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芸能プロダクションがEXに賭ける本気度 〜ホリプロ・グループ・ホールディングス、平崎麻衣氏に聞く〜
個人のデータを個人がコントロールする非中央集権型のweb3。本連載ではweb3がもたらす新たな可能性について、専門家の視点から考察していきます。第5弾はホリプロ・グループ・ホールディングス 宣伝部 副部長の平崎麻衣氏に話を伺いました。エンタメ業界を取り巻く環境はSNS・グローバルコンテンツの影響力の拡大や、英語圏における吹替文化から字幕受容の社会変化など、コロナ禍を経てまさに変化の時を迎えています。現在、宣伝業務と並行して、熱量のあるファンと直接つながる事業変革の準備に取り組んでいる平崎氏に、芸能プロダクションが挑む“変革”の意義について、たっぷりと話していただきました。
芸能プロダクションはBtoBからBtoCの時代へ
――平崎さんは2020年にホリプロデジタルエンターテインメントに出向され、そこでデジタルの現場に触れたそうですね。
平崎 はい。ホリプロデジタルエンターテインメントは、ホリプロ・グループ内にてデジタル戦略を推進する機能を担う会社で、SNSをメインに活動するタレントが所属しています。出向の際には、「技術を学ぶのではなく、面白いビジネスを開拓することにチャレンジしてほしい」と言われて送り出されました。その後2023年10月にホリプロに復帰し、現在は宣伝部の副部長を務めながら新規事業の立ち上げを日々進めています。
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宣伝部 副部長 平崎 麻衣 氏
――新規事業の骨子はどんなものですか。
平崎 「推し活」を収益の柱として、タレントを支えてくれるファンを大切にするビジネスを2025年度からスタートする予定です。ホリプロは芸能プロダクションなので華やかなイメージが強いですが、クライアントは広告代理店、テレビ局、出版社などが多いですから、ビジネスモデルの構造はBtoBが主です。しかし、ホリプロデジタルエンターテインメントに出向して社会や他社の動向を見ているうちに、テレビや雑誌を初めとする既存メディア以外でのビジネスの在り方を知らなければ、と危機感を持ちました。「これからはキャスティングされるばかりではなく、自分たちで発信できるように変わっていく必要がある」、そう感じたことがそもそもの発端です。
私が入社した25年前、最初にスターを発掘するメディアで大きな力を持っていたのは雑誌でした。そこからテレビや映画に出てさらにスターダムに駆け上がっていった。しかし雑誌の影響力が相対的に下がった今の時代にスターが生まれていないかといえばそんなことはありません。SNSやWEBメディアの力によって瞬時に情報が共有されるため、俳優にしろタレントにしろ、スターの形はむしろ増えています。デジタルの世界を3年ほど経験したことで、もはやメディアを区切って考えること自体が危険ではないかと思うようになりました。
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――SNSは推し活やファンマーケティングを加速するにあたって不可欠のツールですが、現在のコンテンツ受容行動についてどのように捉えていらっしゃいますか。
平崎 情報量がとても多いので、公式アカウントではなるべく拡散していただけるような素材をアップしています。生粋のファンは公式を必ずチェックしているので問題ありませんが、重要なのはその先への波及です。コツとしては、なるべく良い写真をシンプルに見せること。宣伝目的だと出演情報などを写真にも載せたくなりますが、情報は投稿文にしっかり載せる。多少関心がある程度でもリポストしたくなるような写真を選ぶほうが良いと学びました。
一方で芸能プロダクションにとってこれまで拡散は“対応が難しいもの”として捉えられていました。今でも無断転用との線引きにセンシティブな面は残りますが、公式で発信したものに限って拡散はウェルカム。その点は私たちが意識を変えて区別していかねばならないでしょうね。
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目標は「ファンのエンゲージメントを上げていくこと」
――ファンマーケティングの新たな領域を拓くために、デジタル技術はどのように寄与していくと思いますか。
