今夜、全ての悲しみを洗い流してくれ
バー『流』のカウンターでさっきから男がママに訴えていた。
「こんなに取り乱してごめん。だけどどうしようもないんだ。毎日こうやって自分にアルコールを注いで悲しみを忘れたフリをしてるんだ。だけどもう耐えられない!なぁ、ママ。今夜この悲しみを全て洗い流してくれないか。アンタと俺は長い付き合いじゃないか。こんなことアンタに頼むなんて確かにおかしいんだ。アンタは酔っぱらいの戯言だなんて思うだろう。確かに俺は酔ってるよ。だけど俺もう自分が抑えられないんだ。悲しみが溢れすぎて誰かに洗い流してもらわないともう自分が壊れてしまいそうなんだ。せめて今夜は俺の話だけでも聞いて欲しい。いや、聞かなくてもいいんだ。お願いだから止めないでくれ!」
男の悲痛な叫びが彼の他に誰もいない店内に響いた。ママは拭いていたグラスを置いて男に語りかけた。
「私はあなたの話を聞き流したりなんかしないよ。全部聞いてあげる。そして私が今夜あなたの悲しみを全部洗い流してあげる。だから私と一緒に中へ入って……」
ママのおもわぬ言葉を聞いて男は思わず顔を上げてママを見た。そこにはバーのママではなく彼を潤んだ目で見つめる一人の女の姿があった。
「さぁ、いきましょ……」
女は店を閉めると男の手を取ってバーの奥の自分の部屋に彼を導いて行った。
「ハイ!もう氷水一杯行くわよ!アンタ何ピーピー泣いてんのよ!いつまでもそんな甘ったれた性格してるから悲しみが洗い流れないとか泣きべそかくのよ!オラもう一杯だ!今夜はアンタの悲しみが洗い流れるまで何杯でも氷水注いでやるからな!」
「やめてぇー!凍えて死んじゃうよぉー!もう悲しみは洗い流れたから氷水注がないでぇー!」
「やまかしい!そうやって嘘ついて自分を誤魔化すな!そうやって誤魔化してまた明日も悲しみが洗い流れなーいとか泣きべそかいてウチにくるんだろ!お前みたいなのは心身を徹底的に鍛えなきゃダメなんだよ!ほらこれでもくらえ!」
「ウワァー!誰か助けてぇ!」
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