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こおりエクスプレス

青々と茂る草花が、線路の痕跡をほとんど覆い隠していた。まだ幼い息子の涼汰りょうたと一緒にしゃがみ込み、草をかき分けてみる。

「おとーさん!線路あった!」

「もうほとんど花畑なのに、まだ残ってるんだね。すごいねぇ」

はしゃぐ涼汰の手を引いて、線路の跡を辿って歩く。線路脇に並んで生えている立派な竹を見上げながら、感嘆のため息をついた。

延々と続く竹林のトンネルを歩いていく。暑いのか、帽子を脱いでしまった涼汰の頭は汗でびしょ濡れだ。休憩させないと、と思った時ちょうど竹林が開けて、屋根付きのベンチが見えた。廃駅はいえきのホームだろう。助かった。


小さいコップに水筒から麦茶を注ぐ。手渡すとすぐに飲み切ってしまった。

「おいしい!もう一杯!」

「はいはい。氷入りの水筒だから冷たいでしょ。ゆっくり飲むんだよ。お腹痛くなっちゃうから」

2杯目をちびちびと飲み始めた涼汰を眺めながら、自分も麦茶を飲む。

ついに息子と2人で廃線跡に訪れることができて感無量だ。父子そろって廃線跡マニアなのだが、仕事が忙しくてなかなか現地には行けない。しかし今年は早めに夏休みが取れたので、遠出する家族旅行に行くことになった。

廃線跡よりお土産選びに興味がある妻は別行動となった旅行2日目、念願の廃線跡巡りが叶ったのだ。楽しいのだが、暑くてすぐに疲れてしまう。息子の体調も心配だ。そろそろ引き上げるとしよう。

「涼汰、暑いからホテルに帰ろう」

「いやっ!まだいるっ!」

「帰りにアイス買ってあげるから。ね?」

涼汰はじっと線路の向こうを見つめている。廃線跡とアイスで迷っているのだろうと思っていたら、突然立ち上がってホームの端に向かって走り出した。急いで追いかけ、捕まえる。

「はぁ~、びっくりした。涼汰、急に走り出したら駄目だっていつも……」

「おとーさん、電車が来るよ」

涼汰が指差す方向には、陽炎かげろうが揺らめいているだけで電車が来る気配はない。

「電車なんて来るわけ……」

遠くに目を凝らしていると、妙に涼しい風が吹いた。線路跡が伸びる先から猛スピードで何かが近づいてくる。とっさに涼太を抱え込んで背を向け、目をつむった。

しばらく背中に吹き付けていた冷たい風が止んで恐る恐る振り向けば、巨大な氷の塊が冷気を放っていた。

「氷の電車だ!」

嬉しそうに声を上げる涼汰と氷の塊に視線を往復させる。よく見れば、確かに電車っぽい。いやしかし、電車のわけがない。

「……涼汰、絶対にここから動くんじゃないぞ」

涼汰を少し遠くに移動させてから、謎の氷の塊に手を伸ばす。もうちょっとで触れるという瞬間、ドアらしきものが開いた。出てきた冷気に全身を包まれる。真夏に冷蔵庫を開けた時のような気持ちよさだ。

「やっぱり電車だ!おとーさん、乗ろう!」

「あっ!待ちなさい涼汰!」

空洞になっている氷の塊の中に入ってしまった涼汰を追いかける。中を見て驚いた。座席やつり革、中づり広告まで氷で作られている。滑る氷の床で転びそうになりながら、楽しそうに滑る涼汰を捕まえた。出ようとすると目の前でドアが閉まった。顔を引きつらせていると、電車のアナウンスが聞こえてきた。

「こおりエクスプレスをご利用いただきまして、誠にありがとうございます。この電車は超音速で世界一周いたします。ほどよい寒さをお届けする電車の旅をお楽しみください」

「待ってくれ!乗るつもりじゃなかったんだ!」

超音速で世界一周?耳を疑うアナウンスに思わず叫んでしまった。先頭車両にいけば車掌がいるはず。必死に走るが氷の床で滑って上手く走れない。

「ただいまご乗車いただいたお客様、この電車内は快適に過ごせる特殊空間となっております。こちらの駅に戻るまで約1時間半しかかかりませんのでご安心を。それでは出発いたします」

返事が返ってきて呆然としていたら、電車が動き始めた。それほど揺れていないのに、窓の景色は凄まじい速さで動いていく。座席に寝そべって冷たい~!とはしゃぐ涼太を見ていたら肩の力が抜けた。

氷の座席に座ってみる。鋭い冷たさを覚悟していたが、腰と背中に氷枕を当てているような心地よさに思わずため息が出た。

「涼太、ちゃんと座りなさい。ほら、膝に乗っていいから」

嬉しそうに飛び乗ってきた涼太をしっかり抱き締める。不安と好奇心で周囲を見回していると、またアナウンスが聞こえた。

「この電車は、いくらなんでも暑すぎるという動物たちからの苦情を受けた天界から派遣されました。あ、さっきの人間のお客様、ちょっとよろしいですか?」

「え、は、はい!」反射的に応えてしまった。

「こおりエクスプレスは雪の精霊と関わりのある人間しか見えない電車なのです。なにか心当たりはございますか?妙な日記を拾われた、とか……」

「雪……日記……あっ!あの日記!」

まだ独身だった頃、夏に帰省した時に古本市で変な日記をもらった。雪や氷に関することが書いてあった気がする。

「やはりそうですか。あの日記を書いた雪の精霊は友人でして。長く姿が見えないので心配でしたが、あなたにこの電車が見えたということは、まだ消滅してはいないようですね。よかった」

まさかあの日記が。なんとなく捨てられずに今も手元にある。家に帰ったら読み返そう。

「今回は特別に見学ツアーを開催します。車両の連結部分を見てみませんか?氷同士を瞬間的に強く押し付けると、くっついて凍るという復氷なる現象を利用して車両を繋げているのです。ご案内しますよ」

「おとーさん、行こう!」

飛び降りた涼太に腕を引っ張られて立ち上がる。


ホテルに帰ってテレビを点けると、世界中で急に気温が下がったというニュースが流れていて笑ってしまった。笑う私を不思議がる妻に、こおりエクスプレスと不思議な日記のことを話してみよう。果たして信じてくれるだろうか。



★このお話はショートショート「白魔の日記」と少しリンクしております。


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水月suigetu
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