『欲の涙』➓
【手引き】
北条とアイツの回しているホストの幹部とが、コソコソ話をしていた。
恐らく「あの」話。
オレが三上のところに出向いた時に、北条へのイラ立ちが昂じた理由--中島と伊藤が、みかじめ料を徴収しなくなれば、得られるあっ旋とヤクの売買での、利益を北条と幹部で山分けする算段だった。
実は陰で自分たちの利益を計算していたからだ。
オレが坂本に「あの日」投げた携帯電話には、その「利益は大きい」と、ホストの幹部とのやりとりが残されていた。
三上の「仕込み」かもしれない。アイツはオレをツブすのを目論んでもいる気がするんだ。オレが跳ねて、自爆するよう目論んでいる可能性も十分にある。
だとしても、だ。北条にインネンをふっかける材料にはなる。
「奇遇ですね、北条さん」と言い、オレは即座に胸ぐらを掴んだ。北条は、持ち上げられているような格好。
ここは勢い、叩き込むか。イスも蹴飛ばした。隣に座っている幹部が突っかかってこないように、とにかく演出する。
「で、アンタよ。中島と伊藤をオレに消させて、懐を潤わせるハラだったんじゃねえのか?」
「・・・」
「なあ、携帯出せよ。ここだとうるさくなるべ?外だ」と言い、店主に目配せした。明日、謝罪費でも包むか。
その矢先。
会計をしていた坂本が足早に、近づいてきた。「中山!お前ってやつぁ!」と、まあ当然の反応。今さっき、モメごとは止めようと、オレがクギを刺したのに、真逆のことしているワケだしな。
「坂本さんさ、北条が汚ねえことやってんだよ。オタク、北条の系列のケツモチだろう?付き合ってくんねえか?」
「うむ!」と妙に意気込んでいる。さきのオレに対しては、好戦的だったのに利害が絡むと、牙を向く相手を一瞬で変える。
「と言っても、俺は三上組長に忠実だぞ!」
そういう話じゃないんだって。まあいい。
「忠実なヤツほど大事な話だ。来なよ」と淡々と伝えた。店を出、歩道で坂本と幹部をオレと坂本とで囲んだ。
雨はもう止んでいる。
アスファルトには、雨水が残っている。マンホールが夜のネオンを反射し、まがまがしく映る。
夜中--歌舞伎町が賑わう時間帯で、踏み込んで言えば、誰かをブン殴ろうと、誰も気にかけない--は、悪い意味で忙しい時間帯。
「坂本さん、オレの渡した携帯持ってっか?」
「ああ、ある。組長に見せたら『持っておけ』ってな」
「中身はしっかり見たか?」
「多分!」
なるほど。それでも動かなかった坂本は相当トロいな・・・
アテにならない。諦めも大事だ。
「携帯のフォルダにあるスクショ見てみ?中島と伊藤がかすめていたみかじめ料を納めないで済むように話を運ばせた。んで坂本と上のモンが、浮いたカネを手元に入れる計画だったんだよ」と言い、坂本は中身を確認。
「イケないね、これは。北条、お前は何してくれてるんだ?」と、この場は、武闘派の坂本にバトンタッチ。
坂本は北条にキツくお灸をすえていた。もう一人の幹部は足がすくんで、その場から逃げようとしているのに、縛られている--坂本とオレが捕まえるのだから。
オレは幹部に歩み寄った。
「で、どんな話だったんだよ?」
「な、中山さんなら、『ウチ』と組をうまくつなげてくれ・・・」と話す口元には泡が浮かんでいた。かなり緊張しているんだろうな。動揺もしている。「で?」
「くれるから、つなげてくれるから、大きな問題にはならないだろう、僕たちの手元には、まとまった金が定期的に入ってくる、その金で・・・」
「自分たち用のネタを買えるってわけか?はい、持ち検」と詰め寄って、ポケットの中身を全て出すように圧をかけた。
ビンゴ。
シャブのパケが一つ、合成麻薬が10錠出てきた。「北条は?」
「こ、これが北条さんと僕の分で・・・」と返してきた途端に、怒りに身を任せて、顔面にパンチを入れた。顎にストレート。アタリが良かった。歯肉から血が流れている。
「坂本さんよ!北条の持ち検してみ?ネタ出てくんぞ」
「おうよ!」と応えたあとに「お仕置きレベルの量だな!どうやって仕入れたんだ!」とデコ顔負けの、尋問に進んでいた。
ヤクザモンより警官のほうが合っていると思えることが何度かある。どういう時か?--尋問する時。デコ並みかそれ以上にキツいんだよ。
「な、中島さんからです」と、北条は吐いた。ここで、話はひと段落つく。
オレが中島と伊藤を消させた体にして、自分たちは中島たちからネタを融通してもらっているワケだ。
「坂本さん、『アッチ』の件があるんで、北条はオタクらに任せるよ」と伝えた。坂本は北条に「落とし前」をつけるよう迫っている。だが、北条に時間を費やすわけにもいかない。
「アッチ」ーー。長野の件が先決課題だ。
「今日はここまでにしよう。明日の夕方5時に同じ喫茶店でよろしく、坂本さん」
「おう!」
「右翼の舎弟も連れてこい」
「なんでだよ?北条たちと関係ないぞ」
・・・返す言葉が見当たらない。相変わらず、肝心なところで的を外す。
「あの件を片付けるのに都合がいいから、頼むな」
「長野か!最初にそう言えばいいのによ」とやや怒り気味だ。しかし、内心では「ネタバレじゃねえか」と、こちらもキレそうになっていた。
北条たちがオレらの計画を邪魔した結果、オレらがヘタを打ったら?バレないためにあえて名前を伏せたのに、坂本は自ら、作戦を失敗させようとしているとしか思えない。
素の姿なんだけど。
その晩はオレと坂本は解散。北条に何かを強く伝えて、坂本もその場を去った。
その日を境に北条と幹部の姿を見なくなった。どうされたのか、知っているのは憎堂一家の組員--その中の一部--だけだろう。
すべてを知ろうとすると、落とし穴にハマる可能性が高い。
そういう時は、流せばいい。
言っただろう?「贅沢」をしないのがルールだって。
歩いて家=事務所に戻った。どこか、秋の寒い風が吹いているように思える。もう明け方に近い。
歩きながら、ふと気がついた--傘がない。多分、喫茶店内だろう。取りにいくのもおっくうだった。
【水面下】
***
ホストモン二人組--ツバサと大学生ホストモン--と、階段の踊り場で鉢合わせた。《こんな早くに?》と思いながらも、職業上、色いろあるのだろう、と結論づけた。
「お疲れよ。こんな明け方まで」
どうも具合が悪そう。
なんというか、誰に相談したらいいのか分からなくて、普段以上に青ざめた顔で、オレにひと言、ツバサが何かを打ち明けるかのように、切り出した――。「ひめのさんが死にました」
背筋が凍てついた。
「何時?」
「夜中2時です」
コレは三上か、アイツの下のモンの仕業だ。少なくとも坂本ではない。
「調書は?」
「退店見送りの時に轢かれたので…」
「先に言っておく。お前ら、北条の息がかかってない系列店に移れ。アイツは終わった。詳しくは明後日以降に話すよ」
想定通りだが、何が何だかと言った様子。カオリさん=ひめの急死に当惑し、オレのかけた言葉の真意が読めず、慌てているのが、声音と、泳ぐ目線から伝わった。
水面下でコトは進んでいたのだ。
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