アートの最先端 ~AIの先にあるもの
AIがインフラまで動かし始めた現代。世の中のあらゆるものが変貌を遂げた。今街中で声をかけられて振り向いたらAIの警告音声だったなんてしょっちゅうだ。マックのレジではハンバーガーを受け取ったら液晶のAI美女がとびきりのスマイルをくれる。このAI美女はルッキズムと叩かれアメリカではすでにジェンダーフリーのAIに差し替えられ始めているが、日本もいずれそうなるだろう。
このように一時期賛否両論があったAIは完全に生活の中に入ってしまった。政治もAI、経済もAI、軍事もAI、文化もAIである。さてその文化の中心であるアートの分野であるが、今の小説や映画等の商業的な作品の大半はAIで作られている。勿論まだ完全にオリジナルのAI俳優は誕生していないが、俳優を素材にしたAIは当の俳優より演技が真に迫っていると感じられる場面があったりすることもあり、もうAI俳優の誕生は時間の問題だと思われる。
絵画や音楽もまた例外ではなかった。当初批判されまくったAIの創作もいつしか当たり前のものとなりたくさんのAIアーティストが現れた。それどころかそのアーティスト自体がAIで創作されるようにさえなった。世界各地の展覧会ではAIアートが億単位で取引され、創作されたAIアーティストの権利金にはその倍以上の金額が提示された。世界の動向は全てはAIで動いている。そう断言してもいい状況であった。
そんな現代に自らもAIアーティストを目指して上京してきた一人の青年が今東京駅のホームに降り立った。この青年は子供の頃からAIアーティストになろうとAIを学んでいたが、自分の才能に疑問を感じて美大進学を諦めAIにこき使われる会社員になった。しかし一流のAIアーティストになりたいという夢は捨てきれず、会社をやめてこうして東京に出て来たのであった。俺はAIに使われる人間じゃない。AIをクリエイティブに使いこなす人間なんだ。美大なんか出てなくても立派にAIをクリエイティブに使いこなしているアーティストなんていくらでもいる。俺はその人たちのようにAIでマジカルな世界を作り出すんだ。青年は改札を出るとすぐに高校の先輩に電話をかけた。この男は今若手AIアーティストとして活躍している人間だった。
「よぉ、とうとう来たんだな。やっぱりお前はいつまでも地方で燻っている人間じゃなかったってことか。あっ、迎えに行くつもりだったけど、今制作中のアートで手が離せなくなったんだ。申し訳ないけど今から住所教えるから俺んとこまで来てくれないか?」
青年は先輩から住所を聞いて少し驚いた。彼の住所が23区内ではなく、東京の西の外れだったからである。彼は先輩の実家が樹齢千年ぐらい太いので今頃は港区か千代田区なんかで港区女子を侍らせているはずと思っていたのだ。先輩は何故23区外の、しかも吉祥寺や立川ですらない八王子あたりの田舎に住んでいるのか。先輩に納得のいかないものを感じながら電話を終えると青年は先輩の所に向かうため再び電車に乗った。
