ナマヤケ
(2019年に別媒体で投稿したブログ記事を加筆修正したものです) 今回は自分がこれまでの留学生活の中で気づいた、舞台に立つ人間として感じるやりがいには、2種類あるんじゃないかっていう話。 僕は自分を表現するために音楽をしているわけではない 僕は音大で「プロテスト・ソング」という授業に参加していた。 社会に対して自分が訴えかけたいものを曲にして発表する授業。 みんながどんどん曲を作っていく中、僕はやっとの思いで日本の過労死の現状を嘆く曲を作り上げた。先生やクラスメイト
音楽 【作曲】 "If I Never See You Again" 2019年10月の大型台風により、日本にいる家族に避難勧告が出た際の気持ちを表現した楽曲。 "My Interpretation of Yellow Music" ミュージシャン・星野源さんの「黒人音楽に日本人の歌心が融合した日本独自の音楽をYellow Musicと呼んでいる」という発言から発想を受け、 「黒人音楽の延長にあるコンテンポラリージャズをJ-POPらしい展開と融合させてみよう」と思い作成し
「来学期までにフィールを鍛えてこい」と、夏休み前最後の授業でいわれた。 僕はフィールっていうのは、演奏する曲ごとに存在する固有の雰囲気のことだと思っている。コンピューターが演奏する音楽が「なんか違う」のは、このフィールという部分が欠落しているからだってよく言われている。 場合によっては僕がいうフィールをグルーヴだと定義づける人もいるし、そこに関しての解釈は人それぞれ。グルーヴは、個人が持つ普遍的なリズムのとらえ方とそのリズムの強固さで、フィールはそのグルーヴの上に成り立つ