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ミミズク導くエリュシオン


アーティスティックテーマパーク・エリシウムと書かれた看板のほとんどの部分は、ツタで覆われていた。十数年前に造られたテーマパークだ。

メリーゴーランドやジェットコースター、観覧車を楽しみながら、絵画鑑賞もできるとテレビで宣伝されていた。確か、海外の新進気鋭の芸術家集団が建設に協力していたとも。オープン当初はたくさん人が来ていたようだが、数年ほどで人気は翳り、2年前に閉園。今では廃墟だ。

まだ夕方になりかけの時刻だが、オカルト好きにはたまらない雰囲気を纏っている。ホラーが苦手な私は、懐中電灯と借りた鍵の束を持ちながら、中に入るかどうか迷った。

数ヶ月後解体される予定の廃虚の中には、展示されていた絵画の一部が残されている。その中から状態が良いものを回収する作業に来た。美術品の研究を行う学芸員の私にとっては、大切な仕事。絵画を救うのだと、意気揚々と車を走らせてきたのだ。

しかし、正直もう、帰りたい。

バサバサバサッ

「うあっ」

大きな鳥が、突然目の前の地面に留まった。反射的に頭を覆ってしゃがんでいると、目の前の大きな鳥は首をかしげた。

フクロウだ。いや、ミミズクか。

零れ落ちそうなほど大きな瞳、黒く鋭いくちばし、耳のような飾り羽、力強そうな足。周囲を見渡す。ミミズクが住めそうな深い森や林など無い。

「どこから…………ってうわっ! えっちょっ、っと、うわっ!」

思わず独り言が出た時に、ミミズクが私に向かって飛んできた。背中や肩に、ミミズクの足が食い込む感覚でパニックになる。


数分の妙な競り合いの勝者はミミズク。私の肩に陣取った。乗り心地がいいのか、私がいくら動いても、降りようとしない。すっかり落ち着いてしまっている。

混乱が収まってくると、笑えてくる。目の前の廃墟も、それほど怖くなくなってきた。

「ははは、一緒に来てくれるの?」

不動のミミズクは、頷くように両目を閉じた。


恐る恐る、薄暗いテーマパークの中に入る。アートをテーマにしていただけあって、一風変わった西洋風のデザインの乗り物が多い。しかし、それが不気味さに拍車をかけている。地図のメモを確認しながら、絵画展示コーナーを目指す。私が階段を上り下りしていても、ミミズクは肩で大人しくしてくれていた。緊張と恐怖で自然に慎重な動きになるのが、ミミズクには丁度良かったのかもしれない。

「ここだ…………」

絵画コーナーの扉を見つけた。ジャラジャラと鍵の束を鳴らしながら、何とか鍵を開ける。

広々とした部屋の中には、絵画が数十点飾られていた。ゆっくり歩きながら、ずっと人目に晒されずにいた絵画たちを眺める。日光に晒されていたからだろう。ほとんどの絵画は朽ちて、ボロボロになっていた。

しかし、1つだけ、綺麗な状態の絵画を見つけた。真夜中の森の中の大木が緻密に描かれている絵だ。良かった、と胸を撫で下ろす。全滅かと思っていた。絵画を下ろそうと、額縁に手をかけた。

「ホッホロッホ」

「うわっ」

ミミズクが急に耳元で鳴きだして、驚いて懐中電灯を落としそうになった。バササササと私の肩から飛び降り、地面に着地するミミズク。

「ごめん、腕上げたからびっくりしちゃった?」

ミミズクは、じっと私を見ている。


絵画を慎重に下して、懐中電灯で照らしながら、細かい箇所を確認する。全体の状態は良好。ロシア語のようなサインが入っている。海外出身の無名作家の作品だろう。

立ち上がり、絵画全体を改めて眺める。少し、浮き上がって見える。題材はシンプルだが、幻想的で美しい。ん?

両目を擦り、少し目を瞑ってから、また見た。

明らかに、立体的になっている。平面だったはずの木の枝葉が、押し出てきて、完璧な立体となっていた。こちらに向かって枝の塊が滑らかに盛り上がり、生き生きとした葉が飛び出てきた枝全体に茂る。外に出ようと、していた。

バササササササ

足を1歩後ろに下げた時、ミミズクが後ろから絵画に飛び込んだ。

あっという間にミミズクは消えた。いや、絵画の中に、収まったのだ。這い出ようとしていた枝葉も元に戻った。太い枝の上に、あのミミズクの姿が描き足されている。

座り込み、絵の中に帰ったミミズクと見つめ合う。

「この絵を、知らせようとしてくれたんだね?」

こちらに帰ってくる気配の無いミミズクは、不動のまま。

ああ、この絵は特に大切に保管しなければ。きっとまだ、このミミズクの楽園は生きているのだから。

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水月suigetu
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