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第7回 もう一つの「発達のなかの煌めき」(『みんなのねがい』連載解説)

2022年10月
白石 正久・白石 恵理子

気がつけば高山に雪がやってきていた。樹々は一年の苦労を色に変えて新しい年を待つ。


第7回 つないで、まとめあげ、そしてまた考える
    ~「2次元可逆操作」の世界へ~



 連載がはじまり、あっという間の半年が過ぎました。猛暑もようやくやわらいできました。じっくりと学びの秋にしたいですね。先日、2回目の連載「交流会」を開催したところ、全国から多くの方がご参加くださいました。皆さんと、子どもたち・なかまたちの「本当の要求ってなんだろう?」「子どもをつなぐ文化ってなんだろう?」と語り合いながら、たくさんのエネルギーや視点をいただきました。

 いくつかの感想文をご紹介します(部分的に修正しています)。

・授業案(略案)を作るのに、若い教員の皆さんは、「学習指導要領」とにらめっこして目標を決めています。そこに目の前のこどもの願いが載ってるの?と思いながら・・・どう話していくのか、悩む日々。職員室の机上にはボロボロになった「学習指導要領」が並んでいます。目の前の行動の変容に、一喜一憂している姿があります。読書会のような、ゆったりした雰囲気で学校から離れて語り合う場が必要だと思います。若い方の言葉にハッとさせられる、良い刺激もたくさんあるから、ゆっくり話したいです。

・正解を白石先生に求めるということは、この交流会の主旨ではないなと気づきました。親としてこの交流会に参加して、あの支援とか実践とかはこういう意味や意図があるのかなあ?と自分なりに考え、職員さんに問いかけてみようと思うようになりました。

・大切だと感じていることはたくさんあっても、それを自分なりの言葉にすることが苦手でなかなか話をする勇気は持てませんでしたが、みなさんの話を聞き、自分が思っていることと重なることを実感することができました。今後もこういった機会があれば参加したいと思っています。

 第3回の交流会は、12月10日(土)13時から15時を予定しています。

 新刊『新版・教育と保育のための発達診断・上 ― 発達診断の基礎理論』(以下では『下巻』)をテキストとする「発達診断セミナー」が10月23日に迫りました。オンラインではありますが、みなさんにお会いできることを楽しみにしています。



幼児期の第2段階-「二次元可逆操作期」
 前回の「もう一つ」でも述べたように、「1歳半の節」に始まる発達の階層である「次元可逆操作の階層」の第2段階が「4歳の節」である「2次元可逆操作期」になります。

 「1次元可逆操作期」では、頭のなかに「対」を形成し、それを並列させて、「…ではない…だ」と可逆操作し、頭のなかで選択したり、活動を切り替えたり、関係をとらえる思考ができていきます。「2次元可逆操作期」では、「対」を並列させるだけではなく、可能になった「大きい-小さい」「よい-わるい」などの対比、比較という「もう一つ」の操作が加わり、ものごとの意味や価値を理解したうえで、選択や思考ができるようになります。さらに、たとえば一方の手でハサミを持ち、他方の手で紙を持って、意図した通りに曲線を切るというように、左右の手の活動を分化させたうえで、「…しながら…する」と協応させることができるようになります。つまり、「2次元可逆操作」とは2種類の可逆操作が結合することなのです。

 子どもたちは、遊びや生活のなかで、様々なものに自分で働きかけ、その結果を感じ取りながら好奇心をはぐくんでいきます。また、周りの人とかかわりあうなかで、笑ったり怒ったりしながら心を太らせていきます。…その日々の積み重ねのなかで、それまでは別々にとらえていたことを、「…だから、こうなる」「…したら、こうなる」とつなげて理解しようとします。そうして、幼いながらも自分なりの“論理”をつくりだしていくのです。しかし、その“論理”からはずれることも当然増えていきます。「あれあれ、どうなってんだ?」「なんで、こうなるんだ?」と戸惑うことも増えていくでしょう。それがまた、子どもの思考を育てていきます。ときには、相手に喜んでもらえると思っておもちゃを差し出したのに、なぜか相手が怒りだしてしまうこともあるかもしれません。お母さんにほめられると思ったのに、逆に叱られてしまうことも…。そのたびに、悔しい思い、切ない思いもしながら、またきっと一所懸命に考えていくのでしょう。子どものつくる“論理”は、決して客観的に正しいとは限りません。それに対し、正論をおしつけるだけでは、思考や表現の喜びを育てることにはならないのだと思います。

 学生時代に聞いた「問いと答えの間が短くなっていないか」という投げかけは、学校教育のあり方への警鐘だけではなく、もっと幼い時期の子どもたちとのかかわりを考えるうえでも大切な問題提起だと考えます。発達診断のなかでも、子どもたちが「正しい答え」を言ってくれたときに、正直ほめたくなる自分がいました。しかし、おとなにとっての「正解」が、目の前の子どもにとっての「正解」とは限りません。とくに2次元形成期に入ってきた子どもたちは、おとなの評価にも敏感になるため、おとなの正論をおしつけられることで、自分を否定された感覚だけが残ることがあります。2次元可逆操作期になれば、よけいに「できない自分」「間違った自分」という意識につながってしまうこともあります。大切なことは、子どもたちが生活や人間関係のなかでいろんな事態にぶつかったときに、「あれれ?」「なんで?」と少しでも自分で考えようとする力を育んでいくことなのでしょう。そう考えると、今一度、この時期の子どもたちの“論理”そのものに心をよせ、「なるほど。そう考えたんだね」「面白いなあ」と寄り添ってくれるおとなの存在の重要性を強調したいと思います。

