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知ることは傷つくこと、傷つくことは知ること―ドラマ『Eye Love You』

※ドラマ内容のネタバレあり。ご了承ください。


1.「テレパス能力」と「相手が韓国人」が生み出す恋の必然性

 こんな設定、こんな展開、そうそうはまるものか。そう思っている人ほどどっぷり浸かるドラマかもしれない。僕がそうだった。

 『Eye Love You』は、2024年1~3月にTBS系列で放送されたドラマだ。放送が終わった今はNetflixとU-NEXTで全話見ることができる。

 主人公の本宮侑里(ゆり)(二階堂ふみ)は、目が合うと相手の心の声が聞こえてしまうテレパス能力を持っている。仕事では社長として充実した日々を送るが、テレパスで簡単に人の本心を知ってしまうことから恋愛と距離を置いていた。

 そんな彼女の前に現れたのが年下の韓国人留学生であるユン・テオ(チェ・ジョンヒョプ)だ。彼との出会いが侑里を新たな恋愛、人間関係の変化に導いていく。公式によれば「ファンタスティック・ラブストーリー」だそうだ。

 ここまで読んで「なんじゃそれ」と思った人は僕と仲間になれる。テレパス能力設定だけでお腹いっぱいなのに、外国人との恋愛という日本のドラマではまだ特殊な設定が上乗せされている。公式でも「ヒロインの相手役に韓国人俳優」という点は一つの注目要素に掲げている。チェ・ジョンヒョプは韓国で人気の次世代スター俳優候補だそうだ。

 しかし「主人公のテレパス能力」と「恋の相手が韓国人」という人によってはしっくりこない設定が、「このかけ算じゃないと絶対に物語が成り立たない」仕掛けになっている。

 侑里は目を合わすと相手の本心が分かるから恋愛を避けてきた。過去にテレパス能力のことを恋人に明かした際、「こわい」と気味悪がる恋人の本心を知ってしまう経験をしたからだ。もちろん侑里はテオと目が合っても彼の心の声が聞こえる。

 ところが、テオは日本語が話せるとはいえ母語は韓国語だ。侑里と話すときは日本語だけど頭では韓国語で物事を考えている。つまり侑里に聞こえるテオの心の声は、彼女には意味が理解できない韓国語なのだ。

 心の声を知ってしまうから恋愛できない。ならばいっそ心の声が分からない方が気持ちもゆるみ心を開ける。だから侑里はテオと距離が近づく。相手役が韓国人というのも、主人公が韓国に興味があったり縁があるという理由づけではない。今の彼女が恋愛するには「母語が日本語以外」の相手でなければならなかったのだ。

 母語や文化が違うことが恋愛の障壁になる物語は、古今東西数多く存在する。しかし母語が違うことが逆に障壁を排除する設定になっているとは誰が想像しただろうか。意図がよく分からない設定たちと思いきや、それらを組み合わせると必然性が生まれる。巧みすぎる設定だ。本当に恐れ入った。

2.どこを見てもハマり役だらけ

 登場人物を演じる誰もがハマり役のように思えるのもこのドラマの特徴だ。

 主人公の侑里を演じた二階堂ふみさんは、とにかく表情の演技が圧巻だ。侑里には絶大な信頼を寄せる2人の男性がいる。恋をする相手のテオと、侑里の会社の共同設立者で周囲の誰もが「特別な関係」と認める花岡彰人(中川大志)だ。

 どちらにも同じくらい親愛の情がある。でもテオは恋愛であり花岡は違う。質は同じだけどベクトルは異なる。その表情の違いを二階堂さんはそれぞれとのシーンで細やかに表現している。

 見ているとテオのアプローチによって心を開いていくにつれて侑里の表情がどんどん変化していくことにも気がつくだろう。1話と最終話ではまったく違うのだ。

 テオを演じるチェ・ジョンヒョプも表情の演技に「おっ」となった俳優だ。テオは明るく人懐っこくて無邪気。だから侑里にも積極的かつピュアにアプローチしている。

 基本的に人懐っこい雰囲気だから表情が大きく変化する役ではない。だからこそ、ちょっとした表情の変化で心の揺れ動きを表現しなくてはいけない。チェ・ジョンヒョプは微妙な表情の変化で視聴者に感情を強く伝えてくれる。「大型犬系俳優」と韓国では呼ばれているそうだが、演技力という確かな牙を持った大型犬だ。