電車を乗り継ぐごとに寂れてゆく景色を見て青年は暗い気持ちになった。憧れのAIシティは遥か後方に去り、前方に見えるのはAIの知能のかけらもない第一次産業真っ盛りのど田舎であった。なぜ先輩はこんな地元みたいなど田舎に住んでいるんだろう。もしかしてこんなど田舎が今一番AIでアツい街なのか。いや、と青年は首を振った。同じ車両に乗っている人間を見てもとても普段からAIに親しんでいる人間には見えない。多分このいなかっぺどもはAIを言葉でしか知らないだろう。いや、そもそもAIという言葉自体知らないかもしれない。だとしたら、と青年は考えた。もしかしたら先輩はこのAIのかけらも無い田舎にAIを普及させるプロジェクトをしているのかもしれない。そうだとしたら自分だって参加したい。どんなド田舎でもAIに満ち足りた生活が出来るようになればきっと日本は世界最強のAI国家となるだろう。世界をAIに染められるならこのド田舎に骨をうずめても構わない。こう一人考えて無性に興奮してきた青年はスマホで先輩に向けてもう時期そっちに着くとメールを送った。
目的地の駅に降り立った青年は改札の向こうで誰かが手を振っているのを目にして立ち止まった。青年は先輩が迎えに来たんだと喜んで急いで改札を抜けて先輩の元へと駆け寄った。そして彼は挨拶をしようとしたのだが、目の前の先輩の格好を見た瞬間その調査に驚いて立ち尽くした。
目の前の先輩は昔のイカしたAIファッションではなく、なんと浮浪者みたいな薄汚い格好だったのだ。彼は人間違いだと思ってじっと先輩を見た。すると浮浪者の格好をした先輩は「俺だよ、俺。創作がきりのいいとこまで進んだんで迎えに来てやったぜ」と聞き慣れた声で言ったのだった。青年は先輩のあまりの代わりように愕然とした。あのイーロン・マスクやザッカーバーグやグロックマンみたいなAIヤンキーの先輩はどこに行ったんだ。校則をまるで無視してTシャツにジャケットのラフなAIスタイルで颯爽と通学し続けたワルな先輩はどこ行ったんだ。成績学年トップの秀才で教師たちを小ばかにして役に立たない教師なんか全員AIして役に立たせるようアップデートすればいいなんてカッコいいこと言っていたじゃないか。そのAIヤンキーの先輩がどうしてこんな〇〇みたいに見窄らしくなっているんだ。
そうかわかったぞ。コイツはきっと東京でAIから相手にされなくなって落ちぶれたに違いない。それで親から勘当されて生活費さえなくなったから俺から金をせしめようとしてここに呼んだんだ。そうに違いない!だったらこんな〇〇に付き合っても無駄無駄無駄、税金よりも無駄。お前なんか闇バイトのAIにこき使われて一生ムショで過ごせ。青年は迎えにきた先輩に軽蔑の眼差しを向け駅へとUターンしようとしたが、先輩はその青年に向かって再び呼びかけた。
「おい、なに勘違いしてんだよ。これが今一番おニューのアートスタイルなんだぜ」
おニューのアートスタイルと聞いて青年はビックリ顔でマジマジと先輩を見た。しかしいくら見ても薄汚い〇〇としか思えない。青年はやはりAIから落ちぶれた〇〇とハエを追い払うように手を振って再び駅へと踵を返した。すると先輩は青年高らかに笑ってこう言った。
「お前な、田舎に住んでるからわかんねえだろうが今尖ったアーティストはみんなこういう格好してるんだぜ。あのは、ハッキリ言っとくけどさ、もうAIなんて時代遅れなんだよ」
AIが時代遅れだって?さっき降りた東京駅もAIだらけだったじゃないか。ふざけんな○○野郎!お前なんかに付き合っていたら俺も貧乏神に憑りつかれるわ!
