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スペースXの背景にある米の支援構造 日本社会は宇宙ビジネスをどう支えるか?【『宇宙ベンチャーの時代』著者インタビュー】

世界で宇宙開発競争が激化するなか、2023年に日本政府はJAXAに10年で1兆円規模の「宇宙戦略基金」を設置することを発表した。民間企業や大学に宇宙開発のための資金を支援するもので、国内の宇宙ビジネスの活性化に期待がかかる一方、国内事業者からは「“補助金”で宇宙ビジネス市場が育つのだろうか」と懐疑的な声もあがっている。
 
宇宙産業においてベンチャー企業がビジネスの軌道に乗るまでには大きなリスクがあり、イーロン・マスク氏率いるスペースXが成長を遂げたのは、NASAによる新しい支援のやり方が奏功したからだ、と説いた本がある。2023年に出版された『宇宙ベンチャーの時代』(光文社)だ。
 
民間の宇宙開発のリスクを米政府はどのような仕組みで支援してきたのか。そして日本でも宇宙ベンチャーが成長していくためには、社会でどのような支援が必要とされるのか。同書の著者である2人、ベンチャーキャピタリストの小松伸多佳さんと、JAXAエンジニアの後藤大亮さんに話を伺った。


小松伸多佳/著,後藤大亮/著『宇宙ベンチャーの時代』(2023年/光文社)

小松 伸多佳(こまつ のぶたか)
1965年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。野村総合研究所で証券アナリストとして企業戦略論やコーポレートファイナンス理論を専門性に活動後、2005年にベンチャーキャピタリストして独立。ベンチャー・キャピタリストとしては異例のJAXA客員を務め、宇宙太陽光発電(SSPS)など様々な宇宙開発にビジネスの側面から助言するようになった。そこで出会ったJAXAの技術者・後藤大亮氏と宇宙開発について毎週のように議論するようになり、その内容を広く一般向けに補足整理した新書『宇宙ベンチャーの時代』を2023年に光文社より出版。現在、イノベーション・エンジン(株)のキャピタリストとして宇宙分野の投資を担当している。
 
後藤 大亮(ごとう だいすけ)
1976年京都府生まれ。大阪大学大学院基礎工学研究科修士課程修了後、2001年に宇宙開発事業団(のちのJAXA)に入社。10年ほど人工衛星、探査機の研究開発・運用に従事したあと、宇宙太陽光発電の研究チームに入り小松氏と宇宙開発や宇宙ビジネスについて様々な議論を交わす。現在はロケットの研究開発・運用をメインに担当。

宇宙戦略基金を「実需」につながる事業へ

 
――2023年末に日本政府がJAXAへ10年で一兆円規模の宇宙戦略基金を設置することを発表しました。宇宙ビジネスへの支援の形として、率直な感想をお聞かせいただけませんでしょうか。

小松:宇宙産業の振興という観点から言うと、基本的にはポジティブに評価しています。非常に励みになるというか、政府が宇宙産業を本当に大きな産業へ育て上げようとしている姿勢を示す意味でも、意義は大きいのではないでしょうか。

ただ、気をつけて欲しい点もいくつかありまして。『宇宙ベンチャーの時代』の中でも書きましたが、補助金で必ずしも産業が育つわけではないんですよ。

補助金はあくまでも、我々の経済用語で言う仮の需要、「仮需」なんです。それに対して「実需」という、継続的に発生する本当の需要があります。市場から実需が生まれてこないと、真の意味で継続的な産業の発展になりません。

実需に火を点けるための種火として補助金が使われるのはいいことですが、そうではない研究開発費がベンチャーや大学に渡ってしまう形になると、いくらつぎ込んだところで次に繋がらない。どの事業に支給すればどんな需要が市場に発生するのか、成果や出口をきちんと見極めた上で投じる先を選んでほしいです。

――ちゃんと実需につながる事業に支給されるべき、と 

小松:補助金の獲得合戦みたいになると、すごく尖った研究には有利である一方で、地味だけれどもビジネスにおいて非常に有効な研究が軽視される、なんて傾向がよく見られるんです。

