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赤鬼になった春巻き

節分の季節になってやっと帰省した私を、両親は困ったような笑顔で迎えてくれた。仕事が忙しいからとごまかしているが、私が正月に帰省しない本当の理由を両親は悟っているのだろう。理由は単純。妹の真紀と鉢合わせしないため。

正直言って、私たち姉妹の仲は悪い。昔はそこそこ良かったはず。私は波瑠はるで妹は真紀という名前なので、幼い頃は「春巻き姉妹」と呼ばれもした。それが今はどうだろう。私は就職、真紀は進学で同時に家を出て以来、お互い両親には連絡するが、姉妹間での連絡は完全に断っている。暗黙の了解で帰省のタイミングすら、ずらしている。

ため息をつきながら、こたつに冷えた足を入れた。横で煎り大豆を食べていた母が、突然「あっ!」と声を上げた。

「わっ。どうしたの?」

「ちょうど今日からね、お寺の鬼祭りが始まるのよ」

「あー、あの二週間くらい展示とか鬼が踊るショーとか続くやつ?」

「そうそう。今年はね、若いパティシエさんが本物そっくりに作った花の砂糖菓子が展示されるらしいの。今から三人で観に行かない?」

えー、とこたつ恋しさに渋ってみるが、もう母は立ち上がり、台所にいる父を呼びに行ってしまった。


寺の境内の中心には簡単なステージが設置されていた。ステージの上では鬼の面を付けた人たちが足を大きく上げ、跳ねるように、大地を揺らすように歌い踊っている。この地域では鬼は豊穣と長寿をもたらす善きものとして崇められている。もちろん、節分のかけ声は「福は内、鬼も内」なのだ。

帰省しても寺にはあまり行かないので、久しぶりに観た。最後に見た時は妹も一緒だったはず。大喧嘩する少し前だった。

私が悪い。妹の進路に口を出してしまったのだ。東京のデザイン系の専門学校に行きたいと両親に相談する妹は、真剣そのものだったのに。飽き性なのに、インテリアデザイナーになんてなれるわけない。その酷い一言が喧嘩開始のゴングを鳴らした。

売り言葉に買い言葉。幼い頃のように罵り合った。そして幼い頃のようには仲直りできず。円陣を組んだ赤鬼たちが天に拳を突き上げて、舞が終わった。拍手を送りながら、素直に謝れない自分を情けなく思った。


あんこ餅を両親と食べた後、母が楽しみにしていた展示会場に立ち寄ってみた。しかしお目当ての花の砂糖菓子は見当たらない。まだ準備中のようだ。がっかりする母を甘酒コーナーに連れていく父を見送る。ついさっき食べたあんこ餅でお腹いっぱいの私は、空っぽの展示ケースを眺めた。

「遅れてすみません~!」

突然、女性の謝る声が会場に響き渡った。女性は大きな段ボール箱を載せた台車を押しながら、早足で近づいてきた。空っぽの展示ケースの横に台車を停めると、段ボール箱を開けた。その瞬間、甘い香りが広がる。きっと例のパティシエさんだ。そう思ったら声をかけていた。

「あの、何か手伝いましょうか?」

「えっ!いいんですか?!助かります~!じゃあ空箱を畳んでもらっても……?」

「お安い御用ですよ」

繊細な砂糖菓子が台座に置かれる瞬間はぞくぞくした。オニシバリという植物を模しているらしい。細い枝の先に葉が何枚か付いていて、その葉の根本に黄色の小花が密集して咲いている。重なり合う小花はまりのようだ。感嘆の声が漏れた。

「……すごい……」

「へへへ、ありがとうございます。ちゃんと展示できて安心しました。鬼を縛れるほど枝がしなやかということで、オニシバリというらしいです。あ、私はパティシエで名前は百目鬼どうめきと言います。百の目がある鬼と書きます。人間に化けた鬼としては、本当に恐ろしい植物です」

反応に困っていると、百目鬼さんが笑い始めた。

「ははは、ごめんなさい。百目鬼ジョークです」

気が抜けて、私も笑ってしまった。


ゴミを一緒に片付けて、会場の隅に移動した後も会話は自然に続いた。いつもは重い口から、妹との喧嘩のことも飛び出した。自分で驚く。百目鬼さんは遠くを見て話し始めた。

「私も夢を追うために、母と喧嘩別れしました。今は良好な関係になりましたけど。当時は意地でも家に帰るもんかって思ってました。実際に最近まで帰らなかった。でももしパティシエの夢を諦めていたら。やっぱり帰っていたでしょう。長い回り道をしてね。きっと回り道が必要なんですよ。大人が素直になるためには」

「回り道かぁ……私の回り道は長いなぁ……」

「ふふふ、頑張って。ああ、そういえば。このオニシバリという花を教えてくれたのは、知り合いのデザイナーさんなんです。偶然お店に来られた時に、この花をモチーフにした絵柄の食器を作りたいんだと熱心にお話ししてくれて。もし完成したら、今度は私がその食器に合うお菓子を作ってコラボする約束なんです。昨夜はそのお菓子のこと考えてたら眠れなくなっちゃって。あっ!噂をすれば!」

嬉しそうに腕を振る百目鬼さんの目線を追う。遠くからおしゃれな雰囲気の女性が走り寄ってくる。顔がよく見える距離まで来た所で、呆然とした。

「……お、おねぇ?」

「……真紀……?」

私が名前を呼んだ途端、真紀は後ろを向いて走り始めた。反射的に追いかける。

「ちょっ、なんで逃げる!」

「だって、だって、なんか、よく分かんない!」

人を避けながら走る。手が届きそうで届かない。顔が熱い。なんだか笑えてきた。真紀も顔を真っ赤にして笑っている。赤鬼みたいな春巻き姉妹の鬼ごっこ。頭に浮かんだ言葉に吹き出す。息が苦しい。回り道のゴールまで、あと少し。



★パティシエ百目鬼さんの過去のお話はこちら。


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水月suigetu
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