「おい、俺の格好もっとちゃんと見ろよ。これはあのレオナルド・ダ・ヴィンチのファッションなんだぜ。ハッキリ言うぜ。今どきの尖った奴はAIなんて使わねえよ。みんな手作りで創作しているのさ。アートは今手作りの時代なんだよ。アートはデータじゃなくて魂で作るもんなんだよ」
手作りで創作?かつてあれほど手製の芸術をバカにしていたAIヤンキー番長が今は手作りでアートを創作しているだと?魂なんて小っ恥ずかしい言葉がどうして出てくるんだ。AIこそ神、その他のクズは死んでしまえとのたまったAIの申し子がどうしててAIを否定してダ・ヴィンチなんぞのコスプレして手作りのアートとのたまっているんだ。ダ・ヴィンチの絵に代表される絵画なんぞAI使えば0.1秒で描けるだろう。そんなものを今更わざわざ手作りで描くなんてアホすぎるだろ。青年はバカバカしいと切り捨てようとしたが、ダ・ヴィンチファッションの先輩の今までに見たことのない熱い眼差しを見てハッと心を打たれた。もしかして先輩の言うことは真実なのかもしれない。そうでなくては、かつてデータで処理出来ないものは全て捨てるべきだと断言していたAIヤンキーの先輩をアートは魂だなんて口走らせる事なんてあり得ない。
青年は改めて先輩を凝視した。すると先輩がなんだかあのルネッサンスを作り上げた芸術家の肖像画のように光輝いているような気がした。先輩の本質はAIヤンキーだったあの頃と全く変わっていないのかもしれない。いつも時代の最先端を走っていた先輩。いつだって先輩の予測は常に正しかった。その先輩がAIは時代遅れだなんて断言するんだから本当にそうなのかもしれない。だとしたら俺は何のために東京に出てきたんだ。AIが最先端じゃなかったら俺が今までしてきた事が全て無駄になってしまうじゃないか。青年はこの後光輝くAIヤンキー改めダ・ヴィンチ先輩について行って本当に手作りがアートの最先端なのか確かめるために先輩についていく事にした。
「その心意気だぜ。今俺はこの街のアートギルドに住んでいるんだ。そこには文学、音楽、そして俺たちのように美術に携わっているアーティストがみんな住んでいるんだ。お前来たらびっくりするぜ。ほら今から見せてやるよ。アートの最先端ってやつをよ」
ダ・ヴィンチ先輩はそう言い終えるとどっかにしまっていた杖を振り上げて意気揚々と駅の出口へと向かった。青年はその後ろを着いて歩いたが、出口に差し掛かった時、ダ・ヴィンチ先輩が突然膝を屈して祈り出したのを見てビビった。先輩はどうやら外から差している光に祈りを捧げているようであった。
「おお、芸術の崇高な光よ!今日も我を真の芸術へと導き給え!」
青年はダ・ヴィンチ先輩の奇矯な行動に呆然としていたが、先輩はその呆然とする彼の肩に手を当て光の差す方を指差しながら言った。
「ほら見ろ。あの先にあるのが俺たちのアートギルドさ」
その指差する方には信じ難い光景があった。東京の街だというのにビル一つなく全てが木材か煉瓦の建物だったのだ。まるで20世紀以前にでもタイムスリップしてきたようであった。どうしてこんな歴史上の遺物みたいなのが東京にあるんだ?こんなものがいつ出来たんだ?
「ここがアートの最先端を走る街。アートギルドだよ。ここには現代のアートを代表する連中がみんな住んでいるんだ。みんなここで手作りでアートを作っているんだ。勿論AIなんてダせえもん誰も使ってないよ」
AIがダサいとダ・ヴィンチ先輩が笑顔で言うのを聞いて青年はかつてのAIヤンキーだった先輩を思い出して切なくなった。今のダ・ヴィンチスタイルの先輩にはかつて人間ごとAI化すればいいなんて過激な事を言い放っていたAIヤンキーの面影はまるでなかった。あの先輩をここまで変えてしまうなんて。やっぱり彼の言う通りAIは時代遅れなんだろうか。
「おい、あそこにいんの誰かわかるか?」とダ・ヴィンチ先輩が駅前の広場のベンチの方を指差した。「ほら、あの人お前も好きだったAIアーティストの〇〇さんだよ」