例えば「今までにない技術を使って新しい衛星を作ります」みたいな話はある意味、事業計画の審査で政府に話を通しやすいので選ばれる傾向にあります。一方で「従来からある宇宙事業をものすごく安く提供します」といった研究開発は、ビジネスに対してすごく有効なのに、その革新性を採択側が見出してくれなくて補助金対象に採択されなかったりするのです。

――なんだかいろんな業界で思い浮かぶ光景のような気がします。

小松:民間のベンチャーキャピタルの場合は、今みたいな二者択一には後者の技術に投資する。だけど、政府の補助金になるとその判断がだいぶ歪んでしまっているように見えます。

金額が大きいだけに、政治的に力のある大学の先生のところや、監督官庁に説明しやすい尖った技術ばかりが採択されないよう、現実的に日本の宇宙産業を活性化してくれそうな事業、極端にいえば“将来儲かる先”を見逃さないでもらいたいです。

ただ冒頭に言いましたように、基本的にはポジティブな印象を抱いています(笑)。

宇宙ビジネスはリスクが段違い ささいな判断が企業の命運分ける

 
――宇宙ビジネスを仮需から実需へ転換させる上で、ベンチャーやスタートアップには他の産業よりもどのようなリスクが伴うものなのでしょうか?

小松:宇宙ベンチャーが抱えるリスクは、普通のベンチャービジネスと共通してはいるものの、リスクそのもののハードルがすごく高いんです。

わかりやすいのは資金調達。一般のベンチャービジネスは投資ラウンド(※)では集める総額は5億~10億円といったところですが、宇宙産業となると調達総額が100億円なんてものも珍しくないわけです。

※投資ラウンド:スタートアップ企業が資金調達を行う際の、一連の資金調達プロセス。

資金調達が通常の10倍以上となると当然、経営者の持株比率もどんどん小さくなってしまいます。そのため資本政策(※)も、一般のベンチャー企業よりきちっと整えねばならず、作り方がものすごく難しくなる傾向にある。銀行の借り入れも未上場の宇宙ベンチャーであれば困難でしょう。

※資本政策:ここでは各株主の保有株数(=支配権)の増減を、将来の資金調達を予想しながら設計する計画書のこと。

――資金調達だけでもすごくハードですね。

小松:人材面から見ても、宇宙産業という非常に専門的な知識を持っている人たちを大量に雇うのはハードルが高い。普通のベンチャーと違って選り好みして雇わなくてはいけないのに、そもそも巨額の給料が払えない。

リクルートするにしても通常の求人誌に出しておけば勝手に人が集まってくる世界ではない。やっぱり皆さんものすごく苦労していますね。

設備投資も巨額で、調達した金額があっという間に減る。しかも容易に売上が立たない中、毎月数千万単位でお金が消えていくわけです。こうした経営は、経営の中でも特段難しい。

さらに言うと、自社の宇宙ビジネスに対する需要が全くゼロのところから、マーケット、つまりお客さんを作らなくてはならないケースも多々ある。

例えばアストロスケールは「宇宙デブリを除去する」技術を、これからメガ衛星コンステレーションを打ち上げる衛星事業者を対象に「もし衛星がデブリ化したときに迅速に排除できるドッキングプレート」という商品、サービスを提案したことで、市場を開拓していきました。

そもそもベンチャーというのは、資金調達リスク、人材獲得リスク、技術開発リスク、設備投資リスク、マーケティングリスク、それから規制レギュレーションに関するリスク……様々なリスクを抱えているのです。これを非常に難しく拡大した形で背負っているのが、宇宙ベンチャーだと理解しています。

――恐ろしい……。

後藤:今のは経営的な側面でしたが、技術的なところも絡めてお話すると、宇宙ビジネスはいわゆる「ディープテック」と呼ばれる分野になります。人工衛星やロケットの技術を深く掘り下げて研究開発するだけでなく、実際に宇宙で飛ばしたり動かしたりするのは、すごく難易度が高いのです。

