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手中の「鳥」をみつけられるか。内面から出たソートでなければ、共感は得られない ~今、注目の理論「エフェクチュエーション」の専門家、樋原伸彦氏に聞く~

革新的な考えを世の中に提示し、共感によりステークホルダーを共創へ誘引することで、新しい顧客や市場を創造するマーケティング手法「ソートリーダーシップ(Thought Leadership)」。その重要性を多角的に考察するために、各専門家にインタビューする企画の第十弾。今回のお相手は、早稲田大学大学院経営管理研究科准教授、日本エフェクチュエーション協会代表理事の樋原伸彦氏。先が予測できないVUCAの時代は「目的ドリブン」ではなく「手段ドリブン」が重要だと語ります。注目の「エフェクチュエーション」の視点から、日本企業に求められているパラダイム変革、そしてソートリーダーシップの意義について伺いました。


先が読めない時代に、目的や事業計画を重視すると失敗する

――「エフェクチュエーション」とは、どのような理論でしょうか。

樋原 事業をいくつも成功させている起業家や経営者を調査し、成功の秘訣を抽出した21世紀型のビジネス手法です。経営学者のサラス・サラスバシー氏が、2001年に提唱しました。ひと言でいえば、成功した起業家は「目的ドリブン」ではなく「手段ドリブン」だということです。

早稲田大学大学院 経営管理研究科 准教授 日本エフェクチュエーション協会代表理事 樋原 伸彦 氏

一方、20世紀型の予測と計画のビジネス手法は「コーゼーション」と呼ばれます。まず目的を決め、そこに早く到達するためのリソースをインプットします。目的ドリブンといえるこのモデルは、ビジネスの因果関係(メカニズム)が分かっていれば成功の確率が高まります。20世紀型のビジネスなら良かったのですが、21世紀に入ってビジネス環境が複雑化し、投資とリターン(結果)の因果関係が不明確になったためにコーゼーションでは成功しづらくなっています。

――エフェクチュエーションが注目を集めている理由はどこにあるのでしょうか。

樋原 21世紀以降気候変動や国際紛争が激化し、コロナ禍やAI(人工知能)の急速な進化もあり、将来を予測しづらくなっています。このVUCA時代、20世紀のビジネスを支えてきた「予測合理性」が効かなくなっているのです。

経営トップと話すと、「既存事業が下がってきている」「新規事業が立ち上がらない」など、強い危機感があります。一方、現場の社員に聞くと、実は意外にやりたいことを持っていて、新規事業のアイデアがあります。しかし、それを上司に提案しても、上司の判断基準が20世紀型の予測合理性に支配されているため、詳細な事業計画や目標値が求められます。「120%大丈夫だろうね?」と聞かれれば、社員はリスクを考えて提案を止めてしまいます。

その結果、経営層は「現場が良いアイデアを上げてこない」と嘆き、現場は「アイデアを出しても通してくれない」と嘆く。奇妙な現象が起きているのです。

原因は、予測と計画を重視し過ぎている点にあります。上層部の判断がそれらに支配されているのです。20世紀型のビジネス環境であれば、それでもうまく行きました。しかしVUCAの時代は予測が難しいのですから、いくら目的や事業計画を作っても「絵に描いた餅」になります。それでも予測を出さないと提案は通りません。一度通ったら、今度はその予測に縛られ、計画通りに行かないと怒られます。こうして、社員はどんどん疲弊していくのです。

組織として一度目的を確定させてしまうと、途中で変更しづらくなります。不測の事態が起きても、同じ目的を追い続けるようになります。変化に対する柔軟性を失い、失敗の可能性を高めてしまうのです。途中でやめると責任問題になるため、やめる判断も難しくなります。

また目的ドリブンでは、成功の見込みが高いと思える案件だけに絞り込んで投資することになります。単純にトライアルの回数が減るため、成功の確率はさらに下がってしまうのです。

エフェクチュエーションの「5つの原則」とは?