青年は先輩に促されるままにベンチを見てそこに袈裟を被った坊さんを見た。確かにその人ではあったがそこには昔のバリバリのAIアーティストだった頃の面影などまるでなかった。
「〇〇さんは今水墨画を書いているんだ。勿論手書きでだぜ」
先輩と青年はそのまま駅前の広場を抜けてアートギルドの中へと入っていった。青年はギルドの通りを歩く人々を見て驚愕した。みんなメディアなどで顔馴染みの人間ばかりだったからである。自分が尊敬しているAIアーティストは勿論、普通の画家や彫刻家。音楽方面でもロックミュージシャンやジャズやクラシックの演奏家や歌手がいた。文芸方面でも小説家や詩人などがみなルネッサンスや近代の芸術家の格好をしてギルド内を闊歩していたのだ。青年はこれらの人々を見て先輩の言う事が全くの真実であり、AIが完全に時代遅れの産物でしかない事を悟った。彼はこの事実を目の当たりにして絶望に暮れた。今までクソだせえAIを必死こいて学んでいたのはなんだったのか。いつも手書きでイラスト書いてるやつらを馬鹿にしまくっていたけど、結局連中の方が正しかったんじゃねえか。俺には手書きのスキルなんてまるでねえ。今のアート界には俺の居場所なんてねえ。
「おい、どうしたんだよ。そんなに暗い顔してさ。お前まさかAIが時代遅れだって知って自信喪失したんじゃないだろうな。だけど俺はお前を見込んでいるんだぜ。お前には才能がある。AIなんかなくったって立派なハガキ職人になれるんだって信じているんだぜ」
青年は先輩の慰めに勇気づけられて顔を上げた。そうだ俺は先輩の言う通り立派なハガキ職人に……ってあれっ?と青年ははてと思って先輩を見たが、先輩はあさっての方を向いて「おい」と青年に呼びかけて話し出したのだった。
「おっとまず来たのは文芸エリアだ。ここには小説家や詩人とか文学者が住んでるんだ。あっ、この辺りにちょっと仲のいい小説家がいるからその人んとこ行こうか」
青年は先輩に連れられて小説家の家に向かった。先輩によるとその小説家は純文学の世界では有名で賞をいくつも持っていて、今年初めて開催されたアートギルド芸術大賞の小説部門を受賞したらしい。
「ヨォ、相変わらずダ・ヴィンチスタイルでキメてるな」
「いや、先生こそ漱石スタイルでバリバリじゃないですか。あっ、先生アートギルド芸術賞受賞おめでとうございます」
「で、そこに連れている垢抜けねえAI坊主はなんだい?」
「ははっ、コイツは俺の高校の後輩でアーティスト目指して上京してきたんですよ。田舎もんだからま〜だAIが最先端だって信じ込んでいる奴なんですが、これからみっちり仕込んでアートギルド風にセットアップしてやりますよ」
青年は上から下までAIでキメた自分の格好が馬鹿にされて悔しさのあまり唇を噛んだ。田舎者だって馬鹿にされたくなくて雑誌やネットで情報を集めて今一番おニューのAIスタイルを決め込んだのに、かえってそれが田舎者の証明になってしまうだなんて。
で、先輩今小説はどのぐらいまで進んでるんですか?」
「それがヨォ、おいら猫を犬と間違えて書いちまってページ全部書き直しだよ。せっかくいい感じに仕上がったのによ」
「ああ、それは残念ですね。僕も早く先生の小説読みたかったのに」
「わざわざ書き直さなくても間違えとこ二重線とかで消して正しい字を横にでも書けばいいじゃないですか。どうせ印刷所で活字にするんだから字の間違い間違いぐらいどうにでもなるでしょ」
青年はAIスタイルをバカにされた仕返しにと小説家に突っ込んだ。だが小説家と先輩は彼をせせら笑い。小説家はまるで子供に言い聞かせるように青年を諭した。
「ハッハッハ、ホントにアンタ田舎者だね。AIなんて信じ込んでるからそんなこと言えるんだよ。あのね、今時純文学の作家で印刷所に持ち込む奴なんかいないんだよ。みんな自分で本を作るんだ。執筆したらその原稿を木版に彫って刷って本を作るんだよ。印刷所に原稿を送る奴なんざガキ向けのエンタメ作家ぐらいしかいないよ」