また、事業計画の途中におけるほんの少しの判断で、大きく結果が変わってしまうのもリスキーです。

例えば計画の初期に、ある設計で技術的にAを取るかBを取るか選択を迫られた場合。その判断がのちのち効いてきて、いざ軌道へ打ち上げた後に人工衛星が動かなくなったとか、ロケットが打ち上がらなかったとか、大きな損失に直結してしまいます。

わずかな選択が、企業そのものが生き延びられるか死んでしまうかを左右する世界なのです。

経営者は先ほどのリスクを背負いながらも、そうした技術的にシビアな判断を日々求められる。それがまた、一般のベンチャービジネスと違ってつらいところなのではないでしょうか。

――日本の1兆円規模の予算をどの企業に割くか、見極めがますます大事な気がしてきました。

スペースXという成功例 米は民間の宇宙ビジネスをどう支えたか

 
――現在宇宙ベンチャーでもっとも急成長を遂げたのがイーロン・マスク氏率いるスペースXだと思います。お二人の書籍では、同社の成功の背景には米国がNASAを通して行った育成支援計画がある、書かれていました。どういった支援だったのか、あらためて簡略的に教えていただけませんか。

小松:NASAの講じた「COTS」の仕組みは非常にうまいな、とあらためて思います。

Keyword:COTS
Commercial Orbital Transportation Services(商業軌道輸送サービス)の略。2006年にNASAが開始した、民間宇宙ベンチャー企業からの輸送サービス調達プログラム。それまで国際宇宙ステーション(ISS)への貨物や人の輸送に使用していたスペースシャトルが退役するのを見越して、低軌道の宇宙空間への輸送システム(ロケットや補給機)を民間企業に発注した。採択された企業は、マイルストーンを達成するたびに支払いを受ける契約となっており、NASAから先端技術の継承と資金補助を段階的に受けられる仕組みに。スペースXを含む2社が最終的に選定され、宇宙ビジネスの支援政策の好例として業界で注目を集めている(参考記事)。

小松:企業のリスクを軽減してあげるところとしないところ、アメとムチを使い分けることで、企業が宇宙ビジネスを自立して展開できる体質へと成長させた。まさに非常に適切な支援だったと言えるのではないでしょうか。
 
アメの部分は、NASAの様々な知財や施設を民間企業に使わせてあげているところ。しかも最終目標までに複数のマイルストーンを設置して、一つ課題を解決したら一定の金額を払う支払い形式で契約した。資金援助をするだけでなく、一つクリアしたら次の課題はどうすればクリアできるか企業と検討し合う、家庭教師的な指導もやったわけです。
 
これは宇宙ベンチャーとしては非常にありがたかったはずで、実際にスペースX単独だったら今のような技術開発を実現できたか定かではありません。NASAからいろいろ教えてもらいながら育ててもらった側面は否めないと思います。

2010年、COTSプログラム最初のデモンストレーション飛行として、スペースXの
ロケット・ファルコン9ロケットと宇宙船・ドラゴンが打ち上げられる様子
NASA公式イメージ&ビデオライブラリより)

一方、ムチの部分は、COTSが終わったあとに待っている本契約、CRSですね。

Keyword:CRS
Commercial Resupply Services(商業補給サービス)の略。COTSで育成が完了した民間企業に、実際に貨物をISSへ運んでもらうためのNASAとの本契約になる。2008年の署名時は、スペースX社のカーゴドラゴン最大12便に対して16億ドル、オービタル・サイエンシズ社のシグナス8便に対して19億ドル、各社の貨物輸送に発注して支払う契約となった。補助金と違って確実な売上(=有効需要)が長期かつ継続的に保証されることで、銀行やファンドによる新たな出資の生む呼び水になりうるほか、企業は新しく得た資本をもとに技術のさらなる実用化・商業化に専念できるなど、アンカーテナンシー政策の先例として注目を集めている(参考記事)。

小松:CRSではスペースXに最大12回、オービタル・サイエンシズに9回、ISSへ人と物を運んでもらう発注をかける契約になっていて、お金はパッケージとしてまとめて支払うことになっていました。

ここではいくら開発・運用費がかさんでしまっても、最初に決めた金額以上の分は企業に赤字として負担してもらう契約になっていました。失敗したら企業の責任で、NASAは面倒見ません、という形です。

