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山水画

「なんだこれは!」と現代最高の山水絵師桃山原郷は私の山水画を酷評した。

「お主は山水画を南蛮の風景画と勘違いしておるのか?なんだ平ぺったい川は!なんだこの写真からコピーしたような山は!なんだこの川の真ん中の将棋のような岩は!なんだこの川辺の土は!よいか山水画は風景画ではなくて仙人の詩境を書くものぞ!目の前の風景をただ模写するのとは違うのじゃぞ!よしワシがお主に本物の山水画を教えてやる!早う筆を持ってそこになおれ!」

 それから桃山は床に真っ白な掛け軸を敷いて私を座わらせて言った。

「よいか!これからワシの教え通りに書くのじゃぞ!もしワシの教えにちょっとでも逆らったら即刻叩き出してやるからな!」

 そうして桃山の熱い指導が始まった。彼は事あるごとに私を叱った。

「愚か者め!なんじゃこの川は!まるで死んでいるではないか!川は生きておるのじゃぞ!そんなぼかした絵の具を使っているから川が描けないのじゃ!川は墨で黒き線を蛇の如く一筆で書くのじゃ!さすれば川の白さ浮き出て生きている様に見えるじゃろう!そうじゃ!そう描くのじゃ!まるで白蛇のように川が生き生きと光り輝いておるではないか。次は山じゃ!何じゃこのはこれが山なのか?こんな写真をそのまま貼り付けたような物が仙人の住まう山であるものか!仙人の住まう神境がこんな山であるものか!よいか仙人のやまとはこう描くのじゃ!まず仙人の山とは天女のごとく美しき肌の色だということを覚えて置くのじゃ!その肌の色を一つ一つまるでふんわりとした雪の如く一つ一つ山のように積み重ねるように描くのじゃ!おお!やれば出来るではないか!この秋の日に照らされた紅葉の山!これぞ山水画じゃ!しかし川と山はどうにかかけても川の中の岩は全くダメじゃ!何じゃこの将棋の駒のような浮いた岩は!こんな岩を見たら仙人は呆れて地上に落ちてしまうわ!よいか!山水画の岩は川の水をたっぷりと浴びているのじゃぞ!黄色き苔を生やして湯気を立てるそんなものじゃ!岩はいずれ川の水に溶けてゆく。そんな儚さを出さなければ山水画に旨味が出ないではないか!流石じゃお主山水画が大分分かってきたの。しか~し!もう一つ足りないのが土じゃ!お主は土を淡い茶色で描いておる!だが土はそんな単純なものではない!茶色の栄養の土では仙人の食べ物は育たぬ!そこに黒き肥料がなければ仙人は景色の味気なさに失望してその場から去ってしまうじゃろう!それにお主は丸い囲いを描くのを忘れている。お主は仙人にそのままこの山水画を進呈するつもりか?仙人がカウンターに座って注文したらお主は何も入れずに山水画を差し出すつもりか?そうしたらどうなるの?山水画はたちまちのうちにカウンターに広がって味わうどころではなくなってしまうではないか!何じゃその顔は!不満なのか?山水画を学びたいを言ったのはお主ではないか!さあ、あと一息じゃ!描け!描くんじゃあーっ!」

 私は桃山に言われるがままにがむしゃらに描いた。しかし描けば描くほど私の絵は山水画から遠く離れていった。しかし桃山はそんな私の絵を美味そうだ!早く味わいたいとか言って褒めちぎるのだ!私は自分が山水画を描くことすら忘却して一心に描いた。

「う~ん見事じゃ!私の指導が確実に実を結んだな。この山水画を仙人が見たらなんと思うだろうか。確実に美味いはずだと褒めちぎるだろう」

 私は自分の書いた山水画を見て愕然とした。私が現代最高の山水絵師桃山原郷に言われるがままに描いていたのは山水画じゃなくてただの天かすと生姜と醤油を入れた讃岐うどんだったのである。私は激怒のあまりこのうどんボケジジイの頭をつかんでうどんの絵に突きつけて叫んだ。

「そんなに美味いんだったら食べて見ろよ!おら、仙人の好物なんだろ!おら食べろ!お口あーんしてこの掛軸を美味しそうに食べてみろよ!」

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