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Webメディア編集者が『最近のウェブ、広告で読みにくくないですか?』(星海社新書)を読んで抱いた“強烈な違和感”
賛否両論さまざまな感想が聞こえてくる『最近のウェブ、広告で読みにくくないですか?』(星海社新書)。
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Webメディアの末端にいる人間として読んでおこうと思い、読んだ。
以下、どんな感想を抱いたかを記す。
と、その前に本エントリ筆者は、ざっくり以下のような人間。
・「出版社系Webメディア」の編集者
・個人の年間PV(外部配信先/Yahoo!ニュースやSmartNewsなどを除いて)は概ね1〜1.5億程度
・小規模出版社での書籍編集、Webライターを経て、今の編集部に“ジョイン”。4年程度が経つ。編集職歴は十数年
◆◆◆
●書籍の構成
さて。『最近のウェブ、広告で読みにくくないですか?』。新書のなかでも平易な内容で、読み終えるのに要した時間は2時間足らず。
書籍の大まかな流れは、
・Webメディアはアドネットワーク収益のために広告の表示回数(≒PV)を増やしたいと考えてきた
・上手く回っていた時期もあるが、アドネットワーク経由の広告収益は減少しており、今後もその傾向にあろう
・そもそもWebメディアがPVを増やすべくとってきた施策(ページ分割は読者の体験を損ない、画像PVは収益に直結しづらい)は本質的に不毛。
・お金を稼ぐ=持続的なメディア運営のために重要なのは収益がKPIになるのが筋。また収益にPVを稼げばいい世界ではなくなっている。
・著者が編集長を務める「MINKABU」は有料記事、会員の獲得で収益確保することを目指し、一定の目標を達成した
・編集者がWeb編集者として生きていくために必要なこと
・これからのWebメディアはどうなっていくのか
という具合で、大勢については概ね同感した。読者にとって(特にYahoo!ニュースとパブリッシャーの関係性を説明した箇所など、関係者にとっては自明であるものの)新たな知見となろう情報も記されている。著者が編集長を務めるサイトのフレームワークも「よく考えられてんなあ」と感心させられる。
が、界隈に携わる身としては、ちょこちょこと「うーん……?」と首を捻ってしまう点が少なくない。それが本エントリのタイトルにした“強烈な違和感”(Webメディアのある種のジャーゴン)につながる。
●違和感を覚えたいくつかの箇所
具体的な例をいくつか挙げる。
・もはや釣りタイトルですやん
書籍タイトルにある「最近のウェブ、広告で読みにくくないですか」問題についての著者の考えは、書籍冒頭10ページ程度でさらっと結論(電通調べの「日本の広告費」の推移をもとにネットワーク広告のシュリンクを指摘。サードパーティクッキー廃止をめぐる騒動も絡む単価減に抵抗するため、広告の表示数が増えているのではないか)づけられる。
PVが増加しても下がりゆくeCPM→eCPMの減少を補填するために広告数が増え、読者にとっては不快なケースが多い高CPM広告が増加する(一般的にバナーよりもリワードの方が10倍ほどの数値になるよねえ)。というお決まりのやつだ。
そうした流れについて、数字をベースに論が展開されるでもなく、以降のおよそ200ページはWebメディアの存亡、健全化、そしてWebメディアで働く人々の生存戦略についての検討が続く構成となっている。それでいいと思う人もいるかもしれない。
が、タイトルから想起される「Webメディアがなぜ汚染された広告(不快画像の表示、ユーザビリティの毀損)にまみれているか」の根本的な原因に迫ろうとはしていない印象を受けた。ウェブの悪辣さをそのまま照射した釣りタイトル本ですやん。そんな印象を受けた。
「“最近のウェブ”、広告で読みにくくないですか」という問題。要は“最近”不健全になっているという手つきなのであれば、過去との比較は必須で、例えば1990年時点のWeb広告はこうで、2000年時点、2010年時点、2020年時点の広告はどのように変化してきたのか。表示数や削除方法、広告種がどのように推移してきているのか。そうした巨視眼のなさはどうにも不自然に思えた。
ここ数年の流れのみに目を向けて、悪質ウェブ広告について論じるのであれば、嫌われの代表格であるマンガ販売プラットフォーマーへの取材(クリエイティブによるCTRの違い、最低でも嫌悪されていることについての見解程度だとしても)、ないしGoogleの広告担当者の現状認識についての聞き取りがあると、(回答の空疎さが予想され)問題の根深さに迫れたように思う。
・事実誤認といいますか
