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ウォークマン物語

 とある電気屋のSONYコーナーを通った時ふとWALKMANの看板が目に入った。足を止めて看板の下をみると最新のWALKMANの最新モデルがいくつか陳列されていた。

 私は何十年ぶりに見たWALKMANの変わりように時の流れを感じた。最初はカセットテープを再生していたんだよな。それからCDになってMDなんてのもあったりして。その頃から音楽自体あんまり聴かなくなってWALKMANを買わなくなったんだ。最近時間に余裕が出来てまた音楽を聴くようになっていつも使っているiPhoneなんかに曲入れて聴いているんだが、古い人間だからか電話で音楽を聴くのにどうしても違和感を感じて聴いている最中でも落ち着かない。iPodには興味は持っていたが、買おうと思ったいたらすでに製造中止になっていた。

 目の前に陳列されている小さなWALKMANに触れて昔ヘッドフォンで一日中音楽を聴いていた日々を思い出した。触ってみると本当に驚くほど小さい。しかしよく考えれば遠い過去に初めてWALKMANを買った時も実家にあったレコードプレイヤーが無駄にでかいのと比べてこんなに小さなプレイヤーで音楽を聴けるのかなんて驚いたものだ。

 財布には少し余裕があった。今日は給料日でコンビニから金を下ろしたからだ。定年間近の老人がちょっとぐらい贅沢をしてもいいではないか。私は勢いで店員を呼んでWALKMANとワイヤレスイヤホンを買った。最新型のハイレゾ対応のWALKMANを買うんだからやっぱりイヤホンもワイヤレスにしなくちゃいかんだろう。結局下ろした金は半分ぐらい使ってしまったが後悔はなかった。妻には下ろし忘れたとでも言って誤魔化しておこう。

 家に帰ったら一人暮らしをしている大学生の息子が来ていた。今日は久しぶりに泊まるそうだ。妻はそう報告した後私をじっと見てお金は?と尋ねてきた。私は下ろし忘れたと自分でもうわずり過ぎの声で答えてしまったが、妻はあっそと言ってさっさと寝室に入ってしまった。

 私はこれ幸いと妻が戻ってこないのを確かめると、カバンからすでに電車の中でPCから音楽を取り込んでおいたWALKMANを取り出して早速ワイヤレスイヤホンを耳につけて音楽を聴こうとした。しかしちょうどその時二階の自分の部屋から息子が降りて来てしまったのだ。私は慌ててWALKMANを隠そうとしたが、だが時はすでに遅しで息子はめざとくあっと声をあげて私に言ったのた。

「親父それWALKMANじゃね?もしかして買ったの?」

「バカ!大きな声出すな。お母さんが起きるだろうが」

「あっ、おふくろに黙って買ったんだぁ。でもオヤジそれ最新式だろ?それに耳のワイヤレスイヤホン……」

 私は息子に指摘されたので慌てて耳につけたまんまだったイヤホンを外してカバンに放り投げた。

「うるさい。とにかくお母さんに言うんじゃないぞ」

「別に浮気とかしてるわけじゃねえし隠すこともねえじゃん」

「バカもの!人を揶揄うんじゃない!」

「あっ、そうだ。実は今日帰って来たのは親父に頼み事があったからなんだよ。あのさぁ、押し入れの中にあるヤツいくつかもらっていい?」

「わざわざ帰ってきて頼みごとってなんだと思えばそんなことか適当に持っていけよ。いずれ燃えないゴミにでも捨てようと思っていたんだから」

「サンキュー、それじゃありがたく貰っとくわ」

「いいか、もう一度念を押しとくがお母さんには内緒だぞ。言ったらお前のアパートにアダルトDVD溜め込んでるのバラすからな!」

「ああ、わかったよ。何度もしつけえんだよ」


 翌日の朝会社へと向かう電車の席に向かっていた私は昨日買ったWALKMANで音楽を聴き入っていたのだが、ふと顔を見上げて近くにリュックを前に抱え、見覚えのありすぎる古いカセット型のWALKMANを手に持って立っている若者を見かけたのであるった。

 それは息子であった。私はWALKMANを止めて息子に向かって呼びかけた。息子はWALKMANに夢中でなかなか私の呼びかけに気づかなかったが、やがて気づいてびっくりした顔で私を見た。