 「2次元可逆操作期」については、『上巻』Ⅲ 3章「4歳の発達の質的転換期と発達保障」、『下巻』Ⅲ 5章「4歳の質的転換期の発達と発達診断」をご参照ください。


<両手の交互開閉にとりくむ4歳0か月児>

コウデショ、コウデショ・アレレ・・(両手に渾身の注意をむける)
コレデドウダ!(ぐっと集中したあとの解放感を身体いっぱいにあらわす
ワタシ、4サイニナッタンダヨ(「何歳になった?」にしみじみと答える)

知的障害のある成人期の方たちのこと
 連載第7回(10月号)では、成人期の知的障害のある人たちのことを取り上げました。成人期において、働くことにどんな値打ちを見出しているのか、すなわち労働に対する価値観が、それぞれの発達の時期によって異なるのではないか、発達的に2,3歳頃、すなわち「2次元形成期」にある人に、「お仕事がんばらないとお給料もらえないよ」という当然の激励が、実は本人を追い詰めてしまうこともあるのだということを書きました。
 「2次元形成期」までの人にとっては、目の前の具体的な変化を通して、目の前の具体的な人との間で仕事の値打ちがつくられていくのだと思います。「今日、これだけがんばったね」と実感ができること、一緒に働くなかまや職員との間で「ありがとう」「がんばったね」と共感しあえることが重要なのだと考えます。「2次元可逆操作期」になると、すぐに労働の成果が見えなくても、「自分のつくったもので誰かが喜んでくれている」「誰かの役に立っている」という、「誰か」という抽象的な人を頭に描くことができるようになるのでしょう。これは、社会という目に見えない関係のなかで自分の存在に手ごたえをもつ第一歩とみることもできるでしょう。
 しかしそれは「4歳の節」を超えれば自動的にそのような捉え方ができるというものではありません。実際に自分があてにされているという実感の積み重ね、お給料を使うことで自分の生活が豊かになるという実感の積み重ねが重要であることを強調したいと思います。
 また「2次元形成期」までの人にとっては、社会との関係の理解が難しいからといって、作業所のなかだけの人間関係だけでよいのかというと、決してそうではありません。いつもの職員の声かけよりも、地域の方の「ご苦労さん!」という声かけを嬉しそうに顔をあげて聞いたり、施設内のコーヒー当番よりもいろんな方が訪れる喫茶店の店番にはりきって行きたがる方もたくさんいます。発達診断などで“たまーに”作業所に顔を出す私の前で、急に仕事をしはじめる方もいます。もちろん、いつものなかま、いつもの職員との安心した関係があるからこそなのですが、誰もが、「新しい外」との関係で「新しい自分」を感じる要求をもっているのではないかと思います。とくに「行動障害」が強い方たちの場合、一対一対応で職員がつくことも多くなりがちですが、逆にそのような「閉じた関係」がなかまも職員も追い詰めてしまうことはよくあります。職員が必死でそのなかまのことを理解しよう、「わかってあげたい」と思うからこそ、余計に、その雰囲気をなかま自身も感じ取り、互いの一挙一動に敏感に呼応しあってしまうのだと思います。
 全障研滋賀支部では、この間、2か月に1回くらいのペースで、成人期のオンラインサークルを行なっています。ある生活介護事業所は、「強度行動障害」と言われる方が多いのですが、「一対一関係」が必要と考えられるなかまであっても、できるだけ「一対二」「二対一」「二対二」になるようにしている。そのなかで、職員も見方が深まるし、なかまも本当の要求を出しやすくなる、ということでした。また、別の事業所では、自分の要求を語りにくいなかまの「個別支援計画」をたてる際に、複数の職員が「案」をつくり、それを職員集団で議論して、よりなかまの思いに寄り添えるものにしようとしているとのことでした。「案」をつくる際には、そのなかまの日頃の言動や生育歴から、「こんな“ねがい”もあるかも…」と考え、そこから「甲子園球場に行こう!」がなかまと職員の共通の目標になった経過も出されました。
 「本当の要求」をとらえていくためにも、職員の実践目線が閉じないように、常に開かれたものになるようにしていきたいものです。


今回の学習参考文献
・白石正久・白石恵理子編(2022)『新版・教育と保育のための発達診断・上巻』全障研出版部
・白石正久・白石恵理子編(2020)『新版・教育と保育のための発達診断・下巻』全障研出版部
・白石恵理子(2018)『障害のある人の発達保障 成人期のなかまたちが教えてくれること』全障研出版部

もう一つの「発達のなかの煌めき」第7回 PDF版
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