ゲームを言葉にする
「名作」「良作」「神ゲー」これらに宿る
言葉は大変便利でついつい使いたくなります。
たしかに「面白い」と感じた感触は
あなたの体感値でありあなたの感想です。
ゲームにおける経験や体験は本や映画とも
重なりますが大きく異なるのが
「あなたが動かし、あなたが紡いだ物語」である
ということ。そもそも"主人公を動かす"点で
そのほかのメディアとは大きく異なります。
ゲーム記事における第一歩は
「内容(コンテンツ)の提示」ですから
遊びの中身を取り出し言語化し、それらを文字に起こして編集してアップする行為がnoteにおける
「記事化」にあたります。
ゲームの中にズブズブ浸かっている状態から
一度引き上げる必要があるのですね。ハードゲーマー相手ならいざ知らずnoterの多くは「元ゲーマー」なのはおおかたのゲームnoterさんなら気がついておられるはず。そこで便利な「名作です」が顔を出します。
「名作」という言葉自体にくっついている
「名」はなんにでもメタモルフォーゼします。
メタモン(相手ポケモンをトレース変身できるポケモンです)よろしく「名作」「名品」「名所」「名人」「名」がくっつくことで元々持っていたポテンシャルがさらにパワーをまして説得力のある「例え」となります。
この「名」にひっついている香ばしくもややこしい背景には「評価」という基準があります。
誰かがこぞって使うことにより人気が集まりおおかた満足し評判が評判を呼び個人単位では取り扱える範囲を超えたら「名」と当人には大変光栄にも受け取れる「冠」をいただいたワケですね。
ここではもう「個がない」のです。
誰が言い出したかわからない「評価」が
大きなうねりをあげて太鼓判を押され「評判」へと移ります。
「名作」と聞いてしまうとゲームなら「ハズレ」ではないのか、もしくは「みんながそういうのなら」「みんながおもろかったと言っている」と
そんな気がしてしまいます。
では言っている本人はどうでしょうか?ここからは「名」の現代版とも言える「完成度」というワード。ついつい使いたくなります。
「完成度が高い」「完成度がハンパない」マイナス方面だと「完成度がイマイチ」などと使いますね。まぁちゃっかり考えてしまえば「なにを基準にしている?」のかはぼんやりしていますし、個々人により変化していきます。少なかならずひっついているのはやっぱり「評価」ですね。これが「自分の評価」なのか「他人の評価」なのかが、実に取り出しにくい。
このときに「他人の評価を基準にしていないかい?」と聞かれたら100%「no」とは言い切れません。「完成度」と言ってしまえばそれとなく伝えたいことは伝わるでしょう!と投げやりな気持ちもなくはない。
「完成度」という「評判」にすがっているのですね。使ってはならない訳ではありませんが使いどころはありますね。
ゲームの内容(コンテンツ)を取り出す行為がnoteのゲームの記事化であるのに、肝心の自分の言語化は誰か(評判)に委ねてしまう。これは実に「もったいなくね??」と感じます。
この作業は側から見ているよりシンドくかったるい行為です。100浮かんだとしても取り出せるのは多くて10。1でさえ表せられたのならオールオッケーです。それぐらいふわついたもの。数字で例えんじゃねーよという賢い博識の方々はそっとコケをブロックしたませ。
ゲームの全てを掬い上げることはできません。
実質、その身でコントローラーを持ちモニタに向かってゲームを遊んで溜め込んだ「面白みのダム」から一滴をすくえるのはあなたです。
「完成度」という評判は一度脇に置いて
「名」というメタモンもひとまず分けてみましょう。まずはそこから。
ゲームの物語はあなたの物語でもある。
では物語を言語化するというのは書き手と読み手のトレードがあってはじめて成立するということ。
「なにを引っ張り出して交換しているのか?」
これについてはおいおい。
よきnoterゲームライフを。
コケでした〜。