「あっ、オヤジ乗ってたのかよ。びっくりしたなぁ」

「びっくりしたじゃないだろ。俺は幽霊じゃないぞ。でなんでお前が電車に乗ってるんだ。大学でも行くのか?意外に勉強熱心だな」

「行くわけないだろ?普通に自宅帰んだよ」

「なんだほんとに押し入れのゴミ取りに来ただけなのか。でなんだ?その手に持ってるボロいのは」

「何言ってんだよ。押し入れに入ってたヤツじゃないか。これオヤジのWALKMANだろ?」

 確かによく見たらそのボロは私が昔買ったWALKMANであった。何十年か前に買ったものだからとっくに捨てていたと思っていた。しかしなんでそんな古いやつを息子が使っているんだろう。今時の若いヤツなら音楽なんてスマホで聴くだろうし、WALKMANを選ぶにしても最新式のハイレゾ対応のやつを選ぶじゃないか。しかも有線のイヤホンなんて使っているじゃないか。この有線なんてダサいってネットで嘲笑されているこのご時世に。私は空いていた座席に息子を座らせて尋ねた。

「おい、なんでそんな古臭いWALKMAN使ってるんだ?大体それ動いてるのか?」

「バッチリ問題なく動いているよ。ダイソーの電池はめたらすぐに動いたよ。まぁ怪しい音がしてたけどそれも最初のうちだけだ」

「お前何考えてるんだ。今時そんなもの使っていたら笑われるだろうに。今の若いヤツはスマホでハイレゾ音源聴くもんだろ?おまけに有線のイヤホンなんかつけて恥ずかしいと思わないのか?」

「オヤジこそなんだよ。無理してハイレゾなんて口にしてさ。オヤジハイレゾなんだか説明してみろよ」

「お前偉くなったもんだな。ハイレゾなんてお前らの方がよく知ってるだろうが!」

「ほら、説明できねえじゃん。いい年して若ぶっても恥ずかしいだけなんだよ。ほら、右耳のイヤホン取れかかっているぞ!」

 私は慌てて左耳、おっと間違えた右耳のイヤホンを触ろうとした。しかしその時見事にイヤホンが落ち、息子にニタニタ笑われながら拾われるという屈辱を味わった。

「はいよ、親父。全く気をつけろよ。新しいもの買って使いたがるのはわかるけどちゃんと気をつけろよ」

「生意気にも人に説教しやがって」

「あのな、親父。俺もハイレゾなんてよく知らねえけど、今俺らん中ではカセットテープが流行ってるんだぜ。そのプレイヤーの中で一番有名なのってやっぱりWALKMANじゃね?俺友達とカセットテープについて話してた時ふと家の押し入れにあったWALKMAN思い出してさ。それでもらいに来たのよ」

「ほう、そうなのか」

 息子がWALKMANについて話してるのを聞いて何故か誇らしくなった。自分の生きて来た時代が世間に肯定されたような気がした。私は急に機嫌が良くなって息子に何を聴いていたんだと尋ねた。

「ああ、マイケル・ジャクソンのテープ。WALKMANと一緒に押し入れにあったから持って来たんだよ。親父マイケル・ジャクソン好きだったんだな」

 確かに私は昔マイケル・ジャクソンが好きだった。いや、一時期は本気でマイケル・ジャクソンに憧れてムーン・ウォークなんか練習したものだ。勿論ちっとも身に付かずディスコで他の連中から嘲笑されたもんだが。

「まぁ、昔は流行っていたからな。懐かしいよ。おい、俺のWALKMANにもマイケルのスリラー入れてあるんだ。そんなボロいカセットテープじゃなくてちゃんとしたハイレゾ音源で聴いてみろよ」

「おいそれって単にアップルとかの音源だろ?それって全然ハイレゾじゃねえよ。親父無理しないで昔懐かしのカセットでマイケル聴けよ。カセットって音に丸みがあってなかなか味わい深いぜ。ほらイヤホン片っ方つけてやるから」

「じゃあお前も俺のワイヤレスイヤホン貸すから最新のハイレゾ音源でマイケル聴け」

 私は息子に無理矢理イヤホンを交換させられてWALKMANから出力されるハイレゾ音源とカセットテープの音源をそれぞれの耳から聴くハメになってしまった。ハイレゾ音源は非常にクリアに響き、カセットテープはテープのしゃりしゃりしたノイズが混じっていたが、息子の言う通り丸みのある懐かしささえ感じさせる音を鳴らしていた。

ハイレゾは未来で、カセットは過去だ。そしてWALKMANは過去から未来へと音楽を繋げている。半世紀の昔忽然と現れた手のひらサイズのポータブルプレイヤーは世界の音楽のあり方を変えた。音楽をどこでも持ち運べるなんてそれまで全くないものだった。私はかつてお金を貯めてWALKMANを買った若い頃に戻って、その頃の私と同じ年頃の息子と一緒にしばし過去と未来のWALKMANから流れる音楽に耳を傾けていた。

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