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私が「書く」理由

書くことが好きです。


何かを経験した時、
何かを言われた時、
見た時、聞いた時、
触れた時、悩んだ時

常に頭の中でぐるぐる思考していて、

その中で
あ、いいじゃん、とか
これだ!と思うものがあったら
メモに残さずにはいられない。

そのせいで私のメモ帳はわたしの言葉だらけ。

就活で悩んだこと。
周りと同じが嫌だと思ったこと。
わたしなんて気にもかけなかったあの人たちを見返すために、必ず夢を叶えてやる、とか。
強いことを言われて腹が立ったこととか。
街中で出会った素敵な言葉なんかも。

最初にnoteを書こうと思ったのは、
エッセイに魅せられて、自分でも書きたいと思ったからだった。

でも、今までメモに書き殴っていた言葉たちを、
同じように悩んでいる人にも届いたらいいな、
そんなことから何となく書き始めてみて、

最初はわたしの記事なんて誰も読まないだろうと思っていたけど、
時々くる通知に驚いて、
どこかの誰かが読んでくれている、という感覚がわたしの自信になった。

あとは、ひとり旅が好きな私の旅日記も、
楽しんで読んでくれる人がいることが
とても嬉しい。

最近思うことが、

誰かに読んでもらうための記事を書くとか、
文章を書くという行為には、
責任感が伴う、ということ。

その責任感は、学ぶ意志につながる。
書くことで、学ぶ事までできるんだ、
ということに最近改めて気づいた。

書いて、それを誰かに読んでもらう。
そういう場所の存在は、とても大切で、
学校を卒業しても、ずっと持っていたいと思う。

もし、書くことをやめたら、
学ぶことも辞めるんじゃないかな。
話す機会があるから学ぶのであり、
その知識を使う場所や機会がないのなら、
わざわざ学ぶ必要などないのだから。

もし、自分の言葉を綴る機会を失くしたら、
自分が誰なのか分からなくなるんじゃないかな。

私がnoteを書く理由。

それは、
常に知識をインプットするため。
そして、
私が私なりの価値観や倫理観、考えを持っているということを、忘れないため。

私は私だけ、ということを覚えているため。

学ぶことをやめないために、
書くことをやめたくない。
私が何者か見失わないために、
書くことをやめたくないのです。




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