「じゃあ、一冊の本を作るのにそんな手間がかかるんだったらどうやって暮らしているんですか?それじゃとても暮らしていけないですよ」
「やっていけなくてもやるのが純文学なんよ。ってカッコつけたがるのは人の性だが、小遣いを稼ぐ手段は別にあるのよ。この文学エリアの中央に講堂があるんだが、俺はそこで毎週朗読会を開いているんだ。そこで自分が昔書いた小説とか今書いている小説なんか読むんだが、ありがたい事に入場料はかなり割高なのにいつも満員でな、来月には隣の音楽エリアにあるムジークホールで一万人を集めた朗読会の開催も決まっているんだ。まぁ、朗読会ってのは主に詩人がやるもんなんだがな。詩ってやつは文字だけだと伝わらんものがあるし」
小説家の部屋はまるで明治の文豪そのままであった。壁には木版印刷で刷った小説家の原稿がかけられていたが、それは活字や、ましてやAIには決して出せない美しさであった。
「おいAI坊主そんなに壁の原稿が気になるのか?どうだいコイツは俺だけが書けるものなんだ。俺が書き、俺が彫り、俺が刷って出来たもんだ。これに比べたら印刷所で刷った本なんざゴミだ。ましてやAIなんぞに作らせた本なんぞ塵にも等しいどうでもいいもんだ」
青年は完全にAIが時代遅れのゴミである事を実感しショックのあまり思いっきり崩れ堕ちた。小説家はその青年に向かってこう続けた。
「俺も昔はAIの可能性を信じて使っていたものさ。だけどそうしているうちに疑問が湧いてきたんだ。小説ってのは人間が書くもんだろう。小説ってのは人間の魂の叫びだろうってな。そう考えたらAIどころか活版印刷さえも疑わしくなっちまったんだ。AIはあらゆる素材を取り込みそれなりのものを仕上げる事が出来るが、結局そこに作家の魂はないんだ。魂のない文学なんて文字の羅列でしかないぜ。それは活字も同じだ。だから俺はAIも活版印刷も捨てて自分で一から本を作る事にしたんだ。そうすれば俺の魂は永遠に本に刻めるからな。純文学作家として俺はあらゆる方法で文学の可能性に挑戦してきた。でも結局たどり着いた真実は文学は作家の魂に勝るものなしって事だった。AIやその他のテクノロジーはいずれ廃れてゆくが、人間の魂は永遠に残るんだ。俺はその永遠の魂を目指して文学を描いてゆくつもりだ」
小説家のもとを辞した青年の心は暗かった。自分があれほど信じ込んだAIが完膚なきまでに否定され、逆に古臭すぎると軽蔑し切っていた芸術家の魂とやらがもてはやされる世になるとは。しかしバリバリのAIヤンキーだった先輩はこの事実を知った時、絶望しなかったのだろうか。
「おい、いつまでも項垂れているんじゃねえよ。まだまだ行かなきゃいけないとこたくさんあるんだぞ」
「先輩はAIが時代遅れだって知った時、どう思ったんですか?すんなり受け入れたんですか?先輩あれほどAIを信じ込んでいたじゃないですか」
「そうさ、確かに東京に来た時はAIで全てを変えてやるだなんて意気込んでいたさ。そしてAIアーティストとして多少名を上げたさ。だけどアーティストたちの集まりで俺思いっきり笑われたんだ。『お前まだAIなんてダサいことやってんの。あんな誰にでも出来るもん使ってよくアーティスト面出来るね。お前芸術家の魂ってまともに考えたことある?崇高で偉大で永遠に残るあの魂ってやつをさ』ってな。そうアーティスト仲間から言われた時、さっきのお前みたいに落ち込んだよ。それから俺どうしたらその魂ってやつを手に入れられるのか必死に考えたんだ。その時アーティスト仲間から教えられたのがこのアートギルドだよ。俺はAIを捨ててすぐさまここに引っ越した。今の俺はAIヤンキーでもAIアーティストでもないただの画家だ。でも今が一番充実しているんだ。それはやっぱり毎日魂をキャンバスに込めているからだよ。だからお前もハガキに魂を込められるような立派ハガキ職人になれ」
