映画雑談『ちょっと思い出しただけ』
ジム・ジャームッシュ監督もこの映画を観て、きっと喜んでいるのではないでしょうか。
映画『ちょっと思い出しただけ』は『ナイト・オン・ザ・プラネット』にインスパイアされたクリープハイプの同名曲をベースにしているということで、なるほどそれらを思わせる描写が多々見られます。もちろん模倣ではありませんが、テイストでいうなら『ラ・ラ・ランド』にも近いと思いました。なんにせよ偉人でも英雄でもない、ただこの地上にいるであろうNight on Earthの何でもない人の心の内を掘り下げる良作でした。伊藤沙莉さんのイチャイチャぶりは、けしからんくらいよかったです。
主人公二人の出会いから蜜月、希望、絶望、別れと再生を逆順に描くことで、現状に至ったそれぞれの関係性や言動の真意を紐解いていくという手法をとっています。失われた夢や恋愛の切なさを描くには効果的でした。たとえばジュン(永瀬正敏さん)の座っているだけの画などは、最初は理由もわからず珍妙にさえ感じていましたが、時系列を遡っていけば、主人公の思いと重なり、その姿がとたんに愛おしくなってゆきます。
監督の松居大悟さんは舞台の仕事もされているということで、おそらくは現在と過去とをコラージュのように交錯させたり出会わせたりといった演劇的な見せ方も検討されていたのではないかと勝手に想像してみたりもしました。しかしそんな一見スタイリッシュな演出より、少々野暮ったくてもその場その場の二人のやり取りをしっかりと見せることを選んだようです。それはつまり、甘いだけではないビターな現実に正面から向き合いたいという思いの表れなのだろうと、やはり勝手に解釈させていただきました。
本作にあえてイチャモンをつけさせてもらえるなら、主人公の心情を映す装置として散りばめられているお地蔵さんや猫の扱われ方、取り繕われた豊かさと裏腹の孤独を見せる安斉かれんさん演じる女性などには少々あざとさを感じてしまいました。80年代の大映ドラマのような見せ方を、いまどきでもやるのかと思ったことは事実です、ごめんなさい。それからクリープハイプのあの曲は当然主題曲であるべきなのはわかりますが、あの映画のラストに持ってくるには自己世界に陶酔しているというか、私にはやっぱりオシャレ過ぎて気恥ずかしかったです。個人的には颯爽とした楽曲で締めてほしかったです。あくまでも個人的な嗜好ですので、これまたごめんなさい。
そういえば館内にはカップルのお客さんも何組かいらしたのですが、観終わってからどういう気持ちになったのでしょうか。上映後に立ち寄ったカフェで盛り上がりにくい作品ではあると思います。「葉ちゃんの気持ち、めっちゃわかるわー」と彼氏に言いにくいだろうし、言われた彼氏もどういう顔をすればいいかわからんでしょう。いらんお世話ですが、心配です。がんばってください。
私なんかは金魚すくいの紙より薄いペラペラの恋愛経験しかありませんが、それでも本作を観ている間は何かしらチクチクと痛いようなくすぐったいような過去の恥ずかしい若気の至りの記憶が甦り、上映後はなぜか隠れるようにコソコソと帰宅しました。そんな私もまた、この地上に生きているNight on Earthの一人だったりします。いつまでも夢とか恋とかに、バカみたいに振り回されて生きていたいものですね。ああ、恥ずかしい。
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