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#008 『A Short Hike』の音楽について

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。昨年末は諸事情で一回連載を飛ばしてしまったのですが、改めて記事を投稿していきたいと思います。

さて新年一回目の記事ですが、昨年一番サントラを聞いたゲーム、 『A Short Hike』について記事を書いていきたいと思います。ゲーム自体は2019年に発売されたゲームで、ざっくり言うと鳥の女の子を操作して山頂を目指して島をハイキングするという、小規模なオープンワールドゲームです。

このゲームでは島のエリアによってBGMが切り替わり、1曲3分程度の曲が4曲用意されています。それらの曲は単体で流しても素晴らしいクオリティの楽曲なのですが、島を散策するゲーム体験に合わせ、インタラクティブな工夫がされています。

この工夫はゲームプレイを一層魅力的なものに引き上げていると感じたため、今日はその『A Short Hike』のBGM実装について書いていきたいと思います。

『A Short Hike』のBGM実装について

このゲームではざっくりに言うとプレイヤーがいる位置に応じて、BGMに変化が生まれるような実装が行われています。曲によって実装の仕方が微妙に異なっているのですが、大枠は変わらないため、今回の記事では遊ぶとまず最初に聞くであろう曲『Beach Buds』を例に、その細かい方法について取り上げていきたいと思います。

BGM全体のボリュームが変化する

まず動画をご覧ください。

まずプレイヤーがエリアに近づくとBGMがフェードインして流れ出します。反対にそのエリアから離れるとBGMがフェードアウトしていきます。

極めてシンプルなのですが、エリアの変化を音楽で感じることができる実装になっています。そしてフェードイン・アウトはしているのですが、実は入ったエリアや、どのくらいの速度でエリアを出入りしたかによって、BGMの聞こえ方が若干異なってきます。そのため、実はそこまでシンプルではないのですが、この点については後に触れていきたいと思います。

BGM内の楽器のボリュームが変化する

次に楽器のボリュームが変化する点です。こちらも動画を用意しました。

エリアの中心から離れるに従い、

1.伴奏
2.メロディ
3.パーカッション

の順番でフェードアウトしていくことがわかります。またこれは近づいていくと逆の順番で楽器のボリュームが変化していきます。

『Beach Buds』ではこの順番で楽器のボリュームが変化していますが、他の楽曲では、この順番が異なる場合があります。この順番は曲やエリアによって細かく調整を加えている部分なんだろうと思います。例えば『Somewhere in the Woods』では初めにパーカッションと伴奏が一緒に聞こえだし、その後ストリングスが入ってくるような実装になっています。ただここで、この曲に立ち入るとややこしくなるので、『Beach Buds』に立ち返ります。

無音エリアの存在

ところで、このフェードインの仕方は「BGM全体のボリュームが変化する」の項目で貼った動画と比べるとフェードインの仕方が異なります。前回はBGMが全要素込みでフェードインしていたのに対し、今回の動画では楽器ごとにフェードインしていました。

これはおそらく意図的にBGMを鳴らさないエリアを設定しているため、そのような聞こえ方になっているのではないかと想像します。遊びながら検証した限りでは、BGMを鳴らさないエリアが存在しており、そのエリア内では無音が優先されるためBGMが鳴らないようになっているようでした。

無音エリアから出ると、その出た位置での楽器ボリューム変化が反映された状態でBGMが再生されます。そのため、無音エリアから出た場合と、エリアから離れたところから近づく場合とではBGM再生に変化が生まれるということではないかと思います。

図にすると下のようなイメージです。前回の動画では右上の無音エリアから真ん中へ移動し、今回の動画では真ん中から右下へと移動したと捉えてもらえればと思います。

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逆にBGM再生エリアから無音エリアに入ると、入った瞬間から約5秒ほどかけて徐々にフェードアウトしていきます。このフェードアウト中も、楽器ボリュームの変化は反映されるため、無音エリアを突き進む場合と、エリアの境界付近で立ち止まる場合とでは、フェードアウト中の楽器のバランスに変化が生まれます。

フェードインに関してですが、『Beach Buds』では海側を通っていくと、伴奏抜きの状態でフェードイン再生することができます。

以上の実装を踏まえると、道沿いに進むと確実に全楽器が鳴る状態でBGMが再生されるよう、意図的に調整しているのだろうなと感じます。

この無音エリアが存在することで、BGMのON/OFFによる演出を行えるようになっている他、最初から全楽器ありの状態でBGMをプレイヤーに聞かせるような調整も可能になっています。

BGMのアレンジが変化する

最後にBGMのアレンジが変化する点について触れます。

このゲームでメインで使われるのは全部で4曲ですが、それぞれの曲ごとに2~3の別アレンジが用意されています。このアレンジはすべて(おそらく)同じコード進行をベースに制作しており、どの時間軸でアレンジが切り替わっても違和感が生じないようになっています。

『Beach Buds』の場合のアレンジ変化を録画しましたので御覧ください。

最初のエリアのアレンジ(アレンジAとします。)の楽器のフェードアウト順は、前の項目で見た順番と一緒で、まず伴奏が抜け、次にメロディが抜けるようになっています。次のエリアのアレンジ(ここではアレンジB)は、最初に伴奏がフェードインし、最後にメロディがフェードインしてきます。パーカッションに関してはアレンジ間共通のためボリューム変化は起きません。