ハガキ職人ってまたと青年は先輩に言いかけたが、先輩はそれをガン無視して何処かを指差して青年に言った。
「この先に音楽エリアがあるんだ。そこにはロックミュージシャンとかジャズとかクラシックのミュージシャンが住んでるんだ。あとエリアの中央にはさっき作家先生が言ってたムジークホールもある。さぁ行こうぜ」
青年は今度は先輩の友達らしいロックミュージシャンの家に案内された。このロックミュージシャンはイングウェイ・マルムスティーンそっくりの男であるが、アリーナクラスの会場を満杯にするほど有名なミュージシャンらしく、住んでいる家も大きかった。このロックミュージシャンの部屋はいかにもロックミュージシャンらしくギターやベースやらドラムが揃えられていたが、不思議な事にCDやら音楽プレイヤーの類が全くなかった。青年はそれについて尋ねた。
「なに?AIキッズ。田舎面したAI顔で俺に質問なんかしていいの?ってのは冗談さ。ものを知らないAIの田舎もんだから気になるのも仕方ねえさ。いいかAIキッズ。CDなんてのは音を無理やりプログラム化してチンケなプラスチックの輪っかに取り込んだものでしかねえんだよ。キッズ、プログラム化した音にスピリッツはあるかい?ねえよな。だから俺は曲をCDにもレコードにもしない。俺のスピリッツはライブでしか伝えられないんだ。かつては俺もAIやらラップトップの可能性を信じて音楽を作っていたものさ。だけどある時気づいたんだ。こんなプログラミングされた音を並べたものなんて音楽じゃなくて音の羅列じゃないかって事にさ。それに気づいた時、俺はAIもCDも全て捨てた。ロックはクラシックやジャズと違って録音技術で発展してきたものだからそれがリスキーな決断だってことは承知していたさ。だけど俺はスピリッツを選んだんだ。俺は自分の曲を録音したり録画したりしない。俺のロックスピリットを永遠に残すためにはライブにスピリッツを全て注ぐしかないってな」
ロックミュージシャンの家から出て青年と先輩はしばらく歩いていたが、青年は先程のロックミュージシャンの話に引っかかるものを感じてそれを先輩に打ち明けた。
「あの、さっきあの人録音も録画もしない、自分のロックスピリットを残すためにライブにスピリッツを全部注ぐなんて言ってたけど、自分が演奏できなくなったり、死んだりしたらスピリッツってやつはどう人に伝えるつもりなんですかね。ライブ見れなきゃスピリッツなんてわからないじゃないですか」
「バカだな、お前は!ロックミュージシャンのスピリッツは体験するんじゃなくて感じるものなんだよ。いや、これはロックミュージシャンだけじゃなくて全ての芸術についていえるがな。いいか?芸術ってやつは心で感じなきゃなにも見えてこねえんだよ」
「そんなもんですかねぇ」
「そうに決まってるだろうが!」
次に青年が向かったのが先輩が住んでいるという美術エリアだった。青年はエリアに入って瞬間、辺り一面が絵画と彫刻で埋め尽くされているのにびっくりした。そこなはルネッサンスから始まりロマン派や印象派のような作品や、東洋の水墨画や浮世絵のような作品が置かれていた。
「どうだ観ろ。これが永遠の芸術ってやつだ。すごいだろ。魂ってやつを感じるだろ」
青年は誇らしげにこう話す繊細になんと答えていいかわからず愛想笑いで誤魔化してどうにかその場をやり過ごしていたが、そこに先輩の知り合いらしい連中が先輩に挨拶をしてきた。青年はこのゴヤだのドラクロワだの北斎だのコスプレをしたとしか集団をみてなんだかおかしくて笑いかけたが、皆が厳しい目で自分を睨んでいるのを見て慌てて顔を取り繕った。
「お前、創作進んでる?」
と、北斎スタイルの男が先輩に聞いた。
「いや、ぼちぼちですよ」