平崎 SNSではプラットフォーム側のアルゴリズムを理解して効果的な発信をすることが重要になってきます。そこでプラットフォームの方に直接アプローチをして、SNS戦略のテコ入れをする施策が必要です。手始めに俳優、音楽、声優などいろんな部署のタレントをピックアップして、ある程度のレベルから伸び悩んでいる個別アカウントのコンサルにトライアルしました。一例を挙げると「新規リーチ獲得のため、Instagramではリールが必須、アジアへの進出をする場合は同時にFacebookにも投稿する」といった具体的なアドバイスをしていただく。実際にショート動画の活用で明らかにコメント数が増加する成果が出ています。正しい知識があるかないかで、同じ労力でも影響力がまったく違ってきます。今後、BtoCを展開するうえでの基礎として今後も続けていく必要があると思います。
これはファンマーケティングにつながる考え方です。ファンがショート動画を欲しているのですから、そこに答える必要があります。漫然と自分がやりたいことを発信するのではなく、動画を見るのを楽しみにしている人に向けてコンテンツを発信する場所がSNSだと自覚することが最初のステップだと思います。いかに人の目につきやすくするか、いかにフォロワーが喜んでくれるかを念頭にコンテンツを作っていくことが大切です。ただしSNS戦略は、新規事業のほんの入口に過ぎないとも思っています。
――ファンとの関係において、より本質的な部分を変えていくということですか。
平崎 おっしゃる通りです。知名度や認知度と、エンゲージメントはまったく違う――これもデジタルの世界を経験してわかったことです。ホリプロと言えば綾瀬はるか、石原さとみ、高畑充希、鈴木亮平、妻夫木聡、竹内涼真など主演クラスのイメージを持っていただくことも多く、企業としての認知度も高いほうだと思います。でも単に「タレントを知っている人」を増やすのではなく、「タレントが好き」という熱量の高いファンを増やさねばならない。「ドラマに出ていたあの子、見たことがある」だけでは、今後のビジネスを考えると発展は難しいからです。これからはとにかく、ファンのエンゲージメントを上げていくことを目指しています。
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web3も視野に入れた“エンターテインメントのDX”を加速させる
――具体的な施策について教えてください。
平崎 ビジネスを考えると、MD(マーチャンダイジング)が起点になります。原価率が高騰する中で、従来のようにほかのプレイヤーに任せて売り出すのではなく、自分たちで明確なターゲットと販路を確保して展開することが収益を上げることになると思います。
そこで必須となるのは「魅力的な売り場」です。どれだけ良いグッズを作っても、知ってもらうきっかけがなく、売り場が魅力的でなかったらそもそも入ってきてもらえません。MDの戦略と同時に、売り場をリニューアルすることにも着手しなくてはなりません。
例えばNetflixで鈴木亮平が主演した『シティーハンター』はグローバルでも大ヒットしました。次にこういう機会があった時に海外のファンがすぐに買えるMDの窓口があることが目標です。ですから、戦略的なブランディングのもとECサイト、ファンクラブ、ホームページなどを統合し、共通IDを構築して顧客データを自社で一元管理する計画を進めていきます。そのデータを分析して戦略に基づくタレント展開をしていくことが新規事業の核となる目標です。
これを軸に、将来的にはweb3、NFTやメタバースショップなど、ブロックチェーンの仕組みを含めた世界観を想定しています。言わばエンターテインメントのDXです。今までは老舗としての信頼、属人的なマネジメントのノウハウや経験値でスターを生み出してきましたが、データドリブンができる組織にしていくのが狙い。実現するためには、社員にも分析力が必要とされます。先ほどのSNS戦略もそのための第一歩になれば良いなと思います。ファンクラブを新たに整備したところで、SNSのフォロワーを増やせないのであればファンを増やすことなど難しいと思うんです。歌手やアーティストはライブを行うことで直接的な交流や接点を設けることができますが、活動の軸が映像の俳優・タレントはそのような場が今まで多くはなかったので、まずはオンライン上の直接的な交流を生かして自分を好きになってもらい、そこから広げていくつもりです。
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――まさにファンとアーティストがつながって価値を共創するEX(エンターテインメント・トランスフォーメーション)そのものですね。
