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#009 環境音と『The Last of Us Part II』の雨の音
こんにちは。ノイジークロークの金井です。今日もゲームサウンドについて書いていきたいと思います!
環境音について
早速ですが、今月のテーマは環境音です。環境音といえば効果音の中でもかなり地味な部類の音なのかなと思います。
音の機能という側面から考えると、環境音は意味を持たされないことが多いので、明確な意味のあるアクション系の音やADVでの音などと比べると、重要性が低く見られてしまいがちです。(もちろん環境音にも意味を持ったものもあり、音の機能については文脈やその時々によってもちろん変化します。)
そして遊ぶ側からすると、注目されることが少ない音だとは思います。特にBGMが鳴っている状況だと、環境音の存在に気づかないことは多くあるのではないかなと感じます。
ただこの環境音こそが、ゲーム世界の雰囲気や空気感を表現するためには重要になってくるんじゃないかなと思っています。
環境音の役目
この環境音の役目について考えると次の2つが思い浮かびます。
1.ゲーム中のキャラクターに背景を表現する
(空間の感覚、空気感をプレイヤーに与える)
2.環境音として使用する音によって感情を表現する
1個めは単純化すると環境音の有無だといえます。森のシーンでBGMしか流れていない場合と、環境音も聞こえてくる場合とではその場所の雰囲気は大きく異なってきます。
2個めは、環境音として聞こえてくる音によって伝わる雰囲気・感情が変わるということです。例えば、森に対して鳥の鳴き声や優しく木々が揺れる音が聞こえると優しい印象を受けますが、狼の遠吠えやフクロウの鳴き声を再生するとちょっとした怖い印象を受けます。比喩として意味合いが生まれるように音を選ぶことで、場所の表現だけでなく、感情も表現することができます。
大概はこの2つの役目が入り交じる形で環境音は成立しているのではないかと思います。
環境音のディティール
さてそのような環境音ですが、最新のゲームタイトルだとものすごく細かいディテールをもって作られていることがあります。
例えば雨のシーンに音を付ける場合、普通はよくある雨の音がイメージされるものと思います。映像作品の場合はこれで問題ないのですが、ゲームの場合はプレイヤーがカメラ位置を変えることが出来るという問題がつきまとってきます。例えば、雨の音が鳴っていたとして近くに大きな屋根のようなものがある場合と、なにもない場合とでは聞こえる雨音は同じでよいのだろうか、という問いが常につきまといます。
そんな雨の音ですが、最新のゲームではどのようにつくられているのか、そこをこれから見ていきたいと思います。
『The Last of Us Part II』の環境音
ここからはNaughty Dogによって制作された、2020年発売のタイトル『The Last of Us Part II』について取り上げていきます。このタイトルは紛うことなきAAAタイトルですが、サウンド面でもやはり物凄くクオリティが高いです。どこを切り取っても高クオリティなわけですが、今回は僕が遊んだ中で印象に残っているシーンを取り上げたいと思います。
まずは次の動画をご覧ください。
天候は雨。一時の隠れ家にしようとした劇場の電気を復旧させようとしているシーンです。流れとしてはプレイヤーが操作するエリーというキャラクターが窓から外に出て、はしごを登り、屋上の小屋まで移動するという、時間にしたら数分しか滞在しない場所の環境音です。
30秒ほどの動画でしたが、基本的には雨のシーンで、聞こえる環境音も全て雨の音でした。ただ、よく聞くとエリーのいる位置によってその聞こえる雨の音が変わっています。
分かる範囲でその雨の音の種類について書き出して行きたいと思います。
まずはしごを登る前は主に下の雨の音が聞き取れます。
トタンのような金属系の屋根に雨が降る音
トタンに断続的に落ちる雨音
→この2つが常に鳴っている
金属(手すり、はしご)に落ちる雨音
→手すりの位置の方角で聞こえる
次にはしごに上がる最中には、下の音が更に聞き取ることができます。
金属に雨が滴る音
→屋上に到達する前の金属のアーチ部分に近づくと大きく聞こえる。
最後に、はしごを登った先の屋上では下の要素が聞き取れます。
葉っぱに落ちる雨音
→これが常に鳴っている
水たまりに水がぴちゃぴちゃ落ちる音
→定位はわからないがたまに鳴る
パラボラアンテナに落ちる雨音
左側の設備に落ちる雨音
→似たような雨音が手前と奥の2つに定位して鳴っている。
右側の設備に落ちる雨音
→前2つの雨音とはまた別の雨音が、右手前と右奥で鳴っている。
このように1つのシーンの雨音だけで、少なくとも9種類の雨音が使われているのではないかと推察されます。またこれはあくまで種類なので、もしかしたら同じ音の中でバリエーション制作(機械的に繰り返しされることを避けるために、似たような音で違うデータを作ること)が行われているかもしれません。
この結果、どの位置に居たとしてもその世界の説得力を強く感じるような環境音が生み出されています。
この9つの雨の音が使われているということはかなり凄いことで、大概の場合、1種類の雨音が割り当てられることが多いのではないかと思います。
なんで9つも準備するのか
さて、なんで9つも音を用意しなくてはいけなかったのかというところですが、これは雨音は落ちるところによって音色が変わるからということが1つの理由だと言えます。理由としては元も子もないですが。
雨の音は落ちる場所によってその響き方が変わります。その落ちる表面の材質などによって音が変化するのです。また雨音は上空から降ってくる雨が落ちる場所を振動させることによって鳴っていると捉えることができます。
例えば爪で身の回りにある物を叩くとそれぞれ響きが異なります。木材、金属、プラスチック、ガラスなど、それぞれ響き方が異なりますが、僕たちはこの音色の違いによって響いている材質の違いについて区別することが出来ます。これは材質によってResonanceが異なることが原因です。
このように材質によって音色の特徴が変わるので、雨の音と言っても、その雨がどこに落ちるかによって厳密に言えば音は変わるわけです。
このシーンは、多分1つの雨音が鳴っているだけでも成り立つとは思うのですが、ゲーム全体に通底する息を呑むほどの世界観の魅力や説得力は、ここまで細かく描写された雨音を抜きにしては成立しなかったものと思います。
おわり
さて、ここまで『The Last of Us Part II』を題材として環境音について話してきました。環境音と一口に言っても、サウンドデザイナーの音に対する観察能力が高いと、非常に細かく音が制作されることがあります。そしてこの音の作り込みがゲームから何となく感じる空気感に与しているんではないかなと僕は感じます。
そしてどうやってこんな環境音を作れるのかと考えると、音に対する観察眼を前提としている以上、少なくともサウンドデザイナーも一度インゲームでグラフィックを確認して進めないと困難だと思います。
またそれと同時に、再生の仕組みも考える必要があります。単純に雨の音色の種類を増やしたところで、どうやってその音を再生するのかという仕組みごと考えないと、似たような音が大量に鳴ってしまったり、音量がとても大きくなってしまったりと、全体の環境音が破綻するのではないかなと感じます。
高度なサウンド表現を実現するためには、アセットを作るだけではどうしても難しいことが多く存在します。そのためサウンドデザイナーがもっとゲーム制作に詳しくならないといけないと常々感じます。
というところで、環境音の奥深さについて感じていただければ良いなーと思いながら、この記事を終わりにしたいと思います。ご覧頂きありがとうございました。