超新星バズーカ
バズーカ屋「すぱのば」の狭いオフィスの窓辺に、小さい水槽を慎重に置く。
小さいミドリガメのトトちゃんには、たっぷり日光浴させなくてはいけない。水槽の中に置いた石の上にいるトトちゃんは、懸命に首を伸ばして、私を見上げてくる。
「おはよトトちゃん。今日は良い天気だよ。良かったねぇ」
指先で甲羅を撫でていると、インターホンが鳴った。そろそろ唯一の従業員、ヤコちゃんが来る頃だ。慌ててドアを開ける。
「おはよ、社長」
「おはよー。眠そうだね」
「うん。歩きながら寝そうだった」
朝が弱いヤコちゃんは、元花火師の女性だ。髪形も服もボーイッシュなスタイルで、背が高い。初対面の人には、大体男性だと間違われる。本人はそれを楽しんでいるようで、男性のふりをする時もある。それがかっこよすぎて、私には心臓に悪い。
ヤコちゃんはトトちゃんにも挨拶した後、デスクに置いてあるファイルを開いた。
「確認するよー。今日の午前中の任務は……と。依頼人は、会社員のトマトさん。ご新規さんだね。指定場所は、今は廃校になっている出身中学校の校庭。中学生の時の悪い思い出を、ドカンと吹き飛ばして欲しいって」
「りょーかいです。悪い思い出、吹き飛ばしましょう。やっぱりヤコちゃんのほうが社長さんっぽいなぁ。立場、交換する?」
「あのね、社長はあなただからね……。社長らしく、ばしっとお願いしますよ。そうだ、バズーカ鳴らす許可、取ってあるよね?」
「うん。それはばっちり。私、これでも社長ですから」
「ふふふ」
バズーカ砲やら撮影機材やらを載せたワゴン車を、発進させた。
依頼人から指定された場所まで、数時間はかかるだろう。助手席のヤコちゃんは、タブレット端末で細かい業務をしている。
空いている直線道路を走っていると、昔を思い出す。
元々重火器に興味があった。その構造や造形が好きでたまらなくて、部品を作る工場に就職した。しかし、作る側になって、重火器が何に使われるものか、常に考えるようになった。
最終的に、戦争のニュースを見聞きすると体調を崩すようになって。結局、工場から去った。
しばらくぼーっとした後、私の頭は再び回転し始めた。
この世に何か、善きものを贈るには。どうしたらいい?私にできることは。小さなことでいい。何でもいい。どうしたい?
もう少しで何か思いつきそうという時、外からパンッという破裂音がした。驚いて窓の外を見れば、子供たちがクラッカーを鳴らして遊んでいた。その時、良いアイデアが勢いよく弾け出た。
特大クラッカーを鳴らそう。バズーカだ。辛い思い出を、バズーカで吹き飛ばす。重火器の力で、悲しみや苦しみを散り散りにして見せるのだ、と。
「あ、そうだ、社長。指定場所の近くに食堂とかコンビニとか無さそうだから、お弁当作って来たんだよ。社長の好きな昆布のおにぎり、あるからね」
「えー!ありがとう!気付かなくてごめんね。やっぱりヤコちゃんが社長さんだなぁ」
「私は社長なんて器じゃないよ。社長は今の社長のままでいてよ。ずっとね」
突飛な思い付きで行動し始めた私の隣に、すとんと座ってくれたのが、ヤコちゃんだった。中学時代の元クラスメイト。偶然、街で再会した。卒業以来会っていなかったのに、話が弾んだ。あれよあれよという間に、ヤコちゃんは私の立ち上げた事業に力を貸してくれることになった。
バズーカで、思い出を塗り替えるという事業。その根幹には、重火器で、火薬で、人に優しくするのだという信念がある。
それは、ヤコちゃんも同じだったようで。仕事として成り立つのかも分からない時期に、私の相棒になると約束してくれた。花火師という道を諦めてまで。
私は、ヤコちゃんの勇ましい決断に、美しい火花を見た。私も、そんな火花を散らしていくのだ。この先、ずっと。
「やっと着いたねー。ひゃー遠かった」
小さいワゴン車の運転席から一歩外に出て、思い切り体を伸ばす。寂れた廃校が、曇天の中で立ち竦んでいた。
「ずっと運転させちゃって悪いね。帰りは私が運転するから。じゃ、社長、一発鳴らしますか」
「そうだね。今回は、私がバズーカ係ね。ヤコちゃんは撮影係。よし。セッティングしよう」
大きなバズーカ砲を、肩に乗せる。大きな反動に耐えられるように、片膝を立てた体勢で、校庭にしっかりと足をつけた。事前のメンテナンスや、火薬の調整は念入りに行った。心配ない。
しかし、トリガーを引く瞬間は、やはり緊張する。深呼吸。遠くで私にカメラを向けているヤコちゃんの合図を待つ。
「社長!いつでも大丈夫だよー!」
爆発しそうな心臓を宥めて、息を整える。依頼人のトマトさんの、辛い思い出が消えますように。そして、爽快な破裂音が、トマトさんの心に届きますように。
祈りながら、曇り空に向けてトリガーを引いた。