 圧巻といえば侑里の会社の共同設立者でパティシエの池本真尋を演じる山下美月さんのコメディエンヌっぷりである。彼女を主人公にしたラブコメ作品は近いうちに絶対制作されるだろう。いや、制作してほしい。僕は堺雅人さんと新垣結衣さんが弁護士役を演じたドラマ『リーガル・ハイ』が大好きだ。もし万が一リメイクされることがあれば新垣さんの後継は山下さんしかいない。そこまで思ってしまった。

 侑里の父を演じた立川志らくさんの使われ方も非常に面白かった。過去の事故によって寝たきりになった役のため動きの演技がほぼない。侑里と心の声で会話する際の声と顔の表情が志らくさんの見せ場だ。事故のシーンを除けば、他に動きがあるのはベッドの上に座って侑里に話しかけるところぐらいである。

 声、顔の表情、座って演技。はたと気がつく。これは落語ではないだろうか。名落語家である志らくさんの強みを生かした演技を引き出すための役に思えてならない。

3.侑里と花岡、最高のバディ

 物語は侑里とテオの恋愛模様が軸であるが、ドラマ中盤での大きな見せ場に侑里と花岡の関係性もある。むしろ僕はこっちの方が印象に残った。2人は大学で知り合い「環境問題をビジネスで解決する」という思いで意気投合して会社を設立し今に至っている。互いが互いを補い合う最高のコンビだ。

 だが実は花岡が侑里にずっと思いを寄せていた。5話で花岡は侑里のテオへの態度をみてその思いにふたをして2人を応援することを決断し暗に侑里を後押ししようとする。しかしそこで侑里は花岡の心の声を聞いてしまうのだ。これをきっかけに起こるテオとの一波乱と、花岡が侑里の背中を押してテオとの恋を成就させるまでの5~6話は何度でも見れる「神回」だ。

 花岡は一見クールで愛想もなさそうだが、本当はとても「気が利く」人間だ。社内をよく観察しみんなをさりげなくサポートする。特に付き合いが長く、強い思いもある侑里に対してはなおさらだ。

 社内で「気が利く」といえば侑里もそう思われている。しかし花岡との違いは彼女はテレパス能力で相手の心の声を聞くことで求めるものや助けになるものを与えていることだ。花岡は「知ろうとする」ことで相手に尽くし、侑里は「知ってしまう」ことで相手に尽くしている。同じ「気が利く」でもその点が違う。

 花岡の心の声を聞いてテオとの関係がぎくしゃくするくらい侑里がショックを受けたのは、自分が花岡という最も信頼する人間の本心を「知ろうともしていなかった」ことに気づいたからだ。

 侑里が出張先の北海道に残ってテオに会いに行くかそのまま東京に帰るか、花岡の提案でジャンケンによって決めるシーンが6話の終盤にある。侑里が勝てばテオに会いに行く。しかし花岡は侑里にいつもジャンケンで負けているのだ。本当に弱い。

 しかしこの弱さには裏がある。花岡はいつも侑里が出した手を見て、負ける手を後出ししていたのだ。ではなぜそれを侑里が知らないのか。彼女は「心の声を知ってしまわないように」いつも目をつぶってジャンケンするからである。侑里は花岡とジャンケンするときいつも「公平に」と言う。それは相手にというより、自分に言い聞かせていたのかもしれない。

 結果、花岡が見事ジャンケンに勝つ。背中を押された侑里はテオに会いに行って両想いであることを確認し合い第一部が完結する。美しいエンドだ。どんなに遅くともこの時点で侑里も花岡がずっと弱かった理由に気がついたかもしれない。以降ドラマで2人のジャンケンの描写はない。

