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現在を知り、過去を知り、歴史を継承する―『サッカーマガジン2023年10月号』


1.コンサドーレの現在を知り、過去を継承する

一冊まるまる「北海道コンサドーレ札幌特集」というサポーターとしては贅沢すぎる雑誌だ。

収録内容は、現役選手・監督の対談やインタビュー、OBのインタビューや過去のインタビューの再録、連載陣による特別コラム、クラブの年代記や選手列伝、名鑑などである。

昔から応援してきたサポも最近応援しはじめたサポもあらゆるサポが楽しめる内容になっている。

コンサの歴史を継承するにはもってこいの本だ。是非とも古今東西のコンササポは皆なめまわすように何度も読んで、コンサの歴史と現在を頭と心に刻みつけてほしい。

読者それぞれで気になったポイントはあるだろうが、この記事では僕がとても興味深いと思った部分を中心に紹介していく。

2.軽いノリで芯を食う男、浅野雄也

巻頭を飾ったのは浅野雄也選手と小柏剛選手のFWコンビ対談だ。浅野選手の「ノリが良い関西のあんちゃん感」が文字にしてもにじみ出ている。でも実は芯食った発言をしているのは浅野選手の方だった。

2人の足の速さについて聞かれたときである。

浅野 本気で走ってる感覚はないよ、ホンマに。タイミングが良ければ本気で走らんくても別にいいから。

『サッカーマガジン2023年10月』9ページ

浅野選手の「本気で走ってる感覚はない」、「タイミングよければ本気で走らなくても別にいい」という話は面白かった。

彼が「ただ足が速い」というよりは「足をより速く見せられる」プレイヤーなのかもしれない。浅野選手はそもそも足は速い部類のはもちろんのことだが。

プロ野球のある名投手が「アマチュアとプロの違いはなんでもないボールを速く見せられるかどうかだ」なんてことを言っていたらしい。浅野選手も駆け引きやタイミングをつかむ能力を磨くことで足ではなく頭で相手を追い抜かすことを強みにしているのだろう。

はっきりとは明言されてないが浅野選手からして小柏選手は「常に本気で走ってる」ように見えるのかもしれない。

浅野 でも剛はすぐケガしそう。走り方が、何か筋肉ちぎれそう。

『サッカーマガジン2023年10月』9ページ

ところで、対談の最後のページがなぜか2人がいちゃついてる感ある写真で終わってるのだが急にどうしたんだろうか。

3.ミシャを知るにはまずクライフを学べ

ミハイロ・ペトロヴィッチ監督(通称:ミシャ)のインタビューは、今まで読んだミシャのインタビューと比べると異色の内容であった。

ミシャがどのようにして「可変式」と呼ばれる攻撃サッカーや「マンツーマンディフェンス」にたどり着いたか。その思考過程の一部が明かされている。彼に影響を与えた監督についてもかなり体的に言及されている。

結論から言うと、ミシャはヨハン・クライフが率いてた時代のバルセロナに多大な影響を受けている。スペースを作るための可変、幅と深さを重要視する攻撃、逆足ウイング。これらはミシャが率いるチームでは当たり前に実行されているが、源流はクライフバルサにあった。

ミシャはところどころで1974年のオランダ代表が体現した「トータルフットボール」への憧憬を隠していない。そのオランダの中心選手もヨハン・クライフである。いつかミシャには「トータルフットボール」をテーマに色々語ってもらえないだろうか。

コンササポはもちろんのこと、日本サッカー界としても「ミシャとは何者なのか?」というのは重要な問いだ。

やり方が分かりきっていると何度も言われながらも、来日して10数年ずっと一定の成果を残して生き残り続けている。まるで妖怪のようだ。知れば知るほど分からない人物である。

今のコンサを取り巻くメディアやクラブ経営サイドは、ミシャについて「超攻撃的サッカー」や「ポリバレント」などといったキャッチーで一見分かりやすいキーワードを押し出している。それもあってミシャはサポに「分かりやすい監督」だと認識され、本質が見えなくなっているような気もする。

