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『欲の涙』⑥
【再会】
どうやら谷川はこのプッシャーと一緒に一時期、ネタを捌いていたとかなんとか。取り分かなんかだろう、揉めて仲違いした原因は。
まさか、こんなところで「再会」とはな。
「破門になって、ケツも持たないで好き勝手やってくれてんな。シマを荒らしてんの。分かるだろ?」とプッシャーが、二人の因縁に火をつけた。
「お前はケツに守ってもらってばっかりの疫病神だよな」
「元はてめえがケジメつけなかっただからだろ?ナメんなよ」
「しつけえな、お前は。こっちは取り込み中。終わったら『あの頃』のヤキまた入れんぞ?」と、谷川が一蹴する。
プッシャーが黙り込んで、近くのコーンを蹴り散らした。余計に目立つからやめてくれよ。この勢いだと、谷川対プッシャー、ひいてはオレら対憎堂一家の揉めごとになりかねない。
本来の、こちらの目的とは、無関係な血なまぐさい抗争になりかねない。そうなると、話がこじれる。まあ、どうなるかは中島次第でもある。
事前につかんだ情報--。
憎堂一家が絡んでいるだけあって、組長の三上に来られたら、たまったモンじゃない。面識はあるが独自の距離感を保たないと、うまいこと商売できたモンじゃない。
利害関係にあるんだ。
利害の不一致があろうものなら、劣勢な時は即座に、こちら側が仏になるのがオチだ。ほかの事件屋もどっかの組とつながっている可能性すらある。
つねに腹の探り合いだ。
***
3年前にさかのぼる。
谷川は「ヘタ」を打って憎堂一家の敵対組織、儀仁組を破門された。それから、ブツを捌いていた、プッシャーの中島とともに商売するようになった。
ところが、ケツ持ちをつけずに派手に「押し」まくると、組のモンから何をされるか分からない。そこで中島は上納金を預けて、シノギを拡大する気でいた。
一方、谷川にとっては具合が悪い。敵対組織から破門を喰らっているわけだし。憎堂一家が真っ先に、谷川を攻撃してくるに決まっている。こればかりは谷川にとって不利だ。
歌舞伎町から消えるか、捌くのを止めるかの2択。
ただ、時すでに遅しだった--。谷川に相談せず、中島は憎堂一家に話をつけていた。要するに、谷川を捨てて、一人でシノギをデカくする絵を描いていた。
ある日。
憎堂一家の構成員が谷川にカチコミのリンチ。ボコボコにされた。谷川からすれば、何が元凶なのか分からない。
組員から「中島とは一緒に組めねえからな、ガキ」
で、ブチギレた谷川。--2年前に谷川が容赦無く叩きのめしていたのがプッシャーの中島。因縁の再会というワケだ。
***
中島が電話を取り出した。
「います。はい、二人」--組員に応援を要請している。ピンチだが、ヤクザモンがくることも想定していた。その場しのぎの逃げるための「材料」も仕入れておいた。
5分経過。
鉢合わせたのは、長野の秘書と憎堂一家の末端と思わしき構成員--。このメンツが一箇所に集まるだなんて、かなりおかしな光景さ。
とはいえ、だ。
かなりの緊急事態だ。誰かオレが先、次に谷川、カオリさん・ひめのの順だろうな--が複数人死んでもおかしくない場面だ。
コイツは、下ッ端を連中をまとめる、下ッ端の中の一番上クラスって位置づけになるのだろう。
空気がピリついた。オレにイチャもんをつけると踏んだ。だが、思わぬ方向へ--。
「中島!手間かけんなっつっただろ?お前は事前にトラブル食い止めるのが役目だろ?あ?」
「すみません・・・坂本さん」とさきの勢いが消え失せた。
こちらとても、まるっきし状況が読めない。というか、今の段階で、「誰」が「どう」つながっているのか、完全に整理するのは無理筋だ。