樋原 では、手段ドリブンといえるエフェクチュエーションとは具体的に何なのか。この理論には「5つの原則」があります。1つずつ説明しましょう。

「エフェクチュエーション」5つの原則

1.手中の鳥(bird-in-hand)の原則
2.クレイジーキルト(crazy-quilt)の原則
3.レモネード(lemonade)の原則
4.飛行機のパイロット(pilot-in-the-plane)の原則
5.許容可能な損失(affordable loss)の原則

1つ目は、「手中の鳥(bird-in-hand)の原則」です。最初に目的を決めるのではなく、逆に今持っている「手持ちの手段(資源)」で何ができるかと考えます。

私はこれをよく料理に例えて説明しています。作るメニュー(目的)を決めてから材料を買いに行くのがコーゼーション。冷蔵庫にあるものを見て、そこから何が作れるかを考えるのがエフェクチュエーションです

目的を先に決めると、最初から可能性を限定してしまうと同時に、目的が徐々に陳腐化します。実現した頃には、すでに時代遅れになっているかもしれません。21世紀のビジネススピードは、それほど速いのです。

一方で起業家に話を聞くと、新規事業の出発点は自分の持っているものが何なのかという思考から始まっています。エフェクチュエーションにおいては「アスピレーション(Aspiration)」という言葉で説明しています。日本語では「熱望、願望、大志」などと訳されます。自分の中にある「熱望、願望、大志」を起点に考え、行動するということです。

2つ目は、「クレイジーキルト(crazy-quilt)の原則」です。20世紀型の市場競争では「いかに相手を出し抜くか」という秘密主義的な戦略が重視されてきました。しかし、実際に成功した起業家を見ていくと、他社とアライアンスを組む方向で進めた人の方が多いのです。

アライアンスによってパートナーのコミットメントが得られれば、パートナーが持つ新たな資源が得られ、出発点にしていた「手持ちの手段(資源)」が拡大します。そこでパートナーと一緒に「何がつくれるか」を改めて問い直していくことで、価値がどんどん高まっていくのです。

3つ目は、「レモネード(lemonade)の原則」です。これは不測の事態への対応法です。つまりは仕入れたレモンの質が悪ければ、レモネードにして売ればよい、ということ。

20世紀型のビジネスでは、リスクを予測して対応しようとしたり、難しければ撤退するといった判断が行われてきました。しかしエフェクチュエーションにおいては、不測の事態は避けられない。むしろそこに乗っていくしかないと考えます。

分かりやすい例はコロナ禍です。起きてしまったことは受け入れ、ビジネスを変えるしかありません。失敗や困難も学習機会と捉え、新たな一歩を踏み出す材料にします。

4つ目は、「飛行機のパイロット(pilot-in-the-plane)の原則」です。ビジネスのあらゆる要素を、自分でコントロールできるものとできないものに区別します。コントロールできないものは「レモネードの原則」に基づき対処する。コントロールできるものは、徹底的にコントロールしようというのがこの原則です。

20世紀型のビジネスは、予測がほぼ当たるという前提で進んできました。しかし予測が当たらない時代になってもそれを続ければ、失敗が増えるだけです。予測に基づく行動ではなく、自分がコントロールできる要素に集中することで、結果を出すというわけです。

5つ目は、「許容可能な損失(affordable loss)の原則」です。これはもともと経済学をバックボーンにしていた私が、最も興味を引かれた切り口でした。

新たなことに挑戦するかどうかを判断する場合、20世紀型のビジネスでは、期待できるリターンの大きさを予測していました。しかし今日では、リターンを予測したところでその通りにはなりません。それよりは、初期投資の大きさを見て、許容できるかどうかで判断する方が良いということです。

それによって期待できる効果は、「トライアルの数が増えること」と「最初から過大な投資をしないこと」です。「将来これだけ儲かるから、お金を借りてでもやろう」という20世紀型の発想から、「失敗しても許容範囲だから、全部やってみよう」という発想への転換です。

まずは、小さくやってみる。良い兆しが見えてきたら、追加投資する。優秀なベンチャーキャピタリストは、実際のところ予測や事業計画よりも創業者の人柄と「アスピレーション」を見て、投資判断を行っているはずなのです。

