビビトノキ』っていう木です。東と西の方角の目印になるから、そう呼ばれてる」
「ふふふ、四季人さんにぴったり」
「僕もそう思った」
二人で笑う。外ではまだ雪が降っているのに、僕はロッタさんと常夏の国を見て回っている。クリスマスとは、不思議な日だ。