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【おすすめ小説11】貫井徳郎の描く人間の愚かさ 傑作ミステリ『愚行録』
どうしてあんな順風満帆な夫婦が殺されたんですか?
人間は誰しも愚かさを持っている
わがままで醜くて自分が一番可愛くて他人の傷なんてどうでもよくて
「愚かさ」をテーマにしたミステリ群像劇
こんにちは、名雪七湯です。本紹介も10回を超えた今回はオフィス北野により映画化もされた貫井徳郎さん『愚行録』を取り挙げたいと思います。
1、本情報、作者情報、あらすじ
『愚行録』2006 貫井徳郎 東京創元社
第135回直木賞の候補となり、2017年に映画化もされました。
著者の貫井徳郎さんは『慟哭』が代表作であり、『乱反射』で第63回日本推理作家協会賞を受賞、同作は2018年にドラマ化もされました。
以下、あらすじです。
幸せを絵に描いたような順風満帆な一家、田向家。イケメンで働き者の爽やかな夫。献身的で愛想も良い妻。ある日、田向家一家四人が惨殺された。ご近所さんは「どうして」と嘆くが、周囲の人達に取材を続けていく内に人としての醜い部分、愚かな部分が表向きにされてゆき……。
2、魅力:人間と愚かさ
何度も繰り返しますが、今作のテーマは人間の愚かさです。
作品は田向家の惨殺の犯人を暴く、という形で様々な人に取材を重ねます。田向夫婦の過去にまつわる人たちから語られるのは、彼らの愚かさ。表向きは「うらやましい」と聖人化される夫婦ですが、二人の汚さが露呈します。しかし、その二人も周囲の人間の汚さに触れながら生きて来ています。
人間、生きていれば汚いことをし、周囲の人に汚さを見せつけられます。
「誰でも愚か」ということを徹底的に描き出す一作となっています。
3、魅力:語り 心理描写と真実の多角性
語りは独特で、取材に答えている方の声だけを書きます。
百聞は一見に如かずということで、序文を引用させて頂きます。
ええ、はい。あの事件のことでしょ? えっ? どうしてわかるのかって? そりゃあ、わかりますよ。だってあの事件が起きてからの一年間、訪ねてくる人来る人みんな同じことを訊くんですから。(P9)
というように、話し言葉で二人称の形を取ります。
これにより、言葉の端々に滲む心理が上手く表現されています。田向への憧れや憎しみや嘲笑など、一つ一つの言葉が精選され精巧な表現方法になっています。話し言葉ですので、難しい言葉も少なく、さくさくと読み進めることができる一作となっています。
また、「田向さんがどんな過去を送ったか」は、もちろんもう田向さんは死んでいるので本人に聞くことができず、周囲の人間に聞くことでしか輪郭を掴むことができません。すると、不思議なことに全員が語る過去が違っているのです。自分の目に見える他人なんてものは人によって異なるのです。
例えば、田向さんに憧れている人には彼らが聖人君主に見え、彼らを恨んでいる人には彼らが性悪な悪魔のように見えます。と言ったように、この世に確実な過去というものが存在しないことが浮かび上がります。
4、最後に
貫井さんの描く作品は暗くじめじめとしていますが、迎えるラストが衝撃的で人の汚さが上手く表現されておりリアリティに富みます。作品は300ページもあるので、最初に映画を観てみるのもいいかもしれません。
またお会いできるのを楽しみにしております。