今回のインタビューは本当の意味でミシャを知るためのヒントが詰まっていた。この話を引き出したライターの佐藤景さんの名前はこれからも僕の頭の片隅に残るだろう。

4.クラブにとって最も大切なことは吉原宏太が教えてくれた

コンサOBのインタビューで僕がグッときたのがペレイラと吉原宏太さんの2人だ。両者とも1996年のクラブ設立からコンサに所属しており、草創期を知るメンバーである。

僕は1997年にコンサがJFLを優勝してJリーグに昇格したのはなんとなく認識している。98年にはじめて厚別陸上競技場で試合を観戦し、吉原さんもインタビューで「理不尽なルール」とはっきり明言したJ1参入決定戦を観戦するために室蘭へ足を運んだ記憶がある。

とはいえ98年当時の僕は5歳だ。なので、クラブ草創期の選手たちの思いはこのインタビューではじめてしっかり知ることができた。

ペレイラは1994年にJリーグMVPを受賞した。まさにJリーグ史に名前を残す伝説のDFである。

コンサ時代を振り替えった彼の言葉からは「俺たちが新たな歴史を作るんだ」という気概にあふれていた当時の姿がありありと目に浮かんでくるようだ。それを踏まえた上で最後のコンササポに対する何気ない言葉を読むとグッときてしまう。本当にありがとう。

吉原宏太さんは昔からのサポは説明不要だろうし、彼の現役時代を知らないサポも解説者としての姿は知っているのではないだろうか。

彼の言葉でグッときたのは、最後にコンサドーレへの思いを語ったところだ。

吉原 クラブがずっと北海道に存在し続けてくれたら、それでいいんです。あとはファン・サポーターの方々は長生きしてくれたらいい。
(中略)
さまざまな歴史を重ねてきたことと同じで、これからもいいことや悪いことがあると思います。考えたくないですがJ2に落ちることだってあるかもしれない。でもどんな苦境に立たされても、北国のチームらしく、粘り強く、一歩ずつでもいいから発展していってほしいです。

『サッカーマガジン2023年10月』45ページ

今、クラブは上のステージへ登ろうともがき続けている。数年前はそのステージへ登れそうな雰囲気も漂ってたが、今はサポの間からは停滞感が叫ばれるようにもなった。

吉原さんの言葉は「そもそもの目的」を思い出させてくれる。それが「クラブが北海道に存在し続けること」だ。上のステージにいくのは目的ではない。それは北海道にクラブがあり続けるためにとり得る手段のひとつでしかないのである

こう言うと「またJ2時代を知ってる老害サポの『あの頃と比べたら全然マシ』説教かよ」と思われるかもしれない。まったく違う。要するに目的が手段に乗っ取られてはいけないということだ。

余談だが、僕が「強くなるための」資金をクラウドファンディングで集める手段に基本反対である。本題から外れるので詳細な理由は省くが、クラファンはサポ自身やサポとクラブの関係性を疲弊させてしまうと僕は思っている。つまり「存在し続ける」という目的においては、将来的にマイナスになる可能性があるのだ。

5.コンサOBのびっくり親子関係

ライターの土屋雅史さんが1996年に選手としてコンサに在籍していた渡邉晋さん(現・モンテディオ山形監督)と新明正弘さんについてコラムを書いている。

この記事で現在ジェフユナイテッド千葉に所属している新明龍太選手が、新明正弘さんの息子という衝撃の事実が明かされている。まったく気がつかなかった。なぜならWikipediaに2人のページはそれぞれあるものの親子関係には一切言及されてないからだ。はやく誰か更新するんだ。

コンサOBの親族Jリーガーといえば、たとえば棚田伸さんの甥である棚田遼選手がサンフレッチェ広島で活躍している。そのリストに龍太選手が新たに追加されたのだ。

それにしてもこの記事は、国内サッカーのあらゆる情報に精通している土屋さんならではだ。彼が最近書いた『蹴球ヒストリア』もその半端ない情報量に支えられた素晴らしいインタビュー本である。

気になった方は僕が書いた書評もぜひ読んでいただきたい。なんとなくでも魅力が伝われば幸いだ。

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つじー|サッカーが好きすぎる書評家
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