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螺旋の始まりとフラワークロック
三角形のガラス箱の中に、静かに花の苗を移す。仕上げに,、使い込んだブリキのじょうろでたっぷりと水をやった。
ガラスの中の柔らかい土に根を落ち着かせた花の苗は、葉に乗った輝く水滴を誇らしげに掲げている。
カランカランカラン
来客を知らせる音で我に返る。急いで手を洗う。エプロンで手を拭きながら白い廊下を走り抜け、玄関に向かった。ドアの前で、青いステッキを持った常連客の老紳士が1人、佇んでいた。
「やぁ、おはよう。今日も開店日和だね。また花時計、見に来たんだ」
「おはようございます。本当に。初夏は快晴の日が多くて嬉しいです。晴れた日にしか営業できませんから。皆、元気になりますし。どうぞこちらへ。花時計にご案内しましょう」
古今東西の珍妙な植物が収まった、様々な形のガラス箱が吊るされている店内の奥へ、ゆったり進む。高い天井には大きな天窓がある。白い床と壁に反射した光が、店内を明るく照らしながら、ガラス箱全体に行き渡るように計算されているのだ。
大きな引き戸を両手で引き、一切光の無い漆黒の空間の前に立つ。私が口笛を吹くと、途切れていた白い床がまっすぐに伸びて、大人2人が悠々と通れる廊下が現れた。
私は店内の方に体を向け、再び口笛を吹いた。一瞬で目の前に現れた、私の分身と目が合う。
「店番、よろしくね」
頷いた私の分身は、くるりと背中を向け、玄関の方に歩いていった。
「お待たせしました。では、行きましょう」
「相変わらず、お花屋さんと勘違いされてるみたいだね」
「そうなんです。もうすっかり街のお花屋さんですよ。花時計屋さんなんですけどね、本当は」
あっという間に廊下を進み切り、ガラス戸を開けた。異次元の晴天の下で、巨大な丸い花壇は今日も健やかに時間を刻んでいる。2人でサクサクと芝生を踏み歩き、花壇に近づいた。
「綺麗な松葉牡丹だ。オレンジに黄色に白に……」
「ついさっきまで、朝顔と蓮も咲いていたんですよ」
円の一部分にだけ咲いている色とりどりの松葉牡丹。その隣のスペースは睡蓮の浮かぶ池になっている。池の隣には、朝顔の一群。
「もう少しすれば白粉花、夕方には待宵草と月見草が咲く。いつ見ても、素晴らしい。君の努力も」
「ふふ。ありがとうございます。光栄なことですコモン・アンセスター」
振り返ると、老紳士は幼い少女の姿になっていた。ステッキは青いスカートに。懐かしさに頬が緩む。まだ私がタンポポだった頃の記憶にある、その姿。
「34億年前に、君たち植物が生まれた時に作った記念の場所と時計だ。まさかずっと、失われないとは。38億年前に私が生まれた時には、想像もできなかった。私から枝分かれして、目まぐるしく変わり続けながらも、この約束の暗号を繋げてくれている君たちは、自慢の子供たちだよ」
そよ風が吹いて、花時計の花が一斉に揺れた。
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