【ミリンダ王の問い】ナーガセーナさん、腑に落ちないぞ!
これに対してナーガセーナ尊者は、さまざまな喩えを出して説明する。
その一つが以下である。
ミリンダ王よ、本当に納得しているのか!?
私は腑に落ちないぞ!
まぁ、地獄という世界が存在するとしてもだな…
食べたものと胎児の場所を「体腔」と一括りにしてしまうのはどうかと思うのだ。
そもそも、釈尊在世時において、すでに人間の解剖学的な知見は存在したのだ。
ギリシャでも同様なのではないだろうか。
(知らんけど)
つまり、食べたもの(肉)は胃に入り、胎児は子宮にいると知っているはずである。
食べたものは胃に入って消化されることを知っているからこそ「溶ける」と表現しているのではないのだろうか。
なぜミリンダ王は、ナーガセーナが肉と胎児を引き合いに出したときにツッコミを入れなかったのだろうか。
もう一つ引っかかることがある。
ナーガセーナいわく、宿業(前世の業)の制約があるから焼けて死ぬことがないという。
ならば、それが現世でも通用するわけだ。
例えば、死ぬべき時ではないときに自分の身体に刃物を刺しても死なないということだ。
しかし、実際はそんなことあるはずがない。
ナーガセーナ当時は、一度下火になったカースト制度が復活し始め、その身分制度のせいで社会的地位が決められてしまいどうにもならん状況を、そう説明して納得させるしかなかったという事情があったようだ。
しかし、苦しい説明である。
釈尊の教えから脱線してしまっているのだから。
まあでも、矛盾があるのが人間なのか。
人間は矛盾の中で生きているからな。
業についてちょっと勉強したくなってきたぞ。
本を探そう。
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