その「物忘れ」は気のせいではない
物忘れを心配して来院
高齢者ではなく、働き世代の方で「最近、物忘れが多い」と心配して相談に来られるケースは珍しくありません。
ただ多くの場合、診察の結果、認知症や脳梗塞など心配するような病気はないですよとお伝えすることになるのですが
一方で、簡易の記憶力検査としてMMSEやHDS-Rを実施し正常だったとしても、実は「ストレス」や「気にしすぎ」などで片付けられないケースもあり、臨床では「MMSEが正常=記憶力に問題はない」と短絡的に結論付けてもいけません。
その一つのピットフォールとして、加速的長期健忘(Accelerating Long-Term Forgetting, ALF)という病態があります。これは特に側頭葉てんかん(temporal lobe epilepsy; TLE)の患者さんでしばしばみられる健忘の症状の一つであり、その目で診察しないとしばしば見過ごされてしまいます。
ALFとは?
ALFとは、記憶した情報を短期的には保持できるものの、時間が経つにつれ通常よりも早く忘れてしまう現象を指します。
下の図は「思い出し」の正答率がだんだんと時間と共に低下してくという図です(Behavioural Neurology 24 (2011) 299–305から改変引用)。
誰しも(健常な方でも)、だんだんと時間と共に思い出せなくなるのは当然として、側頭葉てんかんでは健忘症状を発作間欠期に認めることがあり、この下がり具合が顕著になるのですが、側頭葉てんかんの患者の中でもALFを合併していると余計に下がりやすいよ、という病態を示唆したグラフになります(グラフの下がり方は適当なので、あくまでも概念として参考までに)。
ALFの特徴
短期記憶は正常
数分から数時間後には、新しい情報を正確に再現できます。そのため、標準的な記憶検査では異常が検出されないことが多いです。長期記憶の保持に問題
数日から数週間後に情報を急速に忘れることが特徴です。標準的な記憶検査では見逃される場合があります。側頭葉てんかんとの関連
側頭葉てんかんの患者で頻繁にみられます。これは、側頭葉が記憶の符号化や保持に関与しているためと考えられています。
ALFの原因
ALFの原因は完全には解明されていませんがいくつかの要因が関与:
側頭葉機能の異常
側頭葉てんかんによる発作活動によるもの、あるいはそれによる構造的な障害が関連
睡眠の影響
睡眠障害が記憶の固定化(consolidation)を妨げる可能性があります。
間欠的な脳波異常
間欠的なてんかん性放電(interictal epileptiform discharges, IEDs)が記憶保持を阻害している可能性
抗てんかん発作薬(ASM)の影響
一部のASMが記憶機能に影響を与える可能性
診断と評価
ALFの診断は標準的な記憶検査では難しいことがあります。以下の手法が推奨されます:
延長した記憶評価
通常の検査では数分から数時間以内の記憶再生を評価しますが、ALFでは数日後や数週間後の記憶保持を評価する必要があります。よって、時間をあけての再評価が必要ですが、通常の外来では難しいので、本当に評価したい場合にはてんかん専門医に相談自己申告アンケートや日記
主観的な記憶の問題を把握するために、患者自身による記録を活用脳波検査
間欠期のてんかん性放電など記憶保持に与える因子があるか評価
治療と管理
発作コントロールの最適化
発作や脳波異常を減少させることが記憶保持に役立つ可能性抗てんかん発作薬の調整
記憶への悪影響を最小限にする薬剤の見直し記憶補助戦略の導入
メモやスケジュール管理ツールを活用し、日常生活の注意点も重要
研究と今後の展望
ALFは見過ごされやすい現象ですが、患者さんの生活にとっては非常に重要な問題。まずは適切な評価を。そして可能なら管理や対策を行うことが大事です。比較的新しい研究分野であり、記憶メカニズムやてんかんとの関連を解明するための研究が進んでいますが、現状では各症例での最適化を目指すのが良いでしょう。
側頭葉てんかんの記憶や、記憶障害の鑑別、薬剤調整、減薬の方法など
詳しくは「あの症例どうなった?」で解説しています