「ヤフーニュースのコメント欄について、差別的発言や誹謗中傷についてさまざまな批判があるが、新しいサービスの成長に伴い問題は発生するものだ。その問題に対応しているヤフーのコメント欄ではAIにより誹謗中傷や差別発言は少なくなった。」(p.38)
この記述は誤りだと思われる。
ヤフーが行っているAIによる自動コメント削除での削除件数は2021年12月の発表で、全体投稿における2%強(削除件数に対しては約70%)にすぎない。一方、コメント投稿者への電話番号認証必須化を行った年度では、悪質ユーザーが(ユーザー数レベルなので単純比較はできないが)、56%も減少している。
無論、AIが悪質投稿のパージに寄与していることは疑いの余地がないが、「AIにより誹謗中傷や差別発言は少なくなった」とまでは言い切れない。
むしろ、LINEヤフーが公表している「メディア透明性レポート」にある通り、“特に 23 年度においては、次節で詳しく⾒ていくとおり、AI 等による⾃動削除や違反報告を契機とする削除の件数が⼤きく減少しています。このことは、⾃動削除や違反報告の対象となりやすいような違反投稿であることが⽐較的明⽩な投稿が減少しつつある可能性を⽰唆しています。”そもそもAIによる誹謗中傷や差別発言削除件数自体が減っているのだ。
個人情報の提出によって悪質ユーザー数が半分に減少した。そもそもAIによる削除件数自体が減っている。この二つのファクトを結びつけると、悪質投稿自体が減少した理由としては、開示請求の一般化も絡んでか、コメントを書き込む人々の規範意識が変化しているあたりに見出せると考えるのが自然だろう。
・Yahoo!ニュースが抱える問題に対するスタンスそれでええのん?
著者はYahoo!ニュースの抱える問題点に切り込むことはなく、ある節の末部には「今でもヤフーを批判している人もいるし、改善点がないなんてことはないだろう。現場で真摯に対応している社員たちに、感動を覚えてしまう。」(p.38)とまで記述する。
いくらなんでも、Yahoo!に対して甘いと感じる。
カノニカルを自社に向けていた問題や、いまだ透明化されていないPV単価、さらに、Yahoo!の独断でコメント欄が閉鎖されている媒体(一例としては週刊女性PRIME)だってある。
それぞれの是非はさておき、Yahoo!は(Googleも Appleもだが)パブリッシャーに交渉材料すら与えていない。いわば優先的地位の濫用に近い行為だ。だからこそ、公正取引委員会も問題解決に乗り出してきている。
それほどの問題なだけに、巨大プラットフォーマーが抱えるネガティブな面に関する指摘がほとんどなく、あまつさえ「感動を覚えてしまう」とまで記すというのは不自然……というか、ビジネスパートナーへの政治的忖度と邪推してしまった。
・矛盾しているような記述
記事タイトルについて、著者は「なんなら記事というよりもタイトル1本1本の勝負だ。」(p.129)としながらも、「少なくとも、これまでの経験ではタイトルが長い方がクリックされる傾向があるように私は感じる」(p.165)
と述べている。
仮説であるというエクスキューズはあるが、数字的根拠は示されず、抽象的な印象論に過ぎない。重要であるはずのタイトルにもかかわらず、また、数字を見て対策を取り続けていくのがWebメディア編集者に求められる姿勢の一つにもかかわらず、ふわっとした印象論で話が終わると、数字に基づいての判断を怠っているように受け止めてしまう。
いや、PV獲得であったり、広告単価の高い記事を作ったり、はたまた別のCVを達成するにあたって、数字に基づかない編集者のセンスみたいなものも重要ではある、とも思うが、重要な要素については、何かしらの根拠が必要じゃなかろうか。
なお、俺が働くWebメディアで、(外れ値の影響を除いて)「タイトル文字数とPV数」の相関関係を分析してもらった際、係数は0.1以下で相関は見られなかった。
……と、そんな具合で、他にもWebメディアに勤める立場として、「うーん?」と首を捻ってしまう箇所があった。とはいえ、それはある意味仕方なくもある。
●エッセイ・体験記として読むのがベター
というのも、書籍は主観をベースに展開されるつくり(参考文献や典拠は多くの場合で明示されておらず、当然ながら一覧もない)で編集、執筆されている。著者自身も「私が見てきたこと感じてきたことを書き殴ってきた」(p.173)と行っているし、個人の主観、一面的な見方に立脚しているわけだ。
※ところどころ第三者意見として他媒体の編集者のコメントや調査報告が挿入されたりはするものの、主観を傍証するために引用されている程度