従来こうした場合はNASAが負担していたのですが、赤字リスクゼロの研究開発なんて産業としては健全な育ち方はしませんよね。いわゆるビジネスの標準を宇宙ビジネスにも当てはめたわけです。

また企業に損害賠償が発生した場合も、COTSではNASAが負担するのに対し、本契約のCRSでは企業側が負担する契約になっています。

要するに準備段階のCOTSは、採択した企業のリスクをNASAが軽減してあげながら技術や知識も提供して、商業標準である本契約に耐えられる体質へと育て上げる、養成学校みたいな仕組みになっていたのです。結局卒業できたのはスペースXと、旧オービタル・サイエンシズ(※)の2社だけでしたね。

このようにアメとムチをきちんと使い分けたところが、スペースXが宇宙事業をビジネスとしてやっていけるよう育ててもらった、大きな理由になっていると思います。

※当初COTSに採択されたのはスペースXとロケットプレーン・キスラーの2社だったが、後者はマイルストーンとして課せられていた資金調達の目標を達成できなかったため、途中でリタイヤした。代わりにオービタル・サイエンシズがCOTSに入りその2社が卒業したが、同社はその後財政難に陥ったため、ノースロップ・グラマンに吸収合併された。

後藤:ISSへの貨物輸送に対してアプローチのまったく異なる2社が採択されたのも大きかったと思います。

スペースXは衛星やロケットの開発に必要な部品からソフトウェア、宇宙服まで何もかも自社で仕上げることでコスト削減を目指しました。一方でオービタル・サイエンシズは、フライト実績のある既開発品を組み合わせて安く低リスクで開発する方向性を目指していました。

そういう違うアプローチが許される度量の広さ、公共性もCOTSの特徴なんじゃないかなと。

小松:NASAからすると2社を支援したことで、いわゆるポートフォリオ(※)効果やリスクヘッジもやっているわけですよね。もしかしたらスペースXのやり方が失敗する可能性もあったわけじゃないですか。

また、NASAもCOTSと並行しながら、自前のロケット開発も進めていたわけです。全て民間に任せる方向に180度舵を切ってしまったときの失敗をヘッジするために。このように多様性を認めつつもポートフォリオを組んでいるところも、政府側から見たときはすごく大事なポイントかもしれません。

※ポートフォリオ:投資家は、保有している金融商品が特定の分野に偏りすぎて、予想外の出来事でその分野の価値が下がり資産のほとんどを失ってしまわぬよう、リスク管理のために自らの資産を様々な種類の金融商品に分散することがある。金融・投資業界ではそうした金融商品の一覧やその組み合わせの内容を「ポートフォリオ」と呼び、リスクヘッジを図りながらももっともリターンが大きくなる最適なポートフォリオを探る「ポートフォリオ理論」が研究されている。

アメリカもとんとん拍子でうまくいったわけではない


後藤:
ベンチャー主導で引っ張っていく宇宙の産業化という意味で、米国は一番先へ進んでいるのは、もう誰の目にも明らかですけれども。米国もそうした支援が一発で成功につながったかというと、そんなことはないんです。

――そうなんですか?

後藤:私が知る限りでも90年代から宇宙開発に挑戦するベンチャー企業はいっぱいありましたが、正直にいえば死屍累々でした。いろいろな会社が挑んでは倒れ、そこそこうまくいったとしても大化けはせず、という状況がずっと繰り返されてきました。

宇宙開発の民営化についても、1990年代から2000代にかけて、米軍がロケット開発を民間ベースで依頼したことがあるんです。

発展型使い捨てロケット(Evolved Expendable Launch Vehicle : EELV)という計画で、ボーイングやロッキード・マーティンといった、今やレガシースペースと呼ばれるような従来型の宇宙企業に対し、例えば20機分のロケットの枠を買い取る代わりに「米軍は何年頃にこれぐらいの重さの衛星をこの軌道に入れたい」と要求を出し、あとは予算内でのロケットの設計や開発は企業に任せる、というものです。

