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黒の目隠しを取って

とある時期から、大地が黒く変色していったらしい。

ゴミとして地中に埋めていた有害物質が、地上に染み出てしまったのだ。どんな植物も生えない、不毛の黒い大地の面積は増え続け、人の住めるエリアは縮小していった。

黒い大地を放棄した人々は、生存できる大地を塀で囲っていった。空まで届きそうなほど高い、真っ黒な塀だ。そして、大きな大陸の中心部分だけが、ぽっかりと無事に残った。

学校で教え込まれる、この塀の国の歴史だ。

この高い塀に囲まれた国では、全員が外の世界を一度も見ないまま一生を過ごす。街にはいつも、明るい歌と音楽が響いている。皆が迷いなく、この要塞のような国を良い国だという。僕は、そう思えない。

街中が平和でも、あの塀の存在が、どうしても引っかかる。外の景色を自分の目で見てみたい。一度でいいから、塀の外に出てみたい。

小さい頃から、押し隠してきた本心。これからも、隠し通さねばならない。周りの人を不安にさせてしまうから。



今日も金属加工の工場で割り当てられた労働を終えた。夕方の帰路につく。心身の疲れで、ため息が出そうになった時、後ろから走ってきた人が僕を追い越していった。かなり慌てている。

立ち止まっていると、後ろから大勢の人が走ってきた。脇に寄って、衝突を避ける。息を切らせた女性が1人、目の前で立ち止まった。

「あの、何かあったんですか」

「政府から、緊急発表が、あるって!」

再び走り出した女性を追いかけるように、僕も走り出した。



大きなスピーカーとスクリーンのある広場は、人で埋め尽くされていた。息を切らしながら、群衆に近づく。

「全国民に、重大なお知らせがあります。毎月行われている塀の近くの土壌検査で、土の中に黒化する有害物質があることが判明しました。塀の建設から約800年、初めての事態です」

スクリーンに映し出された大統領の声が響き渡ると、一気に静かになった。

「この国の大地も、汚染されてしまう危険があります。そこで、飛行探査機を作り、外の大地の状態を確認することにしました。いざという時のために、皆で移住できるエリアを探すためです。今から探査機に乗るパイロットを募集します」

大統領が言い切ると、群衆は一転してざわめき出した。怒号や泣き声の嵐の中、僕はパイロットになって塀の外を眺める想像で夢心地だった。





数ヶ月間、古い資料に残されたパイロットの知識と技術を、頭にみっちりと入れた。やっと飛行探査機に乗る時がきた。探査機の胴体の中心から出ている左右の翼、尾翼の先は刃先のように輝いている。

やっと、塀の外を見ることができる。

ワクワクしながら乗り込んだ。コックピットで1人きりになった今、抑え込んでいた喜びを噛みしめる。計器を確認して、さぁ、空に。


無事に離陸した。揺れる機体が安定するまで、ひたすら青い空を見て気分を落ち着かせる。ああでも、嬉しくて、落ち着けない。

「調子はどうだ?」無線機から地上にいる整備士のタオさんの声がする。

「大丈夫。まだ、少し揺れてますが」

「よし、そのまま、高度は低く保つんだ。俺の整備の腕を信じろ。大丈夫だからな……ザー……」

急に、音が小さくなった。ノイズの音しかしない。

「タオさん?」

ザー、ザー、……D=μkBT…ザー……ΔE=hν−W……ザー

ノイズに耳を澄ませていると、数式を呟くような声が聞こえてきた。合成音のような声だ。

他の計器に異常は無い。機体も安定してきた。少し考えてから、操縦桿を引いた。高度がどんどん上がる。大陸全体を俯瞰できる高度に達した時、下を見た。

一面の、緑。緑の大地だ。黒くない。しかも、大陸の形が、資料の写真で見た形とは異なっていた。何かに、似ている……そうだ、本だ。開いたまま机に置かれている本だ。

塀の国の位置も、資料とは違う。大陸の中心部分から端の方へ、かなりズレている。少しずつ高度を落としながら目を凝らす。開かれた本の表面は全て、大木が密集する森や草原で埋まっていた。塀の国の周りにだけ、黒い不毛の大地がリング状に残っていた。

おそらく、奇跡的に生き残ったわずかな植物が、黒い大地を変えたのだろう。有害物質を地中から除去し、大陸の形さえもゆっくり変化させて、生き延びたのだ。

植物の生命力が、塀の外を安全にしてくれていたなんて。僕は時を忘れて、美しい緑の大地の本を眺めた。

ザー、ザー、植物ノ言葉……Rμν−1/2Rgμν+Λgμν=κTμνキコエルカ……ザー、自然ハ書物……数学デ語ル……ザー、ザー、…キコエルカ……

ノイズの中から、言葉がはっきり聞こえた。無線の応答ボタンを押して、答える。

「……聞こえるよ。君たちは、諦めなかったんだな……ありがとう……諦めないでいてくれて」

ザー、ザー、……

もう、植物たちの声は聞こえてこなかった。


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