それだけに、また別の立場の人が読んだときに、一方の主張に違和感を覚えてしまう。そもそもこのエントリも俺の感想でしかない。なんにせよ、『最近のウェブ、広告で読みにくくないですか?』は、一人のWebメディア関係者の狭い視点でみた史観であり、私観であるという留保のもと、読むのがよいように思われる。
◆◆◆
●どうすればWebメディアはよくなっていくのか
さりとて、なんだ。批判ばかりをしていても仕方ないし、同業界の人間として、著者の鈴木氏の「誰からも搾取せずに、十分な取材費を賄いながら、良質な報道をどうやったら実現できるのか。」(p.175)という気持ちは同感である。アグリー、アグリー、そう思う。
そこで、無料Webメディアの編集部に在籍する俺が、現実的なところで「稼いでいくにはネットワーク広告だけに頼るんじゃなくて、こうしていくのも一手かもね?」と考えるアイデアを最後に記す。
・動画の拡充、コンテンツ最適化
これから10年で広告単価が4倍に上がるなんて風説も聞くYouTube。無料Webメディアが参画する/したともよく耳にするし、参画しない手はないと感じている。
動画単体でビジネスとして成立させられるかはわからないが、その動画を起こす方向で記事化するなどコンテンツを最大化して発信していけば、どうにかなるかもしれない。要はテキストメディアが、TBS NEWS DIGやABEMA TIMESのようなスキームを生み出すようなイメージだ。そもそも起点が違うし、工数、必要予算は増えるが、それでも動画広告収益は無視できないフェーズに入っている。
実際、スポーツメディア「Number」では、ドキュメント番組「NumberTV」を動画プラットフォームで配信し、収録の内容を雑誌でも紹介、さらに誌面での記事をWebサイトに転載するといった試みが行われている。こうした取り組みはさらに広がっていくだろう。会社によっては、既存のコンテンツを動画化する(たとえば漫画をYouTubeにアップしたり)というのもありかもしれない。
・広告表示を許容してもらえるようなステートメントの表明(≒読者/ファンとの連帯)
書籍でも触れられる通り、現実問題として、アドネットワークの収益低下によって無料Webメディアは苦境に陥っている。
著者はそれに対し、サブスクメディアへの舵切りというかたちで抵抗しているが、一方、業界全体を見渡したとき、アドネットワークの広告収入を無視できないのもまた事実。そこで、ファーストパーティクッキーを確保する方向に舵を切るのも一手。だが、どんなメディアでも、そのメディアを愛してくれる読者がいるわけで、そうしたロイヤル読者とコミュニケーションを取るのも大事なんじゃねえかと思っている。
ゲームメディア「AUTOMATON」は「AUTOMATONサイトリニューアルの実施のお知らせ。リニューアル理由と記事内広告運用方針について」という記事で、自メディアのステートメントを表明し、読者からは「これからゲームの記事はAUTOMATONさん贔屓にしよ」「こういうポリシーを表明してくれると判断できるから助かる」など、概ね良好な反応を受けていた。
読者とコミュニケーションをとりながら、不快な感情を少しでも軽減してもらう。いくらか後ろ向きな発想ではあるが、何もしないよりはマシだし、誠実だろう。
・ドネーション制度の構築
ジャーナリズムで駆動する米の調査報道サイト「プロパプリカ」のような形は本当に理想的……だが、(同社は営利企業ではないし、かつ、)寄付文化のない日本では同様の形を成立させるのは困難だろう。が、読者と何らかの形でコミュニケーションをとり、メディアを応援してもらう、推してもらうことが絶対に不可能だとは思わない。
メディアとしての指針をファンの反応に左右されない体制は必要だが、ドネーションの制度をサイト内に組み込むことは、やらない選択はない打ち手だと思える。
・プラットフォーマーとの積極的交渉
新聞系メディアは高額に、雑誌系メディアは少額に設定される傾向にあるYahoo!ニュースのPV単価。であるからして、影響力の強い新聞協会は藪の中の蛇を突くようなムーブを起こさない。新聞協会と雑協が利害を一致させて連帯するのは困難。故に大きなゲームチェンジは望めない。
それでも、一メディア単位で、PV単価とレベニューシェアの合算支払いを要求する(たとえ無理だったとしても)といった交渉を行うのもいいのではないかと考える。Yahoo!ニュースに対してだけでなく、ライブドアニュースやSmartNewsその他のポータルサイトに対しても。
パッと思い浮かんだのはそんなところ。
今のインターネット空間は、筒井康隆の『にぎやかな未来』となんら変わりない世界に堕ちている。未来が今より少しでもマシな状況になるのか。誰にもわからない。未来について考えることはいつの世も暗さがつきまとうが、まあ、どうにかできることをやってサバイブしていくしかない。そんなところで。