――これもアンカーテナンシー政策に近いですね。

後藤:結果的には世界的に価格競争力のあるロケットが開発できたわけではありませんでしたが、そうした民間主導型で宇宙産業を活発化させようというトライアルをアメリカはずっとやってきたのです。

またCOTSも当初打ち出されたときは、アメリカの中では非難轟々だったんですよ。

向こうの宇宙業界から「うまくいくわけない」といろんなネガティブな声が私の耳にも飛び込んできました。NASAの中の人でさえも「あんなの絶対うまくいくはずない」「みんな言っている」とか。

四面楚歌ではなく、「やり方を変えていかないと宇宙業界に未来はないだろう」と一生懸命応援する人ももちろんいて。いろんなタイプの人がいろんなことを言いながら、試行錯誤した結果が今なんだと思います。

アメリカでさえも、成功に向かって一心にまっすぐ走ってきたわけではなく、苦しみながらようやくCOTSによってスペースXのような成功事例も生み出してきた。ここも大事なポイントだと思います。

――90年代と比べて、2000年代以降の支援がうまくいった理由を、後藤さんはどのように捉えていますか?

後藤:90年代がうまくいかなかったかどうかは、なかなか表現が難しいところで。ちゃんとデルタとアトラスという立派なロケットが生まれて、アメリカのGPSといった軍事衛星の打ち上げに十分に貢献しているので、米軍から見れば失敗はしてない、というのが妥当な評価だと思います。

COTSは、スペースXの成長をもってして、宇宙産業そのものに巨大な新しい潮流を生み出したというのが今の評価だと思います。いろんな条件がいくつも絡み合っているので難しいですが、あえて一つあげるなら、90年代に急成長したIT業界の資金でしょうか。

イーロン・マスク氏やジェフ・ベゾス氏のようなビリオネアが、自分自身で宇宙開発の会社を経営するケースは90年代まではありませんでした。民間の宇宙ビジネスは大企業であればあるほど意思決定プロセスが細分化されていて、向こう見ずに技術にお金を突っ込んでいくことはできなかった。一方で、小さい企業にはつぎ込む資金力がない。

しかしITバブルによってビリオネアが生まれ、中には無茶して宇宙ビジネスに突っ込んで潰えてしまった企業も数え切れないぐらいあったはずですけど、その中から数少ない宇宙ベンチャーが生き残った。そうした綺羅星のような企業を、我々が「すごいすごい」と称賛している……というのが、今の現実に一番近いんじゃないかな。

小松:これはそうでしょうね。スペースXも最初、ファルコン1を打ち上げて軌道投入するまで、3回も失敗しています。普通なら3回目の失敗で投資家が離れてしまうなんてことはざらにあるわけで。投資家と経営者が一致しているのは大きな意味があったと思います。

日本は民間の宇宙ビジネスをどう支えるか

 
――今後日本は民間の宇宙ビジネスを、どのように社会で支えていけばいいと思いますか?

小松:結論から言うと、僕はけっこう楽観視しているんですね。日本はうまくやるんじゃないかと。

というのも、確かにアメリカみたいなリスク分散の構造はしていませんが、日本は良くも悪くも村社会みたいなところが全体にあって、一つの方向に話がまとまり出すと官民も一丸となって協力する構造があるからです。

本の中では企業のリスクを社会で様々な主体が分散しているという話をしていて、我々ベンチャーキャピタルといった投資家はすでに宇宙ベンチャーへずいぶん投資をしていますし、事実、上場企業も出てきています。政府からの補助金も出てきていますし、日本のispaceも1回目の打ち上げで民間の貨物をかなり積んでいるんですよね。

民間の非宇宙企業が宇宙に関心を持っている点では、日本は他の国よりも強いのではないかと。宇宙産業の雇用の構造は難しいですが、JAXAでも一定の出向を認める柔軟なやり方も出てきています。転職文化があまり根付いていない日本型のソリューションができているので、僕は日本の宇宙ビジネスの未来は明るく見ています。