このような一つの曲を異なるアレンジで制作し、ゲームの状況に合わせて切り替えるというのは、今までも多くのタイトルで行われてきたことだと思います。

例えば、ファイアーエムブレムシリーズでは戦闘中と非戦闘中でBGMのアレンジが遷移しますし、リングフィットアドベンチャーでは、ショップ内のBGMがウェアショップかスムージーショップかによってアレンジが切り替わるように作られています。

ただA Short Hikeの特殊なところは、散策の仕方によってはこの2つのアレンジが共存し、新たなアレンジが生まれる余地を残して実装を行っているところではないかと感じます。

動画でも感じることができたと思いますが、このアレンジ変化によってアレンジBの伴奏にアレンジAのメロディが再生されるというような状況が生まれます。つまり、散策していくと楽曲のバランスやアレンジが入り乱れ、2曲のアレンジを単純に再生しただけでは生まれないバリエーションが発生することとなります。

このアレンジ変化とバランス変化は、エリアからの距離によって変化するため、プレイヤーの操作によって細かく音楽のバリエーションが切り替わります。そして、そのように微妙に変わるから、同じ曲のはずなのになんか少し新鮮味も感じる、という感覚に繋がっているのではないかなと思います。

場所によってはアレンジAとアレンジBが両方同時に鳴ることもあります。この場合は、流石にかなり不安定な感じになりますが、それでも破綻はせずにギリギリのところで踏み止まっている印象です。この現象が発生する場所はかなり局所的なので、これはこれで許容できるのではないかなと感じます。

またこのエリアによる変化以外にも、空を飛んでいるかどうかによって弦の刻みが入るようにも実装されています。エリアによるアレンジ変化と、空を飛んでいるかによる変化、この2つを合わせるだけでもBGMのバリエーションはかなり豊富な量となります。

アレンジの変化の謎

ここまでの説明で『A Short Hike』で使われているBGM実装の手法についてざっくりと触れることができたのではないかと思います。ただここまでの説明ではカバーできていない部分もあったりします。

まずはアレンジBのエリア外に移動した際のフェードアウトについてです。アレンジBに関してもアレンジAと同じく、エリアから離れるに従い、伴奏→メロディ→パーカッションという順番で楽器がフェードアウトしていきます。

ただアレンジAエリアの方へと移動する場合にはその順番が変わり、メロディ→伴奏という順番でフェードアウトしていきます。つまり、アレンジ間の遷移と無音への遷移では、楽器がフェードアウトする順番が異なるということなのです。

フェードアウトする楽器の順番が一定ではないということは、2つのエリア間のアレンジが揺れ動く部分は意図的なものなのだろうということを裏付ける気がするのですが、なによりもどうやってこれを実装しているんだろうという部分に興味があります。

これをやるとしたら変化させたい楽器単位で減衰エリアを設定するしかないのではないかと思うのですが、それはめちゃくちゃ手間のかかる作業だよなと感じます。でも大体こういうのって合理的なシンプルな方法ではなく、手間暇かけた方法のパターンが多いので、楽器単位でエリア設定をしていそうな気がしてきました…。この規模のゲームならいけるのだろうか、それでも大変だったろうなとは思います…。

他の曲ではどうなっている?

『Beach Buds』の他に、メインで使われている曲は残り3曲あります。

そのうちの2曲、『Somewhere in the Woods』と『See You at the Top』に関して、アレンジの切り替えの字幕付き動画を用意してみました。それぞれ一部の楽器が他のアレンジでも流れるようになっていますが、どの楽器が流れるようになっているかは楽曲によってそれぞれ異なります。(そもそも、曲ごとに編成やアレンジの方向性自体が違いますので、Beach Budsの実装をそっくりそのまま量産ってのは無理だったんじゃないかなと想像します。)

意図的に編成が減るようなこともあり、本当に細かく音楽的な変化も生まれるように作られているなと感じます。

おわりに

以上で、『A Short Hike』のBGM実装に関する説明を終わります。初めてこのゲームを遊んだとき、この不意に入る伴奏の変化がかなり心に響いたので、このBGMの素晴らしさと聞かせ方の妙について少しでも伝えることができたら嬉しいです。

なによりめちゃくちゃ面白いゲームなので、興味がある方はぜひ買って遊んでみてください。PCでは各種プラットフォーム(itch.io, Steam, epic, gog)で遊べるほか、Switchでも遊ぶことができます!

サントラの方もおすすめです。ゲームのような動的な変化は楽しめませんが、それでも全部のアレンジを聞けますし、なにより最高な曲だらけなのでおすすめです。

各種ストリーミングサービスで聞くことができますが、作曲者のMark Sparlingのbandcampで購入すると、未使用楽曲のデモなども聞くことができるのでおすすめです。

以上で終わりです。今年も頑張って書いていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

#ノイズなアカデミー #ゲーム #ゲーム業界 #ゲーム音楽 #インタラクティブミュージック

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