入学式
校門に入ったとき思わず涙してしまった。高校時代を過ごしたこの学び舎はあの頃のまんま何も変わっていなかった。私はあの頃と全く変わってしまったのに、ここはそれでも高校時代のように私を受け入れてくれた。それは先生たちも同じだった。先生は人間だから流石に変わらないなんて事はなかったけど、それでも先生たちは高校時代そのままに私と接してくれた。職員室に入って私が深くお辞儀をすると先生たちは笑ってお前いつからそんなかしこまるようになったんだ。学生の頃はずっとタメ口だったじゃないかと揶揄った。それを聞いた私は高校時代を思い出して少し恥ずかしくなった。
「まさかお前が教師になるなんてなぁ。一番教職から縁遠い人間だと思っていたのに。まぁ、とにかくこれからは同僚として、そして先輩としてお前をみっちりしごいてやる」
この元担任の先生の言葉に他の先生たちが大笑いした。私は先生の言葉に何だか昔の少しヤンチャしていた日々を思い出して何だか緊張がほぐれてきた。それで先生に言い返してやった。
「そんなことしたらパワハラで訴えますからね。それとついでにセクハラでも」
「おいセクハラって何だよ。お前なんかなんでセクハラしなくちゃいけないんだ?」
「今の発言がすでにセクハラ!訴えますよ!」
他の先生たちは私と先生の丁々発止のやり取りに笑って二人とも昔から変わってないなぁと呆れ気味に言った。その時校長先生と教頭先生が入ってきた。今まで笑っていた先生たちは一斉に真顔になって二人に頭を下げた。私もみんなに習って慌てて頭を下げる。この二人は私が卒業してから高校に来た。なので先生たちとは微妙な距離がある。正直に言って私も苦手だ。
「君たち、少々騒がしいぞ。来週は入学式なんだからシャンとしてくれなきゃ。そんなことだから君たち生徒に舐められるんだよ。君たちがホゲホゲやってるせいで都内有数といわれた我が校の評判も下がって、ここ数年志望者が著しく減っているではないか。全く頼むよ君たち。それとそこの新任教師。元生徒だかなんだか知らないがそんなに緩んでいて来週の入学式無事にこなせるのか?もうちょっと緊張感をもってやれよ」
全くむかつくジジイたちだった。だけどこれはやっぱり社会人の洗礼っやつだ。ジジイたちの言う通りもう甘ったれた気分は終わりだ。来週から私は教師として生徒たちの前に立たなきゃいけないんだ。いつまでも甘ったれていたら昔の私みたいな生意気な生徒に教壇で泣かされてしまうだろう。さっ、学生気分はもうおしまい。今からはもう教師なんだ。
と自分に喝を入れて入学式に望んだものの、いざ校門に立って新入生を迎え入れているうちにまた感傷的な気分になってしまった。中学時代、私はこの高校に入るために一念発起して猛勉強した。それは当時付き合っていた彼氏との約束。彼とずっと付き合っていたいから彼の志望校だった一緒にこの高校を受験した。だけど運命は皮肉だった。成績が良かった彼が落ちて中から下の私が何故か受かってしまった。ちなみに彼のテストの点数は受験生中ダントツの最下位で教師たちの間で失笑されたという。彼は今何をしているのだろう。あれからすっかり合わなくなった彼。私はその後他の人と付き合うようになってから彼のことは記憶の隅っこに遠ざけてしまった。だけど今も彼と過ごした日々はハッキリと覚えている。あれは私の初恋。そして青春の思い出。忘れようったって絶対に忘れられるもんじゃない。今まで何人も男性と付き合って来たけどその中でも彼の記憶は燦然と輝いている。彼と出会ったのは今日と同じ入学式の日。慣れない制服を不恰好に着た私の前に突然現れた背の高い男の子。大人びた表情の彼。制服をバッチリ着こなして桜色の日に照らされて輝いてた。今向こうから他の子より頭一つ高い男の子が歩いてきた。その子を見ると何故か胸が高まった。頭一つどころじゃないぐらい背の高い男の子。どこか大人びて、っていうか二十歳越えの大人そのものであの頃のように桜色の日に照らされて……っていうか、またっていうかの繰り返しだけどあなたもしかしてあなたなの?私は背の高い制服を着た男の前に駆け寄って話しかけた。
「あの、あなたどうしてこんなとこにいんのよ。もしかして入学した弟さんの付き添い?でも制服なんか着て何やってんのよ。あなたスーツ持ってるでしょ?」
「いや」と彼は私に向かって寂しい笑顔を浮かべて答えた。
「なんか恥ずかしいとこ見られたな。俺、あれからずっとこの高校受験しててさ。去年も受験して落ちてさ……。それでお前どうしてここに?もしかしてお前ここの先生になったのか?」
私はこくりと頷いた。なんだか非常に罰が悪かった。まさか彼と教師と生徒の関係になるとは思わなかった。私はできるだけ平静を装って自分でも不自然なほどの笑みを浮かべて彼に言った。
「まぁ、これから三年間よろしくね。卒業まで面倒見てやるから」
彼は私に向かって相槌を打って微笑んだ。そしてくるりと私に背を向けそのまま歩き出した。私は自分の言葉に彼が傷ついたのかと心配になりその背中に呼びかけた。
「ねぇ、どうしたの?入学式に出ないの?」
彼は立ち止まり、そして悲しい笑顔を浮かべて私に言った。
「残念だけど、今年も落ちたんだ。また来年挑戦するよ」
それを聞いて私は呆れ果て、思わず彼にこう言っていた。
「お前もう諦めろよ!」
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