――なるほど。

小松:また、僕は今いろんな非宇宙産業のメーカーさんから「宇宙業界に一歩踏み出したいんだけど何をすればいいかわからず困っている」とご相談を受けるんです。そこで提案しているのが、国内の非宇宙のメーカーが宇宙産業に一歩踏み出すための手助けを補助金でやる、というものです。

日本には優れたデバイスや素材を作る企業がたくさんあるじゃないですか。そうした製品が宇宙環境に耐えられるかどうかの軌道上実証試験に、政府が補助金を出しましょう、と。「今後打ち上げる軌道上試験衛星に約50品目(枠)載せることができるのですが、その1枠に必要なお金の2分の1を政府が補助するので、上場メーカーは1品ずつ推薦しませんか?」といったように。

そして集まった50品目を打ち上げて軌道上テストし、放射線や温度変化によって失敗があれば改良を加える。そのままでも使えることがわかれば、NASAなど世界中の宇宙企業に売り込むことができるのです。日本のメーカーさんは非常に優秀ですので、デバイスや素材などが世界の宇宙産業にも軌道上試験済みであると売り込めたら、これまで半導体業界で世界経済を支えてきたのと同じような構造をまた作れるのではないでしょうか。

さらにその打ち上げテストをインターステラテクノロジズやスペースワンといった日本の輸送サービス企業が担えれば、ここでまた実需が確保できる。とまぁ、これは一つの案ですが、こういう具体的な展開を講じていくことによって、宇宙産業が日本の基幹産業として育つプロセスが立ち上がってくると考えています。

――後藤さんはいかがでしょうか。

後藤:日本にはビリオネアもあまりいないし、人材の層が比較的薄いのでどうやって戦っていくのかという話がありましたが、いわゆるスーパー経営者が現れて圧倒する、みたいな形が今後も主流になるとは限らないと思うんです。

適切にベンチャー企業を成長路線に乗せて伸ばしていくためには、スーパー経営者1人ではなく、例えば技術面や経営面、法務面など、いろんな側面から支えられる人材を手堅く集めてチームを作る。それによって成長路線に乗せていく成功例を数多く出すことが、宇宙業界にとって必要だと思います。

日本はそういうやり方が性にあっていますし、腰を据えてかかったら実績も出てくるポテンシャルが十分にあるのではないかと。十分この先期待できると思っています。他の産業やベンチャーで経験を積んだ人など、いろんな人に宇宙の業界へ入ってきてもらって、どんどんチャレンジを重ねていく。そこが一番の肝になるのではないでしょうか。

ニュースペースとレガシースペースの役割分担

 
――宇宙ベンチャーは「ニュースペース」と呼ばれたりもしていますが、小松さんにベンチャーキャピタリストの観点から、ニュースペースとレガシースペース、それぞれに何か強みや期待することがあるとしたら、何でしょうか。

小松:僕が宇宙産業のお手本にしているのがバイオビジネスなんですよ。

例えば創薬ビジネスも宇宙と同じように研究開発期間がものすごく長く、お金がどんどん出ていく。どれほどお金をかけても、最終的に薬にならなかったり、薬効性が確認できなかったりして、事業が頓挫することも山程あるんです。そのため、新薬開発では大手とベンチャーでリスク分担するのが定石です。

まずベンチャー企業が動物や初期のヒト治験を様々に行い、安全性と初期的な薬効を確認できたら、大手製薬会社にバトンタッチして、彼らが大規模に患者を集めて最終治験、承認申請、販売までを行う。大手は、圧倒的な資金力に加え、販売ルートも持っているからです。

こうしたことから創薬ビジネスは上場する際の必要条件がすでに明確化されつつあって、第1条件はヒト治験のフェーズ2で、安全性と薬効性がある程度確認できていること。第2条件がメガファーマとライセンス導出契約が結べるなど、商用化の目途が付いていること。この2つがあれば株式上場が可能と見られています。

こんなふうに開発はベンチャー、販売はメガファーマ、といった創薬業界のような役割分担が、形は違えどいずれ宇宙産業にも生じてくるのでないでしょうか。技術開発、新ビジネスはベンチャー寄りで行い、それを例えばライセンス供与する形でレガシースペースが使っていく、といったように。

