連作短編小説「次元潜水士」第11話 サイコロ投げるランチタイム
★こちらの作品は一話完結型の連作短編小説「次元潜水士」の11話目となっております。
【次元潜水士シリーズのあらすじ】
「五次元世界まで、ちょっと潜ってみない?」
夢がないことに悩んでいるフリーターの境井さんは、バイトの帰り道で高校時代の同級生の西君と再会する。次元潜水という新技術を開発し、独りで異次元を研究しているという西君に誘われて、五次元へ潜水した境井さん。そこでは別の時間軸の自分が路上ライブをしていて……。
大学受験失敗で落ち込んでいた加納ちゃんや海士の藤野君も仲間に加わり、五次元の不思議な地図描き師の姉妹やパラレルワールドの自分自身たちとも出会い、境井さんと西君の二人から始まった次元潜水物語はどんどん広がっていく。次元を超えて宇宙にまで飛び出していく異次元探索ストーリー。
加納ちゃんの潜水
バイトの帰り道。ずっと気になっていたメタリックな外観の雑貨屋さんに入ってみた。珍しいデザインの雑貨ばかり。一番奥の棚で目が合ったのはサイコロ型の弁当箱だった。大きなサイコロのような弁当箱には赤と黒の色違いがあるようで、2つを手に取って見比べた。いいことを思いついて、私は意気揚々とレジに向かったのだった。
新しいリュックサックの肩ひもを握り、耳で揺れているピアス型次元潜水装置を撫でる。次元潜水という次元を超える技術を研究している西先輩が、特別に作ってくれたものだ。大切に使わなくては。
西先輩の幼馴染で助手の境井先輩にも誘われて、私も助手になった。もう2年くらい経っただろうか。五次元で平行世界を生きる私自身に出会った時は衝撃的だった。私も加納で、あの子も加納。でもまったく違う人生を歩んでいて。一緒にカラビヤウ空間の修復をしたり、先輩たちの大喧嘩を仲裁したり。濃い思い出ばかりだ。
ブラックホールを研究してみたいという夢が見つかった私に、先輩たちと五次元世界の私は色々な選択肢を提案してくれた。迷いに迷って、私は大学受験に再挑戦することにした。
偶然にも五次元世界の私も西先輩と同じ、次元潜水の研究者。その五次元の私が所属する研究機関の敷地内には、大学のような教育施設もあるということで、その学校を選んだ。試験勉強は先輩たちに、学費は五次元の私に助けてもらい、なんとか入学が叶った。
一度は受験に失敗して諦めた大学生活が、ここで実現するなんて。本当に嬉しい。でも助手を辞める気にはなれなかった。助手も続ける、と伝えた時の先輩たちの喜びようはすごかった。西先輩が嬉し涙を流しながらプレゼントしてくれたのが、このピアス型次元潜水装置。思い浮かべた場所にワープできる地図と、次元潜水技術を組み合わせて作ったものらしい。三次元と五次元の特定の場所にだけ、特製スーツを着なくても瞬時に移動できる装置だ。名付けて「次元通学定期券」。
境井先輩からは通学用の可愛いリュックをもらった。私には強力なお守りが2つもある。五次元の私にも支えられている。きっと何があっても大丈夫だろう。
「よし!じゃあ行ってくるね母さん父さん!」
心配そうな両親に手を振って、勢いよくジャンプする。着地した時には、五次元世界の大学のキャンパス入り口に立っていた。
大学生活初日の前半はあっという間に終わった。広い食堂の中で目当ての席を探す。その席に白衣姿の女性が座っていた。本当に私と同じ顔。平行世界の私だ。お昼は一緒に食べようと約束していたのだった。
「お待たせ。遅れちゃった?」
「私も今来たところですよ。大学生活はどうです?」
「んふふ、わくわくしっぱなしで疲れちゃった」
「ふふふ、そうですよね。私もそうでした。ここの学生だった時が懐かしい」
「…私と同い年だよね?大学生だったのって…」
「10歳で入学して14歳で卒業しました。背が小さすぎて物理的に色々と大変でした。お腹空きましたね。さぁ、お弁当交換会といきましょう」
はっとしてリュックから弁当箱を取り出す。2人同時に机に出したお揃いの弁当箱は、あのサイコロ型弁当箱だ。私は黒で五次元の私は赤。お揃いの弁当箱にして、お互いのお弁当を作り合ってみようと先月から約束していたのだ。
弁当箱を交換して、にやりと笑い合う。同時に蓋を開けて、同時に首をかしげた。卵焼きにアスパラのベーコン巻きに唐揚げに……私が今朝、詰めたばかりのおかずが入っている。下の段にはゴマを振ったご飯。これも今朝、自分で詰めたはず。しかし弁当箱は五次元の私のもの。なぜか5と3の目が光っている。
「あ、あれ?まさか中身が同じ…?」
「いえ、違うようです。こっちには私が作ったはずのブラックホールのり弁が入ってます…」
五次元の私の弁当の中身は真っ黒だ。同じように5と3の目だけ光っている。困惑しながら見つめ合った。
「これは…中身が入れ替わって…?」
「念のため、食べるのは西さんに聞いてみてからにしましょう。次元ワープ用の地図をポケットに入れてあるので、いざ三次元へ」
「え?!今すぐ?!」
「空腹が限界なので今すぐ、です!」
急いで蓋を閉めた弁当箱を手に持って、五次元の私と手を繋いでジャンプした。
先輩たちは突然研究部屋に現れた私たちに驚愕していた。たまたま先輩たちもお昼ご飯中だったようで、西先輩は驚いて焼きそばを喉に詰まらせかけた。しかし事情を説明すると西先輩は元気を取り戻し、奇妙なサイコロ型弁当箱を嬉しそうに観察し始めた。
「これは…名付けるなら次元入れ替わり弁当?平行世界入れ替わり弁当かなぁ?異なる次元にいる同一人物間だけに起こる現象なのかもねぇ。サイコロの光る目は次元の数を示しているのかも…!これは興味深い…!この弁当箱、どこで買ったんだい?」
「近所のバス通り沿いにある新しい雑貨屋さんです」
境井先輩が弾かれたように反応した。
「ああ!あの宇宙っぽい雑貨屋さん!私も行ってみようかと思ってたんだけど、すぐに閉店しちゃったんだよね」
「えっ!閉店してたんですか…知らなかった」
「ん~、ミステリーだねぇ。すっごい気になるねぇ。加納ちゃんたち、後でこの弁当箱、僕が預かっていいかい?」
「「はい、構いませんよ」」
「ふふ、ありがとう。じゃあ今はとりあえず一緒にお昼食べようか。見たところ弁当箱の中身は食べても大丈夫そう」
4人の賑やかな昼食会が始まった。私たちの瞳と、不思議なサイコロ弁当箱の3と5の目はずっと光りっぱなしだ。
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