「俺もだ。赤い富士を描きたいんだが、赤と青のコントラストが上手くいかなくてな」
「ああコントラストって難しいですよね。僕も手書きで絵を描き始めて始めて苦労しましたよ」
「あっ、隣にいるAIお上りさんは知り合い?」
「そっす。こいつ高校の後輩なんですけど田舎もんだからまだAIがおニューだって思い込んでいて」
「ハッハッハ、そりゃ教育大変だね。せめて笑われずに通りを歩けるぐらいには躾けてあげてよ」
北斎たちはそうケラケラ笑いながら去っていった。先輩はその北斎たちの後ろ姿を見ながら青年に言った。
「お前もここに住むんだったらせめて笑われない格好をしろよ。みんなみたいにバシッと魂を感じさせるアーティストスタイルにしてさ」
青年は先輩の小言にただはいとか下手な相槌を打つことしか出来なかった。青年は先輩の後を無言で歩いた。歩きながら自分はアーティストとしてやっていけるのかと何度も考えた。アーティストの魂なんて一朝一夕じゃとても身につかない。どうしたらいいのだ。そうしてしばらく歩いていたら突然先輩が声をかけてきた。
「ここが俺の家だぜ」
青年はハッとして顔を上げた。彼の目の前には石造りの大きくもなく小さくもない、イタリアの地方の農家みたいな素朴な家があった。青年はこの素朴な家を見て、かつてのAIヤンキー時代先輩のAIに管理されたテクノロジーにまみれた部屋を思い浮かべ、そのあまりのギャップに呆然とした。本当に何もかも捨てちまったんだなと悲しくさえなった。
「アトリエまで案内するよ。この家狭いくせにアトリエでほとんど占拠されちまってるんだから住みにくいったらないぜ。だけどこの家こそ俺が魂こめて芸術を創作するのにピッタリの場所なんだ」
青年は先輩に案内されるがままにさして狭いとも思えぬ部屋を抜けてアトリエに入った。アトリエに入った青年は広い部屋の天井から刺す夕焼けの光の美しさに陶然とした。先輩はこんなところで毎日手書きで絵を描いているのか。まるでダ・ヴィンチそのまんまじゃないか。あのAIヤンキーがどうしてここまで変わったんだ。彼はダ・ヴィンチスタイルの先輩が神々しく見え思わず跪きそうになった。先輩はその青年を笑いアトリエの中心にあるイーゼルを差して言った。
「製作中だけど見ないか?そこに俺の絵が立てかけてあるんだけど」
青年は是非見させてくださいと言った。彼の声はもう嘆願に近かった。青年は先輩に促されるままにイーゼルの元に歩み寄った。そしてイーゼルに立てられかけていたキャンバスを見たのだが、その夕焼けの光に照らされたキャンバスには一人の微笑む女性が描かれていたのである。これはまさしくモナリザ。あの崇高なほど美しい永遠のマドンナその人ではないか。彼はその四方五十センチもないキャンバスに描かれた小さな絵に圧倒されて震え上がった。これが魂の芸術なのか。たしかにこれに比べたらAIアートなどテクノロジーのバグ以下の代物でしかない。彼は今やっと魂の芸術がアートの最先端だと言われる理由がわかったのである。ここにはAIでは絶対に出せない魂で作られた永遠の美がある。その美は永遠であるが故に普段は目立たず時に時代の激動の中で埋もれてしまう。しかしいつか掘り起こされて燦然と輝くのだ。それは魂のないAIてまは絶対に不可能な事なのだ。青年はあまりの感動に号泣して床にへたり込んだ。先輩はその青年の肩に触れてこう言った。
「これはモナリザを題材にした絵なんだ。タイトルは二十一世紀のモナリザにしようかって考えてる」
「先輩、凄すぎますよ!先輩の絵に比べたら美術エリアの街角にあった絵なんてクズですよ!やっぱり先輩は天才だったんだ!俺先輩の絵を見てアーティストになろうって決意しましたよ!俺も先輩には及ばないけど先輩と同じようにアートの最先端に立ちたいって強く思ったんです!」
先輩はこの青年の褒めちぎりに照れたように笑った。そしてこう返した。
