ワインに含まれるアミノ酸 甘味は糖だけじゃなかった
ワインには糖以外にも甘味を感じさせる成分があるのをご存知でしょうか?実は、アミノ酸の一種であるD-アラニンに甘味があることが分かっています。
ワインの複雑な味わいの秘密に、アミノ酸が関係していることをご紹介します。
ワイン醸造過程でのアミノ酸の変化
ワインの醸造過程では、アミノ酸の量が大きく変化します。赤ワインと白ワインで少し違いはありますが、全体的な傾向は以下のようになります。
発酵が始まったばかりの頃:アミノ酸の量が多い
アルコール発酵中:アミノ酸の量が大幅に減る
マロラクティック発酵(二次発酵)以降:アミノ酸の量が少し増える
2011年に発表された名古屋大学のKato ら の論文;Kato et al. (2011)では、「アミノ酸分析の結果、赤ワインと白ワインのサンプルでいくつかの違いはあるものの、全アミノ酸含有量は、発酵開始からアルコール発酵中期にかけて大きく減少し、その後マロラクティック発酵段階から発酵最終段階にかけてわずかに増加した」と述べられています。
D-アミノ酸の存在とその特徴
アミノ酸には、L-アミノ酸とD-アミノ酸という2種類があります。普通の食べ物に含まれるのはほとんどがL-アミノ酸ですが、ワインには少量のD-アミノ酸も含まれています。
L-アミノ酸とD-アミノ酸の違い
L-アミノ酸とD-アミノ酸は、化学的には同じアミノ酸ですが、分子の立体的な形(鏡像異性体)が異なります。これをわかりやすく言うと、L型とD型は、右手と左手の関係のように「鏡に映したような形」で、同じように見えても重ね合わせることはできません。
L-アミノ酸:生物がたんぱく質を作るときに使うのは主にこのL型のアミノ酸です。自然界のたんぱく質はほとんどL-アミノ酸でできています。
D-アミノ酸:D型は自然界ではあまり見られませんが、一部の細菌が作っています。
なぜこの違いが重要なのか?
L-アミノ酸とD-アミノ酸の形の違いによって、生体内での役割や働きが異なります。たとえば、体の中では酵素がL-アミノ酸を認識してたんぱく質を作りますが、D-アミノ酸は認識できないため、通常はたんぱく質の材料になりません。
Kato et al. (2011)の研究によると、これらのD-アミノ酸は、発酵の後半、特にマロラクティック発酵以降に量が増えることが分かっています。論文では「D-アミノ酸の濃度は、発酵が進むにつれて増加し、特にマロラクティック発酵段階から発酵最終段階にかけて大きく増加した」と記されています。
D-アミノ酸と味わいの関係
D-アミノ酸の中でも、特にD-アラニンは味わいに直接影響を与える可能性があります。Kato et al. (2011)の論文では、「D-アラニンは甘味を持つことが知られている」と引用されています。
牟田口祐太ら (2015)によれば、D-アラニン、D-フェニルアラニン、D-トリプトファンは、かなり強い甘味性をもつそうです。
D-アラニンは砂糖の3倍
D-フェニルアラニンは砂糖の5倍
D-トリプトファンは砂糖の35倍
びっくりですよね。
つまり、ワインの甘味は糖だけでなく、アミノ酸によっても生み出される可能性があるのです。糖分があるはずのないワインでも甘味を感じることがありませんか? 実はアミノ酸の甘味なのかもしれません。
D-アミノ酸の由来
ワイン中のD-アミノ酸は、主に乳酸菌の一種であるOenococcus oeni(オエノコッカス・オエニ)という細菌によって作られると考えられています。Kato et al. (2011)の論文では「O. oeniの近縁種の出現がほとんどのD-アミノ酸の出現と一致していた」と述べられています。
O. oeniは、以下のような遺伝子を持っていることが分かっています:
アラニンラセマーゼ遺伝子(2種類)
グルタミン酸ラセマーゼ遺伝子(1種類)
これらの遺伝子によって、L-アミノ酸からD-アミノ酸への変換が行われていると考えられています。
D-アミノ酸の濃度変化
Kato et al. (2011)の研究によると、D-アミノ酸の濃度は、発酵が進むにつれて増加します。
D-アラニン:発酵の最終段階で検出
赤ワイン:11.2 μM(D/(D+L)比 9.1%)
白ワイン:15.5 μM(D/(D+L)比 7.5%)
D-リジン:発酵の最終段階で検出
赤ワイン:定量下限以下(<0.05 μM)
白ワイン:27.8 μM(D/(D+L)比 6.2%)
これらの数値は、1 Lのワイン中に含まれるD-アミノ酸の量を表しています。μM(マイクロモル)は、非常に小さな単位ですが、味に影響を与えるには十分な量です。
まとめ
ワインの味わいは、単に糖やアルコール、酸だけで決まるものではありません。マロラクティック発酵により増加したD-アミノ酸の存在が、ワインに微妙な甘味をもたらしている可能性があります。
今後、さらなる研究によって、ワインの複雑な味わいの秘密が解明されていくことを期待したいですね(^_-)-☆
【参考文献】
Kato, S., Ishihara, T., Hemmi, H., Kobayashi, H., & Yoshimura, T. (2011). Alterations in D-amino acid concentrations and microbial community structures during the fermentation of red and white wines. Journal of Bioscience and Bioengineering, 111(1), 104-108.
牟田口祐太,大森勇門,大島敏久 (2015). 化学と生物, 53, 18-26.
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