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【超短編小説】マザーツリー

貧しい村の寄り合で、張り詰めた空気を破ったのは、ある男の声だった。

「冬が来る前に、裏山のあの樫の巨木を切り倒し、薪にするべきだ」
がっしりとした体格の与作はそう主張した。
「そうしなければ、我々の村は厳しい冬を越すことはできない。領主様のお達しで、村で使うことができる木々も減らされてしまった。それに、うちの子どもはいま熱を出して寝込んでいるんだ!どうしても薪がいる……」

細身で背の高いの正吉はそれに猛反対した。
「あの樫の巨木は千年以上むかしから、先祖代々我々が守ってきたものだ!根元には先祖の共同墓地もある。とても切り倒すことなんてできない」
正吉は噛み殺すように言葉を続けた。
「……去年の冬、うちの子どもが倒れた時は皆が反対してあの巨木を切らせなかったじゃないか!うちの坊主はあの樫の木の根元に眠っているんだ。絶対に切らせない!」
各家の長を集めた寄り合いでは、どちらにするか決めかねていた。皆、与作、正吉どちらの意見もいやというほど分かったからだ。

寄り合いの後、正吉は月の光を頼りに裏山に向かった。落葉した葉に霜が降り、彼の足の裏で乾いた音を立てた。彼の長身の影が巨木の幹に投げかけられた。樫の巨木の幹は太く幾筋にも分かれ、表面はところどころ苔がむしていた。正吉は気が遠くなるほど昔から村を見守ってきてくれた、この樫の木の歳月を思った。そして巨木の前に座り込み、共同墓地の苔むした墓石を撫でた。そこには、村人たちの祖父母や父母、そして5才で亡くなった正吉の子どもも埋葬されていた。巨木は村人たちすべての母のような存在だった。 

カサカサという乾いた落ち葉を踏む足音が彼の背後で止んだ。
振り返ると与作が月明かりを背に立っていた。
「あんたの気持ちも考えず、すまなかった」
正吉は首を振った。 
「あんたの息子はうちの坊主の幼馴染だ。もちろん助けたいさ。でもどうすればいいのか、わからない」
与作は口を開いた。
「……明日、領主様に直談判しに行く」
それならば俺も一緒に行こうと正吉は言った。

翌朝、与作と正吉は村でニ頭しかいない馬にそれぞれまたがり、遠く離れた領主の屋敷に直談判に出かけた。二人は土下座をし、門から出てきた家臣に対し、「以前から村で管理していた裏山の木々をどうか使わせて欲しい」と懇願した。次の瞬間、与作の太い首が冷たい地面に落ちた。家臣は固まる正吉に声すらかけず、刀についた血を払い、門の奥へ戻って行った。

その夜、驚くべきことが起こった。
嵐のような突風が吹き、瞬く間に黒い雲がやってきた。そして強い稲光とともに轟音が響き渡った。裏山に雷が落ちたようだった。
次の瞬間、村人たちは確かにその声を聞いたのだった。
「子どもたちよ、私の体をつかいなさい」
低く深く懐かしい声だった。

次の朝、村人たちが様子を見に行くと、あの樫の巨木が落雷で真っ二つに裂けていた。村人たちはみな地面に膝をつき、焼き焦げた巨木に手を合わせた。正吉は、首を切られた与作や亡くなった幼い息子の魂を、この焼き焦げてしまった巨木が変わらず抱きしめてくれているのだと感じた。村人たちはその根元に秋に収穫した米と酒を備えた。裂けた巨木は薪となり、村人たちの長い冬を支えた。大きな切り株だけが残った。

領主の屋敷にも大きな出来事が起こった。与作の首を切り落とした家臣をはじめ、領主やその家族も流行り病で次々に倒れたのだった。領主は与作の祟りをおそれ、裏山の使用権を村人たちに返した。

厳しい冬が終わり、雪が溶け、裏山に草が芽吹く頃、村の子供たちはそれぞれの家からあるものを大切に持ち寄った。そして裏山に登り、あの樫の木の切り株のそばに植えた。それは、秋、あの巨木が地面に落としたどんぐりから育てた、小さな樫の芽だった。そして与作たちが眠る共同墓地の周辺からも小さなすみれの花が顔を覗かせていた。

※nice_gerbil785さんのイラストを使用させていただきました。

この作品は高橋フミアキ著「テンプレート式 超ショート小説の書き方<改訂新版>」(株式会社総合科学出版)のテンプレートを参考に制作しました。

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