「でもここには俺なんかよりずっとすごいアーティストはいくらでもいるぜ。その中でも最もすごいのはパンテオンヒルに住む三巨頭さ。この三人がアートギルドを作ったんだけど、三人ともとにかく才能が人並み外れていてまるで魂の芸時がそのまま生きているみたいなんだ。今ちょっと遅いかもしれないけど挨拶ぐらいは出来るから会いに行こうぜ」
「ああ、行きますよ。俺魂のアーティストとしてアートの最先端に生きることにしたんだから。その最高レベルの人にはあっておかなきゃ!」
「その心意気だ。さぁ涙を拭いて立ち上がれ。魂のアーティストにメソメソ泣いている暇はねえんだぞ」
青年は意気揚々と立ち上がり涙を拭いたティッシュペーパーを床に捨ててさっと玄関に向かって歩き出した。綺麗好きの先輩は無礼にも青年が床に捨てていったティッシュペーパーを指でつまんでゴミ箱に捨てると青年の元に駆け寄って声をかけた。
「さぁ行こうぜ!魂のハガキ職人目指してパンテオンの三巨頭に面会だ!」
「さっきからハガキ職人って……」
しかし先輩は青年のいう事など聞かずさっさと早足で進んでしまった。
なだらかな坂道をしばらく歩くとまず目についたのは黄色い作りの小さな家であった。先輩は家に近づくごとにため息が多くなった。
「あの人たち今日は大丈夫かな……」
「なにが大丈夫なんですか?」
「いや、なんでもない」
そして二人は黄色い家の前について先輩がドアをノックしたのだが、その瞬間ヒゲ面のものすごい形相をした男がドアを蹴って現れて片手に銃を持ちながら用事は後にしろと怒鳴ってきた。先輩はすみませんと何度も頭を下げて謝ったが、その時突然男が銃を自分のこめかみに当てて発砲したのである。男はその場にバッタリと倒れピクリとも動かなかった。
「先輩この人自分の頭に銃撃っちゃいましたよ。早く病院に連れて行かないと!」
「いや、大丈夫だ。この人が持ってる銃は音がリアルなだけの子供用の銃のおもちゃだ。絶対に死にはしない。すぐに立ち上がるさ。じゃあ次の家行こうか」
次に向かった家の窓からグランドピアノがのぞいていた。先輩は家をノックしようとしたが、その寸前に髪がボサボサの初老の男が飛び出してきた。
「聞こえぬ!なにも聞こえぬ!音楽が聴こえぬ!もはや死あるのみ!」
男はこう叫んで家の壁を下敷きにして遺書を書き始めた。
「先輩!あの人放っといたら死んじゃいますよ!早く止めないと!」
「いや、大丈夫だ。あの人は自分が耳栓入れてるの忘れてるだけなんだ。いずれ気づくさ。また今度来よう」
三巨頭の最後の人物の家は見窄らしい木造の貸家みたいだった。家からは異常はなさそうだから今度は何事もなく会えるのではないかと思った時、着物をだらしなく着ている痩せ切ったイケメンの男が女と共にふらっと玄関から出てきた。
「ダスゲマイネ。人間失格。死ぬ気で恋愛しないか」
男は女の肩を抱きしめてそう囁きながら歩いた。そして二人は家の前の小川の川辺で薬を飲んで横になったのだ。
「ああっ!あの心中しちゃいますよ!早く警察か病院に電話しないと!」
「大丈夫だ。あの人らが飲んでるのはただの下痢剤だ。そのうち二人とも催してトイレに駆け込むさ」
三巨頭の家から銃声と絶叫と死の囁きがこだました。青年はその耳をつんざく絶叫とその隙間から聞こえてくる死の囁きに耐えられず思わず耳を塞いだ。
「バァーン!バァーン!」
「耳が聴こえぬ!音楽も聴こえぬ!もはや死あるのみ!」
「ダスゲマイネ。人間失格。死ぬ気で恋愛しないか」
先輩は歓喜に満ちた表情で青年に言った。
「すげえだろこれが魂が込められた本物のアーティストのありようなんだ。アートに魂を込めるってのはこんなに辛くて厳しいものなんだよ!俺もいずれこの三巨頭の高みにまで辿り着いてやるぜ!」
ひたすら銃を撃ったり喚いたり囁いたりしている三巨頭の声とそれに感動して涙なんか流している先輩を見て青年はこう思った。
やっぱり俺アーティストにならなくていいっす。大人しくAIの世界に戻ります。