平崎 そうです。ファンコミュニティの活性化にあまり取り組んでこなかった反省を踏まえ、共通IDを軸としたプラットフォームを通じてファンマーケティングを強化していきたいと思います。これは、長くファンでいてもらうためにも欠かせません。1人でライブを楽しむよりは、ファン同士でライブ帰りに推しのアクスタ(アクリルスタンド)を見せ合えたほうが楽しいですから。
もう1つ、新しいファンが参加しやすく、ファン同士が安全に盛り上がれる場所を提供することもテーマです。そこに対しては先ほど述べたようなweb3などの技術をどのように埋め込んでいくかを考えていきます。
今の推し活は課金ゲームの側面もあります。限られた数の熱心なファンに対する受注生産品などで販売単価を上げることはそれほど難しいことではありませんが、それだと新しいファンは育ちづらいと思います。プレミアムグッズもある一方で、中高生にも手が届くようなグッズを提供して推し活を続けたいと思うようにしていく。これこそ将来のファンを育てるための種まきですし、プロダクションだから取れるバランスを大切にしたいです。
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現状のグッズ以外の商品は企業とのコラボ案件が多いのですが、内製化することで自社タレントが同じ社内にいて協力してくれるという唯一無二の強みを活かしていきたい。もしかしたらファンが発案したグッズや商品を作れるようになるかもしれません。仮にそうしたスキームが回るようになれば、第三者の投資を呼び込む資金調達もあり得るでしょう。映画の製作委員会をもっと柔軟にしたようなイメージです。
今、タレントの独立が活発化していますよね。ホリプロは少ないですが、長く活動を続けていればタレントのライフステージが変わるのも事実です。タレントと芸能プロダクションとの良好な関係を保つためにも、ファンとの結びつきを盤石なものにして、新たなビジネスモデルを確立することは有用ではないかと。そこまで文化を変えていくことが私たちの理想です。
――今後の展望を含め、最後にメッセージをいただけますか。
平崎 一般的にはDXができていない企業が淘汰されつつある世の中ですが、エンタメ業界も必ずそうなるに違いありません。今は一生懸命畑を耕している状態。プロモーションも含め、新しい形を作っていくことに日々試行錯誤しています。
ただファンの目が非常に肥えているので、生半可な姿勢だと「事務所がやらせている」こともすぐに見抜かれてしまう時代です。大量にプロモーションをしても、タレントが熱量を持った言葉で宣伝していないとファンはすぐにわかってしまう。細部のこだわりは作品はもちろんのこと、宣伝にも波及すると実感しています。
生成AIでテキスト、画像、動画が作れるとはいえ、熱量のあるなしはすぐにわかります。聞いた話によると、ある著名な作家さんは「ChatGPTで続編のたたき台を作ってもらいましょうか」と編集者に提案されたことがあるそうです。もはやそこまで来ていることに驚きましたが、テクニカルの使い方が未熟だと、出来上がった作品には歪みが出てくるものです。デジタル全盛であっても、こだわりの本質は変わらないからこそ本人やスタッフも含めて、皆で熱量を持って作品を作ることはこれまで以上に大事になると思います。タレントの熱量の維持や心身の良好さを保つためにも、私たちがスケジュール調整を含めた最適なバックアップ体制を整えてこれからも支えていきたいと思っています。
〈取材を終えて〉
ホリプロといえば日本を代表する芸能プロダクションの老舗であり、日本のエンターテインメント業界を牽引する存在です。その“巨人”でさえ危機感を持ち、新たなチャレンジが求められるフェーズに来ている。平崎さんの言葉からは、そうした思いがひしひしと伝わってきました。キャスティング主体から自発的にファンとつながる構造へと生まれ変われば、業界そのものが変わる可能性を秘めています。ホリプロが果敢に挑むEXの今後に要注目です。
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インタビュイー:
ホリプロ・グループ・ホールディングス 宣伝部 副部長 平崎 麻衣 氏
2000年、ホリプロに新卒入社。以降、宣伝部を4年、マネージャーを4年経験して、産休に入る直前に再び宣伝部へ。コロナ前までは宣伝部で勤務し、2020年の夏にホリプロデジタルエンターテインメントに3年半出向した。その後、2023年10月に再び宣伝部に戻って現在に至る。
企画・制作・編集:IISEソートリーダシップweb3チーム(塚原督、鈴木章太郎、石垣亜純、名和達彦)