シリーズ三権分立:巨大組織検察庁〜『検証 検察庁の近現代史』〜
日本の司法制度を支える重要な柱である「検察庁」。その活動は多くの注目を集め、ときに世論の批判や賞賛の的となることもあります。
検察と聞くと、木村拓哉主演のドラマ『HERO」を思い浮かべる人もいるでしょう。(おそらく私と同世代or少し歳上の方)
しかし、その歴史や実態について、一般の人々が深く理解しているとは言えないのが現状です。『検証 検察庁の近現代史』は、その検察庁の150年にわたる歩みを振り返り、歴史的背景を紐解くことで、現代の日本における検察の役割とその意義を再評価する重要な一冊です。
本書は、近現代の検察庁の形成過程、政治や司法との葛藤、そして時代ごとにどのように機能してきたのかを多角的に分析しています。以下に本書の重要なポイントを整理しつつ、書評を進めていきます。
序章: 巨大権力 検察
刑事裁判が行われたとき、一体誰が裁かれるか。
もっと正確に言うと、「裁かれる」のではなく「審査」されるのか。
多くの人が「被告人」と答えるでしょう。
しかし、答えはNOです。多くの人が誤解しがちな観点なのかもしれません。
刑事事件が発生した場合、事件を警察が捜査して被疑者を逮捕します。逮捕後の取り調べを受けた後、検察に送られます(送検と言います)。検察でも同様に取り調べを行い、検察官が被疑者を起訴するか否かを決定します。起訴されれば被告人となり、裁判が開かれます。
この一連のプロセスに不正がないか、合理的な疑いを差し込む余地のない程度の立証がされているかを「審査」する場が裁判です。
つまり検察の手続き・プロセス≒行政権(広義だと警察も含む)を審査されるということになり、「刑事裁判が行われたとき、一体誰が裁かれるか。」この問いの答えは検察ということになります。
諸外国ではよりこの「プロセスの審査」がより厳格で、物証も揃い疑いのない立証ができたとしても、「人種差別的発言をしていた」という一点で無罪になった判例もあります。
検察官の勝率≒被告人の有罪率は99.9%を誇ります。
起訴不起訴の判断は検察の一存で決まります。極論を言って仕舞えば、警察が正義のために逮捕した人も、検察の一存で不起訴として無罪放免にもできてしまいます。そして警察は検察の決定に意を唱えることはできません。
有罪率99.9%を誇る精密ぶりと巨大な権限、この2つが検察の大きな権力の源となっていくのです。
平沼騏一郎からみる検察
法曹界について、平沼騏一郎は避けては通れない人物です。
平沼騏一郎と聞くと、戦前の内閣総理大臣の一人ということ以外の印象は特段ない人が多数いると思います。(むしろ内閣総理大臣だったということすら知らない人が多いかもしれません)
もう少し昭和史を勉強している人だと、平沼は権力亡者・観念右翼≒国粋主義者のドンのような見方をする人もいるかもしれません。
そんな平沼騏一郎ですが、彼が頭角を表し始める頃になると、検察と政治がより深い関係になっていくのです。
その発端となったのが日糖事件です。
それまでの検察というのは政財界の汚職に対して、当時の司法省の権限の弱さも相まって、切り込むことがなかなかできなかった状況でした。
しかしこの事件では検察が初めて主体的に捜査と証拠集めを指揮するようになっていったのです。
この疑獄事件は当時の世間に大きな衝撃を与え、以後検察は政財界の汚職・疑獄に対して切り込んでいくようになっていくのです。
そしてやがて、検察は「精密司法」さを逆手に取ったある条件提示をしていくのです。それは「議員辞職・引退すれば、不起訴や起訴猶予にする」という武器です。
もう少し平たく言ってしまうと、「今すぐ無職になれば見逃すけど、やり合うんだったらブタ箱送りにする」というものです。
現代でも、汚職・収賄の容疑をかけられた政治家が謎の議員辞職をするだけで済まされてしまうのを、ニュースとかで見るかと思いますが、ここから始まっていくのです。
検察は政治家に対して、強力なカードを切れるようになっていきました。
平沼は自身の政治活動も相まって、法曹界ひいては右翼の大物として、有名になり過ぎていくのでした。
そのほかにも、戦後大きな派閥争いの元となる「塩野閥」も平沼騏一郎から見れみると、昭和史・検察の歴史が見えてきます。
検察の強大な権力とその問題点
本書の中盤では、検察庁が持つ強大な権力と、その権力の行使が時に引き起こす問題についての分析が行われています。特に、検察官が持つ「起訴独占権」と「不起訴裁量権」という二つの大きな権力が、どのように日本の司法制度の中で影響を及ぼしているのかが詳しく解説されています。
起訴独占権とは、犯罪があった際に誰を起訴するかを決定する権限を検察が独占的に持つことを指します。これにより、検察は犯罪の立件において非常に強い影響力を持ちます。一方で、不起訴裁量権は、起訴するかどうかを検察の裁量で決定できる権限であり、これにより検察はある意味で「司法の門番」としての役割を果たしています。