埋もれたアセット、新たなアイデアの発掘へ、エフェクチュエーションの活用を

――日本企業にとって、エフェクチュエーションがもたらす価値はどこにあるとお考えですか。

樋原 日本企業は豊富な余剰資金を持っているのに、将来への投資が少ないとよくいわれます。不測の事態に乗っかっていくエフェクチュエーションの考え方を導入し、予測や事業計画の呪縛から解放されれば、もっと投資できるようになるでしょう。投資案件が増えれば、成功の可能性も上がってきます。

また、日本企業はオリジナルの技術やノウハウをたくさん持っています。しかし、例えるなら120%確信が持てるものにしか投資しない、というような現象が多く起きているために、実際は試していないものが多いのです。良いアイデアがあっても提案しない社員が増えている原因は、予測と計画を重視しすぎてハードルを上げているからだと述べました。眠っているアセットをフル活用するために、エフェクチュエーションがもたらす効果は大きいと思います。

――エフェクチュエーションは、企業や組織ベースでいかにして進められますか。

樋原 様々な企業の人を集めて「日本エフェクチュエーション協会」を運営しています。その活動を通して感じるのは、組織ベースでエフェクチュエーションを進めることの難しさ。現実解としては、まず組織にいる1人ひとりがエフェクチュエーションを理解することでしょう。

同時に、創業者ではないサラリーマン経営者が、自分とは異なる考えの提案をどこまで受容できるかが重要になります。

いきなりその状態に持っていくのは難しいので、まずは新規事業の選択や初期投資の判断に、エフェクチュエーションの考え方を導入することをおすすめします。事業が立ち上がった後は、従来型のコーゼーションでも行けると思いますが、最初から目的ドリブンで進めると、新しい試みは何も始められなくなってしまうからです。

外から与えられた「借り物のソート」では、人の共感は得られない

――ソートリーダーシップをエフェクチュエーションの視点から見ると、どのように捉えられるでしょうか。

樋原 そこではソートの「質」が重要になると感じます。つまり、打ち出そうとするソートが、自分の内面から出てきたものなのか、外から与えられたものなのかによって、結果が大きく違ってくるのではないかと思っています。

例えば、SDGsに取り組むという会社の方針が先にあって、「分かりました、じゃあやります」と進めるのでは、外から「与えられた」ソートになります。そのままでは途中で頓挫しやすくなるでしょう。

内面から出てくるソートというのは、まさにエフェクチュエーションにおける「手中の鳥」です。「手段ドリブン」であるからこそ、ちょっとやそっとの困難があっても、その人や組織の「アスピレーション」で乗り越えられるはずです。

――なぜ、外から与えられたソートでは成功しないのでしょうか。

樋原 人を巻き込んでいく必要があるからです。ソートリーダーシップでは「共感」という言葉を使っていますね。エフェクチュエーションでは「Ask(依頼)」という言葉を使います。Askとは「いかに人にものを頼めるか」ということです。

相手が共感しなければ、頼みごとは聞いてもらえません。「クレイジーキルト(crazy-quilt)の原則」が働かなくなるということです。成功した起業家は、普通の人よりたくさんのAskをしています。外から与えられた「借り物のソート」をいくら自分ごとのように語っても、共感されにくいでしょう。ギブアンドテイクのビジネスライクな関係性になってしまったら、そこからの発展はありません。

マーケティングの分野では、新規事業を始める前に市場リサーチをすることが多いです。しかし、アンケートに答えてくれる人は「プロダクトやサービスが出たら必ず買う」とコミットしてくれているわけではないですよね。

エフェクチュエーションの視点で見ると、市場リサーチという行為自体が、非常に予測合理性に基づいた行動に思えます。それだと新規事業は難しい。市場リサーチに投資するくらいなら、完全にコミットしてくれる顧客を1人でも2人でも確実に獲得した方がよい。成功した起業家はそれをしています。

またソートリーダーシップを進める際には、コーゼーションのプロセスに陥らないように注意すべきです。例えば、「こんな良いソートがあるのだから、売れないはずはない」という考えに縛られてしまうと、実行プロセスが目的ありき、計画ありきのコーゼーションに陥りやすくなります。それではもったいないですね。

日本企業は「3つのP」から脱却し、「3つのA」を目指せ

――ソートリーダーシップのために、エフェクチュエーションの理論が役に立つ場面はありますか?