 この時点で僕は花岡が侑里のテレパス能力を本当は知ってたのではという可能性も考えた。しかし後に知らなかったことが分かるのでそれは違う。ではなぜ彼はジャンケンに負け続けたのか。侑里が好きだからという単純な動機で終わらせてもいいし、本当はそうかもしれない。でも僕はそこにドラマで花岡に与えられた役割があると思っている。

 侑里のテレパス能力を知らずとも、彼女がジャンケンのたびに目をつぶっていることに花岡は気がついているはずだ。もしかすると誰にでも遠慮して他人のことばかり考えている侑里の姿から何か察したり気を遣おうと考えたことがあったのかもしれない。それらを踏まえて花岡がとったささやかな行動が「わざと負ける」だった。ある意味で彼は侑里の心の声に耳を傾けている。

 侑里と花岡の関係は「心の声が聞こえても、心の声が理解できるわけではない。心の声が聞こえなくても、心の声は理解できる」ということを示している。後で詳しく書くがそれはドラマの根っこにあるテーマに深く関わっている。だから花岡にはジャンケンでわざと負けてもらう必要があったのだ。

 ちなみに花岡は侑里のテレパス能力を初めて知って際に気味悪がった描写がない。テオは幼い頃読んでもらった絵本でテレパス能力に前提知識があった。真尋は最初「こわい」と戸惑いを隠せなかった。花岡はまったく未知の話を別の人物から聞かされた後、侑里に対してとても冷静に振る舞っている。

 もちろん侑里と顔を合わすまでの間に冷静さを取り戻した可能性もある。僕は違うと思っている。以前、侑里のテレパス能力を知って関係がギクシャクした真尋が花岡に弱音をこぼしたときのことだ。もちろん花岡は侑里の能力を知らないときだし真尋が落ち込んでいる理由も詳しく分からない。でも花岡は「未来から来ようがどこから来ようが真尋は真尋」と言い切った。この描写を入れたのは、花岡が「信頼する人間のありのままを受け入れる」人だと示すためではないか。

 侑里の能力を知ったとき、自分の思いもその能力で悟られていたと花岡は気づいたことだろう。でも彼はそんなことより侑里が今までどんな気持ちで人生を送っていたのかと瞬時に想像したのではないだろうか。それでこそ「心の声が聞こえなくても、心の声は理解できる」花岡な気がする。

 テオとの出会いを通して大事な人の心の声を、本当の意味で知ることに向き合うようになった侑里。テオの存在もあり花岡の思いは成就されることはなかった。しかし彼との出会いで侑里と花岡の関係はより強固な無敵のバディになったのではないだろうか。

4.心の声を理解できなくちゃいけませんか?

 「ファンタスティック・ラブストーリー」と銘打っているが、このドラマの根幹は「誰かの心の声を理解するとは?」という普遍的な問いにある。

 この問いの中には、いくつかの細かいテーマが含まれている。侑里のように心の声が聞こえても、自分から知ろうとしないと相手の心の声には向き合えない。花岡のように相手を気にかけ続けることで、心の声を理解して行動できる人もいる。ここまでだと「心の声を知ろうとしよう!相手に向き合って理解しなくてはいけない!」という話になる。そうはならないのがこのドラマの奥深いところだ。

 テオの侑里に対する態度や言葉をみると相手をもっと知りたいという気持ちはもちろんある。でもそれ以上に「たとえ自分の知らない何かがあっても今のあなたが好き」という思いにあふれている。彼の姿勢は、もし分からない心の声が存在しても、いま目の前にいる相手をどう思うかの方がずっと大事なのではという問いかけにも思える。目の前のことこそすべてなのだ。

 心の声を知ろうとすることはきっと大事。でも知ろうとすることが絶対ではない。そもそも相手の心の声をすべて理解することなんて不可能だ。

 それでも、いや、それだからこそ最終話で侑里はこんなモノローグを残したのかもしれない。

人は人を好きになるとその相手の心を知りたいと願ってしまうものだ。
でも人の心の中は誰ものぞくことはできないしすべてを分かり合うことなんて不可能だ。
だけどそれでいい。たとえほんの少しでも……本当の心を分かり合えたならそれは奇跡なんだと思うから。