この二つの権限が時に政治的に利用される可能性や、検察がその権限を濫用するリスクについても鋭く指摘しています。特に、過去の重大事件や汚職事件において、検察がどのように関与してきたのか、そしてその結果としてどのような影響があったのかを具体例を交えて解説しています。
検察改革の必要性とその課題
現代における検察庁の問題点として、本書は検察改革の必要性を強く訴えています。特に、近年の冤罪事件や、特捜部による過剰な捜査手法が社会的な問題となっている中で、検察の内部改革が求められていることが明らかにされています。本書は、検察が持つ強力な捜査権や起訴権が、時に法の支配を逸脱する形で行使されていると指摘し、その背後にある構造的な問題についても言及しています。
具体的には、検察の組織文化や、内部の権力構造、そして検察官同士の「ムラ社会」的な結束が、どのようにして改革を阻害しているのかが詳細に分析されています。さらに、政治権力との関係性や、国民の信頼を取り戻すためにどのような改革が必要かについても、本書で提言されています。
政治との関わりと現代の課題
また、本書では、近年の政治事件における検察の役割や、政治との関わりがどのように変化してきたかについても詳述されています。特に注目されるのは、特捜部による捜査が政治家にどのような影響を与えたのか、またその背景にある政治的な意図がどのように絡んでいたのかという点です。
近年の政治事件としては、いわゆる「ロッキード事件」や「リクルート事件」などが挙げられますが、これらの事件において検察がどのような役割を果たし、どのような判断がなされたのかが、本書の中で詳細に分析されています。検察の行動が必ずしも「正義」の名の下で行われているわけではなく、時には政治的な思惑が影響を及ぼしていることが、本書で浮き彫りにされています。
検察庁の未来: 信頼を取り戻すために
2024年10月9日、冤罪によって無実の罪を着せられたまま死刑判決を受けていた袴田巌さんの再審無罪判決が確定しました。
最初の方で、検察の勝率≒有罪にさせる確率は99.9%と書きました。
なぜそのような高い勝率を誇ったか。
その勝率の要因は、世紀の冤罪でもある袴田事件を生み出した要因でもあります。
それは、諸外国に比べて異様なまでに、自白に拘るという点です。
しかし自白だけでは完璧な立証とは言えません。自白を元にし、証拠を集めていって完璧な立証を作り上げていきます。
確かに被疑者が罪を認め素直に自白をすれば、それに沿った証拠を集めることによって高い有罪率を叩き出すことができます。
しかし、事前に用意した「ストーリー」に当てはまるように自白を促す、ということも可能なのです。
裁判中に「ストーリー」を見抜ければいいですが、裁判官も検察に対しての「信頼」で検証できてないのではないかという疑念が出てきてしまいます。「絶対に勝てるものしかやっていないのでは」という疑念も当然出てきてしまいます。
「自分は何も悪いことをしてないから大丈夫!」と思う人もいるかもしれません。しかし、袴田事件は起きてしまいました。
本書の終章では、検察庁が直面している課題と、その未来についての見通しが述べられています。少子高齢化や経済の停滞といった現代日本の社会問題が深刻化する中で、検察がどのように変革を遂げるべきかが議論されています。本書では、検察が国民の信頼を取り戻し、司法の公正さを保つためには、内部改革と外部からの監視が不可欠であると主張しています。
また、国際的な法的基準との整合性を保つためにも、日本の検察制度が今後どのように進化すべきかについても、本書では具体的な提言が行われています。特に、透明性の確保や、検察の独立性を保ちながらも、過剰な権力行使を防ぐための制度改革が必要であると述べています。
結論: 検察庁の歴史を学び、現代を考える
『検証 検察庁の近現代史』は、検察庁という組織が日本の司法制度においてどのように発展し、変化してきたのかを深く掘り下げた一冊です。倉山満氏の緻密な分析と歴史的な洞察は、検察という組織の複雑な役割を理解するための大きな助けとなります。
現代の日本において、検察は国民の信頼を再び取り戻すために、変革を迫られています。本書を通じて、私たちは検察の歴史とその課題を深く理解し、現代の司法制度に対する意識を高めることができるでしょう。検察庁の役割やその問題点について考えるための基礎知識を提供してくれる本書は、司法に興味を持つすべての人々にとって、非常に貴重な一冊です。
司法という馴染みのない人が多い分野でもあるので、読み終えるのに苦労するかもしれません。
ですが、学びも多い本なので、ぜひ手に取ってみてください。
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