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《連載小説》全身女優モエコ 芸能界編 第三十三話:処女喪失!
このモエコの言葉を聞いて誰もが沈黙してしまった。猪狩も、あのものすごい顔した女マネージャーさえも黙ってしまった。皆覚悟を決めたモエコの圧倒的な態度に言葉を発する事さえ出来なかったのである。しばらくして監督が南に承諾をとった。南はモエコの態度に完全に我を忘れていたが、ハッと我に返って「モ、モエコちゃんがやると言うならボクだってやりますよ!」と声を震わせて答えた。
これで完全に退路は絶たれた。モエコは死刑台の殉教者のようにベッドに横たわって撮影再開をじっと待っていた。南も何故か先程の余裕を無くしてモエコと同じように無言で横たわっていた。そのモエコたちに向かってスタッフが追加のシーンの段取りを説明し始めた。スタジオはベッドシーンの撮影を前にして異様に興奮していた。皆明らかに何かを期待してざわめいていた。そんな熱気の中、猪狩は胸が掻きむしられる思いでモエコを見つめていた。その時モエコがチラリと彼を見た。そのあどけない顔はさっき自分の手を握った時と同じ表情であった。彼女はそして猪狩にむかってにっこりと微笑みかけた。
猪狩はモエコの悲しいほど純真な笑顔を見て、彼女がさっき私に言った言葉を思い出した。
「……猪狩さん、お願いだからモエコの演じる姿を見ていて。マネージャーのあなたにはモエコが本物の女優になる瞬間を、ちゃんと、ちゃんと見守ってて欲しいの」
もう彼に出来るのはこれから真の女優へとなるモエコを見守ることだけだった。もうこの目に今の彼女と女優となった彼女を同時に焼き付けて記憶に刻んでおくことしか出来なかった。沈黙が辺りを包む。いよいよベッドシーンの撮影が始まろうとしていた。
監督がスタートと号令をかけ、カメラが一斉にモエコと南を撮りはじめた。再び杉本愛美となったモエコはそわそわ震えている達夫に「じっとしていて……」と囁き先程の監督の指示通りに布団の中にすっぽりと入った。そしてカメラは布団から顔を出している南を撮り始めた。その瞬間だった。南の奴が急に目を剥いてキョロキョロし始めたのである。この場にいた者たちは一瞬にして何が起こっているのかを察してしまった。モエコが潜っている布団がゆっくりと上下しており、その布団の動きに呼応するかのように南が喘いでいたからである。猪狩はもう愕然とするしかなかった。この当時の彼は真理子の昨晩の夜通しのレッスンの詳細を知らなかったので、モエコはどこでそんな事を覚えたのかと激しい憤りを感じた。ああ!モエコそんなトルコ嬢のような真似をなんでするんだ!このあり得ない事態にスタジオにいた人間は互いに顔を見合わせて信じられぬといった表情をした。あの南のものすごい顔をしたマネージャーに至ってはものすごい顔をさらにものすごくしてものすごさMAXで泡を吹いて倒れてしまった。スタジオ中が二人を見守る中、南がまた思いっきり目を剥いた。そして歯を食いしばりはじめた。ああ!こいつまさか!
……だがそれでもカメラは延々と回り続けていた。監督たちはこのありえない事態に興奮して歓喜の表情で目を剥いてベッドのモエコと南を凝視していた。
……第一便を発車した南は完全に目が泳いでいた。彼も自分がどういう状況に陥っているのか全くわからないようだった。そこにモエコが布団から再び上半身を露にして現れた。モエコは完全に杉本愛美となり、南演じる童貞の上代達夫に向かって乳房を突き出し濡れた唇で微笑んだ。南はいまだこの事態が全く飲み込めずただ震えていた。なんてことだ!モエコはこのヤリチンのバカアイドルを一瞬で童貞に戻してしまったのだ!モエコは動揺する南に向かって大丈夫よと囁いた。その時猪狩は一瞬再びモエコがこちらを向いたような気がした。
『……猪狩さん、お願いだからモエコの演じる姿を見ていて。マネージャーのあなたにはモエコが本物の女優になる瞬間を、ちゃんと、ちゃんと見守ってて欲しいの』
だがそれは勿論錯覚以外の何物でもなかった。目の前のモエコはすでに南にまたがりこのバカを上から見つめていたからだ。ああ!モエコは今少女を卒業して女優への階段を登り始めようとしていた。猪狩は子供を持っていないので子供の卒業式なんか当然出たことはない。彼の参加した卒業式はこのモエコの女優への旅立ちの卒業式だけだった。しかしそれはなんて悲しい卒業式だっただろう。一人の少女がこうして女優になるために全てを捨ててゆくさまを見せつけられるなんて!
そしてモエコは動揺する南を抑えて顔を振れそうなほど近づけた。今、モエコは杉本愛美として上代達夫の南とセックスしようとしていた。彼女は今潤んだ目で南を見つめ、濡れた唇を突き出してキスをした。そしてその体の中に南のものを迎え入れた。モエコの顔が一瞬にして苦痛に歪んだ。だがその顔はすぐに快楽の表情へと変わり喘ぎ声まで飛び出した。ああ!モエコよそれは演技なのだろう?そうと言ってくれ!南はモエコの責めに首を左右に振って思いっきり悶える。ベッドは激しく揺れ、肉体と肉体の激しくぶつかり合う音がスタジオ中に鳴り響いた。
「やってるぞ、おいホントにやってるぞ」
猪狩の近くにいたスタッフが小声でつぶやいた。ああ!その下世話な視線を浴びながらモエコは今女優への階段を登ってゆく。モエコよ、今お前は上りつけてゆく中で一体何を思っているのだ。この苦痛と快楽の果てにお前は何を手に入れようとしているんだ。
『……猪狩さん、お願いだからモエコの演じる姿を見ていて。マネージャーのあなたにはモエコが本物の女優になる瞬間を、ちゃんと、ちゃんと見守ってて欲しいの』
もうただ見守るしかないのだ。この下劣な世界のなかで必死に飛び回ろうとしている孵化したての蝶を!その不器用に羽を広げて羽を瞬かせて飛び立つさまをこの地上から見守るしかないのだ!目の前の飛び立つ蝶の美しさへの陶酔と絶望に猪狩は涙を流した。もう昨日までのモエコはここにはいないのだ。あの未成熟なただのわがままなガキはもう蛹の殻となって捨てられてしまったのだ。
予想もしなかった事態に動揺し、モエコにされるがままになっていた南はようやく我を取り戻した。彼は主導権をどうにか取り戻そうとモエコを無理矢理下にひっくり返しモエコの乳房をむしゃぶるように舐め回して上からがむしゃらにモエコを責めた。しかしモエコを屈服させる間もなく南はあっという間に短い喘ぎ声を出して果ててしまった。