【短編小説】雨水と共に流れるは5
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『5周年企画! クイズ! 虎の道ー!
今回はこれまで虎之助のデビューから今日までの歴史を視聴者が問題化! 選抜した選りすぐりの問題を果たして本人である虎之助は見事正解することができるのかーー!!』
PC画面の中、イラストが軽快な音楽と共に紙芝居形式で動いて、虎之助の元気なナレーションが流れる。右脇には視聴者達のコメントが次から次へと投稿されていく。
心臓が痛い。逃げ出したい気持ちを抑えてただ目の前の画面を見つめる。緊張から、時折意識がフワッと飛んでしまう。
どうしてこういう時に限ってリアルタイム公開設定なんだよ。今この瞬間、同じものを五万人が見ているなんて。画面左下に表示されている視聴者数を視界から消したい。
撮影は楽しかった。それは確かでも、これから質問文を読む天の声として俺の声が全世界に公開される事を考えると嬉しいという感情よりも恐怖が勝った。何か反応があるんだろうか、だとしたら言われるんだろう。強く握った手が湿る。
『…では、虎之助さん。準備はよろしいですか?』
遂に自分の声が耳に入った。ああ、思ったよりも固くて緊張した声。画面の中の俺はフリーイラストでよく見かける天使の姿をしていた。
『誰?』
『新キャラ?』
『問題文読み上げがAIじゃないだと!?』
『え、虎之助、ユニットでも組むの?』
『いや、スタッフじゃね? 立ち絵無さそうだし』
案の定、皆聞いた事のない俺の声に対して次々へとコメントを投げていく。スピードが早すぎて全部は読み取れないが、否定的な意見は無さそう。
『第一問! デビュー動画のバトルロイヤルゲーム、虎之助はずばり何位だったでしょう!』
『こーーーれは、これは流石に俺も覚えてるわ。だって一番最初でしょ? これ間違えたら俺どんだけ記憶力無いと思われてんのってなるわ』
虎之助が喋った途端、視聴者の意識はすぐに彼の方へと向かう。コメント欄は虎の顔文字で溢れた。
でも、そんな虎之助のトークなんて一切耳に入らない。俺の耳は嫌でも自分の声を拾う。あんなにテンション上げたのにガチガチに緊張しているな、とか、今の発音おかしくなかった? とか。
『…残念! 答えはAでした! ここにきて連続正解ならず!』
『うわー! だってそんな生放送のワンシーンなんて覚えてねぇよぉ!』
『虎之助さん、このゲームは何回か生放送されてるんですよね?』
『ああ、そう! めっちゃ楽しくて! 生放送の時はワールド作って視聴者参加型にしてるんよ』
『…結構視聴者にボコボコにされてますよね?』
『そんな事言うならお前が参加したら俺がボコボコにしてやるからな!』
虎之助と打ち合わせする前に少しでも相手の事を知ろうと断片的に見た生放送の知識で繋げた話。
どうせ使われないだろうと思っていたのに!
『お、天使さん参戦!?』
『やっぱりユニット組むの?』
『天使さん、是非参加してください!』
いつの間にか視聴者は俺の事を「天使」さんと呼んでいた。いや、参加しないよ。俺は別に実況者になりたい訳じゃないんだから。
今この瞬間、俺の声を皆が聞いているという事実が遠い事のように思っていたら軽やかな虎之助の締めの挨拶と共に動画が終わる。
一気に肺の中の空気を全部吐き出した。ふらふらとベランダに出る。昼間はまだまだ暑くて溶けそうだというのに、日が暮れたこの時間帯は心地よい涼しさ。空がゴロゴロと唸っている。そういえば台風が近づいていると今朝の天気予報が言っていた。大学も休みの通知が来ていたな。
※
「うわぁ」
朝、台風の風と雨が奏でる轟音で目が覚めてスマホを触り、いつものノリでSNSを開くとトレンド一覧には『虎之助』と『天使さん』が並んでいる。恐る恐る『天使さん』の方をタップするとキャラクターの方の虎之助と、金髪青眼な男天使のイラストが並ぶ絵がズラリと出てきた。ファンの間ではこの一晩の間に『天使さん』のビジュアルデザインが固まったらしい。
たった一回、動画に出ただけなのになんて影響力だ。
この流れで虎之助のアカウントへ飛んでみた。『五周年記念クイズ動画、皆何問分かった?』の投稿には『天使さんは今後も出るんですか?』と、質問の答えになっていないコメントで溢れかえっていた。
一回人前に出れば、皆が俺に注目する。まるでシンデレラみたいな現象なのに、特別嬉しいとかは思わなかった。なんだろう、雨で出来た小さな川に流されているような…、そんな感じ。
ああ、でも、絵に描いて貰えるのはなんかいいな。もう一度エゴサをして『天使さん』を眺めていると、一件のメッセージを受信したとスマホに通知が入った。
「…は?」
それまでベッドの上で寝っ転がっていた俺は跳ね起きて、身支度も適当に家を飛び出す。玄関を開けると同時に叩きつけるような雨が俺を攻撃してきたが、そんなのを気にしているほど俺の心は余裕が無かった。
外出、とは言っても俺が向かった先は隣の部屋。せいた兄さんは突然の来訪に驚きながらも家の中に入れてくれた。朝八時というのもあって、彼は寝間着姿。赤いスウェットなんて俺初めて見た。いや、そんなことより!
「どうしたの、所沢くん」
「どうしたの、じゃないです!せいた兄さん、あんた、自分がめちゃくちゃやりたかったことを俺にやらせましたね!?」
遠くで雷の落ちる音がした。俺が動けば髪から水がぽたぽた垂れて、フローリングを濡らした。