![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/154733583/rectangle_large_type_2_405023024b4c2c9927357aa4949163f1.png?width=1200)
オーロラのうたかた時間
夏休み明けの学校の帰り道、自分の影を見つめながら歩く。久しぶりに顔を合わせた友達と、はしゃぐ同級生たちが眩しかった。入学したらすぐに友達ができて、夏休み中も友達と遊び回っているはずだったのに。人見知りが激しく口下手な私は、結局1人も友達が作れないまま2学期に突入してしまった。
強烈な日光が首の後ろを焼いている。自分を変えるって、どうしたらいいのだろう。行動を変えればいいのだろうか。自分がやりそうにないことをやってみる、とか?
ぐるぐると考えながら歩く。ふと顔を上げた時、可愛い食品サンプルが並んでいるショーウィンドウが視界に入った。近寄って眺める。フォークが浮かんでいるナポリタンやカラフルなパフェ。こういう食品サンプル、やっぱり好きだ。
絵本に出てくるような木製のドアに掲げられている看板には「喫茶 みんなの家」と書いてある。入ってみようか。いいや無理だ、独りでお店に入るなんて。でも気になる。通学用鞄の持ち手を強く握った。
「いらっしゃいませ。1名様ですか?」
「は、はい」
「ではカウンター席のほうへ。ああ、広いテーブルがある席も空いてますが、そっちのほうがいいかしら?」
「あ、カウンター席で大丈夫です」
頷いた優しそうなおばあさんは、私をお店の奥へと案内してくれた。席について鞄を置いて。天国のように涼しいクーラーの風に撫でられて、やっと一息つけた。入ってしまった。妙な達成感と緊張感で変な感じ。目の前にお冷やが置かれた。
「ご注文はどうしましょうか?」
そうだ、注文。すっかり忘れていた。慌ててメニューを開く。すぐに目に飛び込んできたのはオーロラのメロンクリームソーダ。
「……じゃあこの、オーロラのメロンクリームソーダでお願いします」
「メロンソーダですね~。すぐお持ちしますね」
ほっとして水を一口飲む。開いたままのメニューに目を走らせた。無敵猫パンのトースト、ペリドット・パフェ、爽やかミルキーチーズ月ピザ……変わった料理名が多くて面白い。
「どっこいしょ。ちょっと休憩」
メニューにくぎ付けになっていると、遠くのカウンター席にさっきのおばあさんが腰かけた。可愛い赤色のエプロンがよく似合っている。
「うふふ、お客さんの前でごめんなさいね。若い時は体力お化けの梅ちゃんなんて呼ばれたけど、もう歳には勝てなくて」
「あ、いいえ、あの、すみません、じろじろ見てしまって」
「いいのよ。初めてのお客さんよね。来てくれてありがとう。このお店は高校時代から親友の3人で切り盛りしているの。梅と夏芽と花凛の果物トリオでね。ふふふ」
「果物トリオ……可愛いですね」
「ありがとう。皆それぞれ色々あって独りぼっちになったから、ずっと夢だった喫茶店をやってみないかって私が提案したの。お店の2階で3人一緒に暮らすことになったから、店名は『みんなの家』にしたわ。私たちもお客さんも安心できる家みたいな喫茶店にしたくて」
「そうなんですね。すっごく素敵です」
梅さんは嬉しそうに笑う。私もこんな風に笑うおばあさんになりたい。また水を飲んでいると、キッチンから声が聞こえてきた。
「あら夏芽さん、メロンソーダにアイスが乗ってないわ」
「あら!ごめんねぇ~嫌ね私ったら」
「気にしないで。私も時々注文間違えるもの」
「ふふふ、ありがと。お客さん、ちょーっとだけお待ちくださいね」
キッチンから顔を出したおばあさんに突然声をかけられて驚いた。夏芽さん、だろうか?しばらくすると別のおばあさんがメロンソーダを持ってきてくれた。
「お待たせしました。オーロラのメロンクリームソーダです」
「お疲れさま花凛ちゃん。そろそろホールに戻るわ」
「まだ大丈夫よ梅ちゃん。ゆっくり休憩してて」
この人が花凛さんらしい。朗らかな笑顔を記憶に刻み込んでから、美しいグラスに目を落とす。
薄い赤と青と緑の3色がグラデーションになっていて、飲むのがもったいないくらい綺麗だ。浮かぶバニラアイスから口に入れ、冷たさと甘さを楽しんでいると、後ろからオルゴールのような音が鳴り始めた。
振り向くと、壁掛けのからくり時計が動いていた。開いた文字盤の中で、ぶかぶかの上着を着た黒い巻き毛の女の子が時計の街の中を歩いている。
「1時間に1回からくりが動くのよ。ミヒャエル・エンデのモモっていう小説をモチーフにした時計なの」
「あっ!本当にモモだ!わぁ可愛い…!一度読んだことあります。わぁ…」
席を立って時計に近づき、覗き込む。しばらく散歩を楽しんだモモは街と一緒に時計の中に吸い込まれていった。
「……この時計は開店する時に買ったの。一目惚れしてね。この店のお守りみたいな時計。壊れたら直して、大切にしていくつもり。あなたもこれから出会う友達のこと、ずっと大切にね」
席に戻ると梅さんが私の顔をじっと見つめ、静かに語りかけてきた。しっかりと頷いて、メロンソーダを飲む。とても懐かしい味がした。
翌週、私は初めて出来た友達と「みんなの家」に行ってみた。しかし、確かに店があった場所にはマンションが建っていた。スマホで検索しても、道行く人に聞いてみても喫茶店の手がかりは見つからない。
「不思議だねぇ。狐に化かされたとか?ははは」
笑う友達の顔は、あの時キッチンから少し顔を覗かせた夏芽さんとよく似ていた。
★喫茶「みんなの家」の名物メニューの物語はこちら↓
●無敵猫パンのトースト
●ペリドット・パフェ
●爽やかミルキーチーズ月ピザ
いいなと思ったら応援しよう!
![水月suigetu](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/85166630/profile_7870bd3e17d9219e8e257863391ef3bd.jpg?width=600&crop=1:1,smart)