ホットジュピターな海辺
早朝の海辺の公園には、それなりに人がいた。2人と1匹の私たちと同じように、散歩に来た人々だろう。端のほうのベンチが1つ空いていたので、2人で座る。白猫のバジルは、隣のイオの膝の上。
イオはバジルの頭から背中を何回も撫でてから、バジルをくるっとひっくり返して、赤ん坊のように抱いた。
「いつ見ても可愛いなぁ。君は僕の宝物だよ、バジル。最近もふもふだね。短毛種なのに。もう冬毛になったの?」
「ニャー」
「いんや。まだ夏毛だと思う」
「あ……もしかして、ちょっとふくよかになっちゃった……?」
イオに大人しく抱っこされているバシルのお腹周りを、両手でざっくり測ってみる。ああ、感触からも伝わってくる、バジルの増量具合。
「……たぶん」
「とりあえず、カロリー控えめなキャットフードに変えてみようか。バジル、食べてくれるかなぁ」
「グルメだからね、バジルは」
この公園で、子猫だったバジルと出会った。1匹で必死に鳴いて、助けを求めていた。保護した時は骨が浮き出るほど痩せていたのに。頭の中でバジルのダイエット計画を立てながら、ちょっと感動していた。
海の音の中に、電子音のメロディが混ざった。どんどん音量が大きくなってくる。発信源は、公園に入ってきた移動販売車だった。音が鳴りやむと、運転席からお姉さんが飛び出してきて、手早く開店準備を済ませた。早速、人が集まってきた。
「移動販売車なんて、ここらへんでは珍しいね。何売ってるんだろ。暖かい飲み物があれば、買ってこようか。バジルと待ってて」
肩掛け鞄から小銭入れを取り出して、目立つ色合いの移動販売車に近づいた。列に並んでいる間に、小さい立て看板をじっくり読む。
”宇宙味キャンディー以外にも、色々始めました~”と大きく書いてある。その文字の周囲には、オープンサンドやアイスクリーム、ドリンクのイラストが描かれていた。
ドリンクのイラストの横には、”アンドロイドのお客様向けドリンクもございます!”と書かれている。ほっとした。
私とイオは、アンドロイド。機械人間だ。形式上は夫婦という関係だけれど、どちらにも性別は無いし、夫婦らしくあろうという意識はない。親子でも親友でも兄妹でも。実際の関係性なんて、どれでもいいと思っている。バジルと私とイオは、なんとなく一緒にいる。それだけで十分だ。
「おまたせしましたー。どれになさいますか?」
「えーと、この、アンドロイド向けドリンクの、ホットジュピター、2杯お願いします」
「かしこまりましたー。少々お待ちくださいねー」
ホットジュピター。宇宙研究の用語が出てくると思わなかった。面白いお店だ。小銭入れから硬貨を取り出しながら、遠くのイオとバジルをちらりと見る。
私たちは宇宙研究所のアンドロイド職員。人間の研究者を補佐するのが仕事。研究に関わることは無かったが、人間とアンドロイドの垣根が低くなってきた最近では、人間の宇宙研究に深く関わらせてもらえるようになった。
研究員たちと議論することもあるし、博士に意見を求められることもある。アンドロイド職員同士でも、よく議論するようになった。
イオと私は、周囲に喧嘩していると思われるほど、激しく意見を戦わせる。そのせいで、職場のほぼ全員から犬猿の仲と思われていたようだ。結婚報告した直後は、研究所内が騒然とした。
「おまたせしました。ホットジュピター2杯です。熱いので、お気をつけください」
「どうも。たぶん、ちょうどあります」
「はい。ちょうど、いただきました。ありがとうございました~。良い一日を」
にこやかなお姉さんに見送られ、イオとバジルの元へと急ぐ。
紙コップの蓋を開けてみると、優しい黄緑色が目に飛び込んできた。抹茶色というのだろうか。コップを揺らすと、金と銀の粒がキラッと光った。
「わー、綺麗。これがアンドロイドの燃料でできてるなんて、信じられないね。美味しいし」
横から覗き込んできたイオが感嘆の声をあげた。
「うん。名前もユニークだし。なんでホットジュピターにしたんだろう」
ホットジュピターは、木星ほどの大きさをもつ、ガス惑星のことだ。灼熱の恒星の周りを回っている星だが、その恒星との距離が近すぎて、ものすごく熱い。
しかし、恒星から大量に降り注ぐ宇宙線のおかげで、毎日オーロラが発生するのだ。実際に見れる人間やアンドロイドは、いないだろうけど。
「このキラキラしたのが、オーロラってことかなぁ」
「黄緑色は、どうしてなんだろ?やっぱりオーロラの色?」
「ニャー」
私たちは言葉を発さずとも、通信機能で会話できる。しかし、あえてその機能は使わない。白猫のバジルも家族だからだ。なんとなく、末永く一緒にいるためには、フェアでなければ。
ホットジュピターをまた飲む。ほのかに甘く、香ばしい余韻が続く。人間の飲み物でいうと、少し砂糖を入れたコーヒーに近いかもしれない。
海からの柔らかい風が、私たちの隙間をゆったり通過していった。
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