樋原 大いにあります。内側から出てくる「アスピレーション」が、ソートに昇華していけばよいのです。エフェクチュエーションにおける「アスピレーション」と、ソートの概念は類似していますね。ソートリーダーシップを「アスピレーションリーダーシップ」と言い換えても、違和感はありません。

――エフェクチュエーションとは、メカニズムが分からないものを扱おうとする手法ですね。

樋原 その通りです。ある種、AIに近いブラックボックス的な側面があります。AIが出す答えは、相関関係を分析した結果であり、因果関係を明らかにするものではありません。

この存在はVUCAの時代を象徴しています。20世紀型のビジネスは因果関係が明確で、未来をほぼ正確に予測できました。従来の常識やビジネスモデルが通用するのですから、AIは必要ありません。しかし今日、ビジネス環境が複雑化し、インプットとアウトカムの因果関係が見えなくなっています。メカニズムが分からなくても、それでも何らかの答えを導きたい。その手段として、いまAIが注目されているのです。

エフェクチュエーションも、AIと似ています。予測合理性が通じない中で、それでも前へ進みたい。そのために、エフェクチュエーションのような理論が注目されているのだと思います。

――今後、日本企業は何を大切にしていくべきでしょうか。

「Aspiration(アスピレーション)」「Ask(アスク)」「Affordable loss(アフォーダブルロス)」「3つのA」を重視していく必要があります。これに対して、20世紀型の手法は「3つのP」。すなわち「Purpose(パーパス)」「Prediction(プレディクション)」「Planning(プランニング)」です。この違いは大きいです。

アスピレーションとパーパスの違いは何か。シンプルにいえば「下から」なのか「上から」なのか、という違いです。日本企業が「パーパス経営」というと、「上から」のパーパスをいかに「下に」浸透させるかという議論になっている場合が多いです。本来なら「下から」のアスピレーションを、パーパス経営に生かす発想が必要でしょう。

先述したソートの「内か外かの問題」と並行して、いま述べた「上か下かの問題」があります。内外上下を見極め、いかに人々の共感を得ていけるかが、今後の企業経営の鍵になると思います。

<取材を終えて>

「手段ドリブン」からはじめる。エフェクチュエーションの本質がそこにある。そのことはとても大切です。今日から誰もが取り入れることができる考え方ではないでしょうか。では、なぜそれができるようでいてできないのか。組織において予測合理性を重要視する会社の判断がそれを妨げている可能があるのではないか。そこが変わるのが理想ではありますが、大きな組織では得てしてそう簡単にはいかないものです。何が成功するか分からない時代だから、やってみるしかない。手段ドリブンで。肝に銘じたく思います。
また「ソートの質が重要になる」というお話は、ドキッとするご指摘でした。打ち出そうとするソートが内面から出てきたものでなければ、人の共感を得られないし、人を巻き込むこともできないと先生は語ります。ソートリーダーシップを考えるうえで、ソートの「質」にこだわり、自らの「手中の鳥」は何かを問い続ける、そのことの重要性を改めて認識させられるインタビューとなりました。

インタビュイー:早稲田大学大学院 経営管理研究科 准教授 日本エフェクチュエーション協会代表理事 樋原 伸彦 氏

東京大学教養学部卒業。東京銀行(現三菱東京UFJ 銀行)、世界銀行コンサルタント、コロンビア大学ビジネススクール日本経済経営研究所助手を経て、2002年にコロンビア大学大学院博士課程修了。Ph. D(Economics)。2002年からサスカチュワン大学(カナダ)ビジネススクール助教授。2006年から立命館大学経営学部及びテクノロジー・マネージメント研究科准教授。2011年より現職。
サラス・サラスバシー氏(バージニア大学ビジネススクール教授)により体系化された、優れた起業家に共通する意思決定プロセス・行動様式の理論「エフェクチュエーション」の研究・普及を通じてアントレプレナーシップの実践者を増やし、イノベーションを当たり前とする文化を日本に根付かせることを目指す「日本エフェクチュエーション協会」の代表理事を務める。

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