ドラマ『Eye Love You』10話より

5.知ることは傷つくこと、傷つくことは知ること

 相手とすべてを分かり合うことはできない。そうだとしても僕は信頼したい人に対して分かろうとする姿勢を大事にしたい。これまでもそうだしこれからもだ。そういった自分の気持ちを受け止め背中を押してくれるドラマでもあった。

 5話にて真尋が侑里に「恋愛に必要な『ing』」を説くシーンがある。真尋が唱えた言葉は「fighting」、つまり「闘う」だ。闘う覚悟で相手の本音を知る。それを怖がっていたら恋愛はできない。そういうことだ。恋愛についてはもちろんのこと、深く信頼し合う人間関係を作る際にも重要だと僕は思う。

 真尋があえて「fighting」という激しい言葉を使ったことに大きな意味がある。「闘う」とは、結果自分が傷つく可能性があることを示す。傷つくリスクを背負わないと本当の意味で相手と分かり合うことはできない。真尋の言葉は教えてくれる。この言葉を受けた侑里は、ここから最終話にかけて時には傷つきながらもテオとの恋愛関係はもちろん、花岡や真尋との信頼関係もより深めていくことになる。

 ドラマを見終わった後、大好きな一冊の本が頭に浮かんだ。三浦英之『五色の虹』である。日中戦争のさなか、満州国に建国大学という最高学府が置かれた。そこには日本だけではなく、朝鮮、中国、ロシア、モンゴルから様々な出自を持つ若者が集められて共に学んでいた。彼らのその後の人生を追ったノンフィクションである。

 民族もそれぞれの置かれた立場もまったく違う学生たちは、ときには互いの思いをぶつけ合いながら寝食を共にした。思想が、立場が、距離が、何もかも違っても彼らは後年まで「信頼」の二文字で結びついていたのだ。

 ある建国大学出身者が著者の三浦さんにかけた言葉がある。この言葉こそ『Eye Love You』が視聴者に伝えた根っこに通ずるものであり、僕がこのドラマと『五色の虹』を結びつけた架け橋になっている。

「衝突を恐れるな」とある建国大学出身者は言った。「知ることは傷つくことだ。傷つくことは知ることだ」

三浦英之『五色の虹』p332

 30歳の僕は高校時代、むさぼるように少女マンガを読んでいた。ラブストーリーを読んで現実の恋愛に活かそうなんぞ微塵も思っていない。ファンタジーとしての面白さが少女マンガの恋愛には存在している。このドラマもそれに通ずるものがあったのでとっつきやすかったし、すごく懐かしい気持ちになった。

 だが僕が過去に楽しんできた少女マンガの良さは、ファンタジーの中に人間の普遍的なリアルがあることだ。特に「人の気持ち」に関してはどんな設定や世界だろうと、人間が悩むことや傷つくことは似ている。

 丁寧なファンタジー描写の中にある濃い普遍性。『Eye Love You』は間違いなくそれを満たす傑作ドラマだ。ぜひ見てみてほしい。

◎Netflix版

◎U-NEXT版

 ドラマではテオの心の声の韓国語には字幕がない。韓国語が分からない視聴者も侑里と同じ目線で見ることになる。しかし「U-NEXT限定」でテオの心の声の字幕付きバージョンも見ることができる。商売がうまい!

6.参考資料

◎三浦英之『五色の虹』
 傑作ノンフィクション。泣ける。

◎Omoinotake『幾億光年』
 いつも最高のタイミングで流れてくれる主題歌。感謝。

◎公式の切り抜き動画
 山下さんのコメディエンヌ具合がさく裂している。僕がこのドラマに興味を持ったきっかけのひとつだ。

◎公式の告知動画
 侑里の会社の新入社員の相原虎太郎役の絃瀬聡一さんによる告知動画。作中では韓国語は話せない役だったが、実は絃瀬さん本人は韓国語がペラペラという驚きの事実が明らかになる。能ある鷹は爪を隠す。

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つじー|サッカーが好きすぎる書評家
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