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行商人の星の金貨探す秋

止んでくれなさそうな雨にため息をついて、トランクケースからクラゲ日傘を取り出す。自動的に開いて、私の頭上にぷかりと浮かんだクラゲ日傘に周囲の人がぎょっとした。

苦笑いしながら、雨宿りさせてもらっていた駅から早足で歩きだす。私は物々交換で商売する行商人。トランクケースが大切な商売道具だ。この鞄は少々特殊で、物を入れてふたを閉めると、次に開けた時には別の物に変わるのだ。

香り高い柚子を入れると、未来の世界にある物にランダムで変わる。この目立つクラゲ日傘も、柚子の香りが引き寄せた未来の物だ。晴雨兼用の日傘らしいので雨の時も使っている。手が空くので便利なのだ。かなり目立つけれど。

「ふぅ。重いなぁ」

見た目以上にたくさんの物品が詰まっているトランクケースは、年々重くなっていく。持ち運べなくなったら、どうしよう。最近少し不安になってきている。

そろそろ今日の宿を探さないとなぁと思いながら歩いていると、前から歩いてきた女性とぶつかった。女性は両手に重そうな買い物袋をさげている。どうやら買い物袋と私の鞄が衝突してしまったようだ。

「すみませんお嬢さん。大丈夫ですか」

「大丈夫。こっちこそごめんなさいねー。ふふ、お嬢さんだなんて言われる歳じゃないわよぉ。でもありがとうね。お礼にリンゴあげる。買いすぎちゃったの。訳ありリンゴなんだけど味は保証するわ。じゃあね~」

「えと、あの、あ、ありがとうございます」

戸惑っている間に女性は歩き去ってしまった。握らされた小ぶりのリンゴは薄黄色だ。珍しい品種なのだろうか。鼻を近づけると甘酸っぱい香りがする。何かを引き寄せそうだ。

急いで人通りの少ない道路に移動する。しゃがんでトランクケースを開けて、リンゴを入れようとした時だった。

「僕を捨てないで。どうか僕を捨てないで。僕はみにくいリンゴの子でしょうけど、きっと美味しいはず。捨てないで…」

リンゴから囁き声が聞こえてきた。怯えているようだ。震える声は止まない。

「ええと、君はリンゴの妖精とか、かな?」

「そうです。名前もあります。沙果さかです。でも僕は仲間みたいに赤くも青くもありません。実が成り始めた時から黄色のままなのです。だから仲間たちからも人間からも訳ありリンゴとののしられてきました。でも美味しいはずなんです。どうか捨てないで…」

「私は君を捨てはしないよ。安心して」

「…ありがとう、ありがとう。チェック柄のハンチング帽の紳士さん」

落ち着いてくれたようだ。鞄の内ポケットからスマホを取り出し、嘆く薄黄色のリンゴの特徴を打ち込んで検索してみる。やはり。リンゴに画面を見せた。

「ごらん。君とそっくりのリンゴが見えるだろう?君はきっと『星の金貨』という品種のリンゴなんだよ。それか、星の金貨と他の品種が混ざったリンゴなのかも。純粋な品種じゃなかったとしても、訳ありリンゴだと言われても、君が立派なリンゴであることには間違いない。とびきり華やかな香りがするもの」

「星の金貨…僕の本当の名前は、星の金貨…」

いつの間にか雨が止んで薄暗くなった空では、星が顔を覗かせ始めていた。星の金貨。本当に光り輝くような名前だ。未来からトランクケースを介してやってきた私に、からくり職人だった父さんは名前をくれた。温かい光のような名前だったはず。もう思い出せない名前を、私はずっと探し続けるのだろう。

「ありがとう、ハンチング帽の紳士さん。僕はようやく天に昇れるようです。さようなら。ああ、お早めにお召し上がりくださいね。ちょっと皮が痛んできているので…」

「うん。いってらっしゃい。美味しくいただくよ。こちらこそ、父さんを思い出させてくれてありがとう」

もう声を発さなくなった黄色のリンゴを両手で包み、嗅いでみる。やはりいい香りだ。暗くなる空を見上げて、気付いた。

「あっ!今日の宿!」

重いトランクケースを持ち上げて走り出す。街の灯りも星のように増え始めていた。



★このお話は「行商人の鞄」シリーズの4作目となっております。

第1話「行商人の鞄は柚子の香り」

第2話「行商人のこいのぼり泳ぐ日」

第3話「行商人の青ゆず香る夏」


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水月suigetu
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