ただ、中島が劣勢にあるというのは、こっちにとっては有利。強気に出られるチャンスってことだ。
「中島の兄ちゃん、プッシャーのクセして憎堂一家に無断で風呂敷広げてんだろ?」
谷川は笑った。
--「相変わらず疫病神だな」
「売人と売春宿の管理以外の余計なコトに手を染めてねえか?末端のヤツとよ」オレが詰める。
「何のことだよ、てめえ」
「オイ、中島。自分の口で話すか、あそこのハンパモンに話させるか、どっちか選べ。一切聞いてねえぞ」と、坂本。
切り込むチャンス。強気に出られる。
「伊藤とかいうヤツとタッグで、北条の店にあっ旋した額のピンハネしてんだろ?ナイショでよ」と言い、携帯電話を中島に投げつけた。
【ビンゴ】
すでに手を打っておいた。北条からの聞き込み。まず、憎堂一家との関係を探りたかった。が、いきなり直球は警戒される。
そこで、だ。
推測にもとづいた「あり得そう」なハナシをつくりあげ、それが本当か、北条にじかに確かめてほしかった。ウソなら「ウソのタレ込みもあるみたいですね。このウワサを消しておきます」と言ってごまかす。「ウワサ」もなにもオレの作り話に他ならないが。
高を括った発想だ。ここは演出しかないーー。いかにも本当の話かのように、推測を投げつける。大事なのは緊迫感を出すコトだ。
深妙な表情で、オレの読みを伝えたら、北条は中島をツブせる機会を虎視眈々(たんたん)と、待っていたとのこと。
当たり。
北条からすればピンハネ料をカスられるのは迷惑。中島からのテレグラム上のやりとりが、残っていた。
「明後日には中島のピンハネをやめさせるように、どうにか話つけておきます。データを別の端末に移し替えてもいいですかね?」と、北条に訊くや否や快く応えた。
「頼むよ、中山クン。正直コッチも迷惑なんだよ。上のモンと話つけてくれないかな?」
「身バレは大丈夫ですか?」
「むしろバレた方が助かるよ。ウチと憎堂一家はつながっているんだし。上のモンに言ってもらわないと、オレだってこの街でやってらんないって」
トレードオフ成立。
「はい、コレ。ドジったらどうなるかは分かるよね?」と、言いながら、ズクが3束。報酬の前取りをさせるとは、なかなか北条もあざとい。
「ケジメつけますんで。憎堂会にはツブされないように」とだけ残して、オレはその場を去った。
***
「履歴だよ、坂本さん。中島は伊藤と組んで、ホストからカスめてんよ。テレグラムのやりとり載ってってからさ」。その場で、中島の髪をつかんでいた。
「自分の担当以外すんなって徹底して言ったろ?オイ」と、押し問答。
緊迫した空気感が漂うなか、長野の秘書が着いた。あ然としている。皆目見当がつかないといったところ。
こんな場面に遭遇したことのないカオリさん・ひめのは、恐怖のあまり、声を出さなくなっていた。
「間違いないでしょう?引き受けて、車に乗っけてあげて。オレは面倒みられないし」
「分かりました」というと、秘書はaudiのセダンにカオリさん・ひめのを乗せた。早くここから去ってくれ。
【想定外】
坂本は、長野の秘書が去ってゆく矢先に「あ、秘書さん。長野に訊いてください。『疾走は想定外』だったか」と言葉を投げ、嘲笑しているように見えた。
秘書は事態を飲み込めずに「お先に!」とだけ残して、カオリさん・ひめのを車に乗せ、すぐさまその場を去った。
小声で「谷ちゃん、ズラかんぞ」と言った瞬間、中島めがけて、思い切り走り込んで腹パン。その場で中島は崩れ落ちた。
オレらは走って逃げた。話すだけ不利でピンチな状態にある。どうにか切り抜けられそうになった、といったところ。事務所に行く運びになったら、バツが悪い。
谷川の乗ってきた車に駆け込み、そのまま新宿からいったんは離れることにした。中野区。数日は待機だ。
言っただろう?あくまでその場しのぎだって。