雪うさぎの暖炉会議
頬と鼻が冷たくて、アラームが鳴る前に目覚めた。
身体を震わせながらカーテンを開ければ、ベランダには柔らかそうな雪の絨毯が敷かれていた。絨毯の上には、次々と新しい雪が静かに着陸している。
ふかふかの降りたての雪を見て、寒さで沈みゆく気分が持ち直した。窓を開けて、室外機の上に盛られた綿のような雪をほんの少し、手ですくってみる。
冷たい。
雪はすぐに消えて、水に変わってしまった。昨年は降らなかった雪。久しぶりの再会だ。普段しまい込んでいる子供の私に急かされて、両手で室外機の上の雪をたっぷりすくう。
瓜のような形に整えて、丸い尻尾も付けて。かじかむ両手の指に息を吐きかけながら、急いで部屋の中に戻り、冷蔵庫から黒ゴマを取り出す。さらに、水につけていたニンジンのへた部分から伸びる茎と葉を取り、ベランダに戻った。
あっという間に、瞳は黒ゴマ、耳はニンジンの葉と茎の雪うさぎが完成した。
目玉焼きを乗せたトーストを齧りながら、室外機の上に鎮座している雪うさぎを見つめる。冬の朝に早起きできるなんて、本当に珍しい。こんなにゆっくり朝食を食べていられるなんて、奇跡に近い。
トーストを食べ切って出勤の支度をしていると、雪は降り止み、日の光が差し込んできた。鞄を持って、何となくベランダに目を向けると、室外機の上で日光に照らされる雪うさぎと目が合った。助けを求めているような、黒ゴマの瞳。
一瞬迷ったが、鞄を下ろしてキッチンで小さい鍋を探す。その鍋に雪うさぎを入れて、冷凍庫にしまった。
帰宅して、ソファに倒れたい気持ちをぐっと抑え、シャワーを浴びる。その他諸々の寝る前の準備を完了させてから、ベッドに倒れ込んだ。身体が急に鋼鉄製になったのかと思うほど、重い。
夕方くらいから、風邪だと確信した。体温が、どんどん上がっている気がする。明日は休みだからと誰にも言わずに耐えていたが、早退すればよかったと後悔した。
ベッドチェストに手を伸ばして、さっき置いたスポーツ飲料を飲む。薬を飲んでおいたが、たぶん、夜中に大量の汗をかく。飲めるだけ飲んでおこう。
寝苦しさで、目を開く。身体中が熱い。頭が茹でられているようだ。汗で湿ったパジャマが気持ち悪い。ぐわんぐわんと視界が回る。
寝てしまおう。とにかく寝て、辛さをやり過ごせ。自分に言い聞かせながら、硬く目を閉じる。なかなか寝付けずに、息も苦しくなってきた頃、突然、額が冷たくなった。茹だっていた頭全体がクールダウンする。
気持ち良い。
うっとりして目を開けられないでいると、パチパチパチという、何かが弾ける音が小さく聞こえてくる。チィチィ、プゥプゥという、動物の高い鳴き声も。
ん?動物?
さすがに気になり、目を開けた。横に、在るはずのない立派な暖炉があった。煌々と薪が燃えていている。必死に寝る前の記憶を探すが、暖炉の前で布団を敷いた記憶など無い。
さらに、私の布団と暖炉の間のスペースには、大小様々な大きさの雪うさぎがズラリと並んでいた。暖炉のほうに顔を向けている雪うさぎたちは、こそこそ話をするように鳴き合っている。
風邪の時は、突飛な夢を見るものだ。しかし、こんなファンタジックな夢を見るとは。ぼうっと暖炉前の雪うさぎ会議を眺める。あの雪うさぎたちは、溶けてしまわないのだろうか?
横一列に並ぶ丸くて白い尻尾に、思わずふふっと笑った時、額の冷たい塊がぴょんと胸の辺りにジャンプした。
胸の上には、見覚えのある雪うさぎ。今朝作った、黒ゴマとニンジンの葉の雪うさぎだ。プゥプゥと、しきりに鳴いている。
ああ、頭を冷やしてくれていたのは、この子だったのか。肩と肘の痛みに耐えながら、なんとか腕を上げる。軽く頭を撫でると、鳴き止んだ。しばらくすると、急にくるりと暖炉の方に身体の向きを変え、またプゥプゥと鳴き始める。
雪うさぎたちの、ざわめきが止んだ。ちらりと暖炉を見れば、さっきより明らかに増えている無数の雪うさぎが、私をじっと見ていた。南天の実の、真っ赤な瞳が爛々と輝いている。
怖くて焦るが、すぐに動けそうにない。にじり寄ってくる雪うさぎの群れ。襲われる。半泣きで覚悟を決めた。
とすんと、一匹がお腹の上に飛び乗った。次から次に、雪うさぎが私の上に飛び乗ってくる。皆、羽根のように軽い。そして、本物のウサギのように、温かい。
首と肩の間にも、すっぽりと小さい雪うさぎがはまり込む。額には、あの冷たいままの手作り雪うさぎが再び乗ってくれた。
温かい羽毛布団に全身を包まれたような心地好さが、すぐに強い睡魔を引き寄せた。
熱が引いて、すっきり目覚められた朝、すぐに冷凍庫の鍋を取り出した。あの雪うさぎはそのままの姿を保っていて、胸を撫でおろした。
「ありがとうね」
指で雪うさぎの額を撫でる。やっぱり、冷たかった。
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