短編小説 「雨とコーヒー」
私は、1人コーヒーを飲んでいた。
エスプレッソだった。
本当なら、今、私はクリスマスマーケットにいるはずだった。
なのに、私は薄暗い部屋で、苦いエスプレッソを啜っていた。
クリスマスマーケットに行かなかった理由は、2つある。
1つは、雨が降って来たからだった。
昼ごろから雨が降り出して、今、夕方でも降り続いている。
耳を澄ますと、静かな部屋に雨音が染み込んでくる。
けれど、本当は、こんなことは大した理由じゃない。
本当に、大きな理由は、2つの目の理由のほうなのだ。
それは、彼氏に振られたというものだった。
彼とは、大学から付き合っていた。
もうすぐ、5年だった。
クリスマスの予定まで立てていた。
なのに、振られてしまった。
振られて1週間は、立ち直れなかった。
ボーッとしていて、仕事でも、ミスが続いた。
恋愛相談をしていた上司は事情を理解してくれていたようで、カバーをしてくれた。
振られた理由は、他に好きな人が出来たというものだった。
浮気や喧嘩別れでないだけに、うまく彼への愛を忘れることは難しかった。
それでも、今になって、一方的に振ってきた彼に対して、愛も少し冷めて、怒りが沸々と湧いてきた。
あんなに、何度もお互いに愛を交わしてきたのに。
思考が一旦止まり、しーんとした中、外から聞こえる雨音が大きくなってきた。
雨が強くなってきた。
少し、寒くもなってきた。
カーディガンでも羽織るかとクローゼットに向かった。
そのついでに、外の様子を見てみた。
案の定、雨粒は、激しく道路に打ち付けていた。
また、外はすっかり、クリスマスムードだった。
家々は、赤や緑、白など様々な色に彩られていた。
さらに、行き交う人々は、カップルと見える人が多く、みんな微笑みながら、楽しそうに並んで歩いていた。
それらを見た私は、ため息をついて、カーテンを閉め、カーディガンを取りに行った。
カーディガンを羽織って、リビングに戻ってきた。
さっき見た外の景色と違い、薄暗く、寒々しかった。
机の上には、まだ暖かいエスプレッソコーヒーだけが静かに立っていた。
彼が好きだったコーヒー。
私は、ソファに座ると、エスプレッソコーヒーを息を吹きかけて、冷ますと、一気に飲み干した。
「うん、やっぱり苦い。」
そう一言、言っても、いつものように、「お前には、まだ早い」と言う言葉は返ってこない。
私の一言は、この静かな空間にただ、消えて行った。
残された私の舌には苦味が、まだ残っている。
耳には、激しく降りつける雨音だけが、耳に響いていた。
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