また、衛星のベンチャー企業は軌道上試験にある程度成功して、大手のお客さんが1本付いていると自動的に株式上場できるーーといったように、新規株式公開のターゲットが明確になれば、ベンチャーキャピタルも目指すべきゴールがはっきりして資金を投じやすくなり、ビジネスが回っていきます。

レガシースペースとニュースペースの新たな分業によって、そうした好循環が生まれてくるのではないか。半分期待しながら、予想もしている感じですかね。

――レガシースペース自体の発展もまだまだありえそうでしょうか? 書籍のタイトルは『宇宙ベンチャーの時代』でしたが……。

小松:もちろんそれはあると思いますよ(笑)。もう今までの蓄積が膨大にありますもんね。

――ありがとうございます。また、注目している宇宙ビジネスの分野があればお答えください。

後藤:近年は人工衛星を使った通信や地球観測のビジネスが注目されていますが、やはり宇宙と行き来する、貨物や人を運ぶという「宇宙輸送」は、宇宙ビジネスにおける基礎中の基礎なんです。通信も地球観測も、まずは衛星を打ち上げて軌道速度を出さないと話が始まらない。

これは希望ですけど、宇宙輸送ビジネスですごく存在感が出せる企業が日本から出てきてほしいな、というのは強く思っています。宇宙でよりビジネスの範囲を広げるためにも、宇宙空間に到達するためのハードルをもっともっと下げないといけません。

あと、日本は南と東に海が広がっているためものすごく宇宙開発に向いている土地なんですよね。韓国は東側に日本列島があり、他国の上空を勝手に飛ばすと問題になるため、島と島の間を縫うように飛ばすなど、すごく苦労をしています。一方で日本はとても恵まれているんです。地の利を生かさない手はないだろう、と強く思いますね。

――最後に、業界を超えてさまざまな社会人に宇宙産業へ関心持ってもらうには何が必要かお聞きしたいです。まさに今回の本を出されたこと自体、そうした活動の一環だったと思うんですけれども。

小松:本当にそうなんですよね。この本の最大の目的は、これを土台にいろんな方々と議論して、知見を深め合うことでした。議論が巻き起これば、まさにベンチャーキャピタリストという門外漢だった僕が今宇宙産業に関わっているみたいに、違う業界からのその専門性を持って宇宙産業を高度化してくれる人材が入ってきてくれるはずです。

また、宇宙開発というのは少し前までは、冒険心に富んだフロンティアみたいな側面が非常に強かったと思います。でも僕らの後の時代からは、経済的な側面が必然になると思っていて。

例えば地球上の環境問題も資源問題もエネルギー問題も、地球を完全な閉鎖空間としか捉えられないと解決のつかない問題になってしまいます。でも地球の外に目を向ければエネルギーも資源も満ち溢れている。エネルギー消費を地球圏外で行えば温暖化の問題もある程度回避できるかもしれない。そうした経済的な必然性で宇宙に出て行かなくてはいけない時代になってくると思うのです。

民間の宇宙産業が育ち、人間の活動が地球圏外に拡大したことで、人類の数や経済が抑制的な道をたどらずとも伸びていくことができたーーそういう時代の入口に、僕らは差し掛かっているのではないでしょうか。

後藤:そのように今宇宙産業に起こっていること、この先起こり得ることを、ストーリーとして多くの方に楽しんでもらうことが、今後も重要ですよね。そこから宇宙産業を気に留める人が増えれば増えるほど、積極的な行動をとってくれる人が増える。そういうきっかけになるといいなと思って、小松さんといろいろ議論しながら本を仕上げた経緯があります。

すでに本をきっかけに大学生のグループから話をいただいて講演をやる機会がありました。「自分たちはまだ大学生だけどどうやって宇宙業界に就職すればいいか」「すぐ就職するにあたって従来型の宇宙企業とベンチャーどちらがいいか」と質問も受けて。そのような次世代も含め、様々なところから宇宙産業の輪を広げていきたいです。

 

企画・制作:IISEソートリーダシップ「宇宙」担当チーム
取材・文:黒木貴啓(ノオト)