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小説家を探せ!

 アイドルというのは英語では偶像という意味だ。別に歌って踊る未成年の子たちばかりを表す言葉じゃない。人は飛び抜けて輝いている人を見るとその人の虜になる。だからアイドルなんて探せばいくらでもいる。あの素敵な音楽を歌っているおじさんも。あのみんなを笑わせているお笑い芸人も。それに素敵な絵を描いているあの画家も、その他の輝いている人すべてが私たちのアイドルだ。

 私のアイドルは小説家だ。榊風磨って繊細な文章で切ないお話を書く人。でも彼は正体不明の人だ。顔は見せず、自分のプライベートの事は絶対に晒さない。私は彼のデビュー作以来の愛読者だけどその私でさえ彼のことを全く知らない。彼に逢いたいばかりに就活は出版社ばかり回った。だけどバカ大だったから全然ダメだった。バカでもせめてコネぐらいあったらよかったけど、私の家は中小企業のリーマンだったからコネなんて持ちようがなかった。出版社で彼の編集を担当して、そしてよくあるように結ばれて彼の優しい指であんなことやこんな事をされて、トドメはその木漏れ日が似合うイケメンの口から放たれる小説そのままのセリフの囁き。ああ!もう死んでしまいそう!

 あら……はしたない妄想書いてごめんなさいね。恥ずかしいけど私、未だ全貌を知らない榊風磨を夢見ていつもこんな妄想をしているの。ああ!榊さん今すぐ逢いたい。せめてサイン会ぐらいやってくれたら真っ先に駆けつけるのに。どうしてあなたはいつも隠れているの。素敵な小説ばかり書いているのに、もっと堂々としていいじゃない。ああ!せめて一度あなたの素顔を見れたら。

 逢いたい気持ちは抑えようたって抑えられなかった。いくら待っても表に出てこない榊風磨。ドラマや映画になっても制作発表の会見にはいつも榊風磨の姿はない。ああ!榊さんどうしたらあなたに会えるの?私は仕事そっちのけで一日中榊さんに会える方法を考えた。彼の小説やエッセイを読んで必死に榊さんが出没する場所を探した。私は榊さんの小説はページに本当に穴が開くくらい読んでる。彼は小説では一切、エッセイでもほとんど地名を書かない。たまに地名を書くことはあるけれどそれは全部取材の話だ。しかも私が活字化されたそれを読んでいる時点ですでに彼はそこから去ってしまっている。だから彼が住んでいるところなんて絶対に知ることができない。ああ!もし彼に会えたら!でも逢えたとしても顔知らないし、間違って違うイケメンに声かけちゃったらどうするのよ。榊さんの小説のヒロインになるべき私が彼の目の前で別の男に声かけたら絶対幻滅されるわ!こんなバカ女が自分の本なんか読むわけないって名前さえ言わないで立ち去っちゃうじゃない。しかしそれでも榊さんに逢いたい!私は目をレーザービームのようにして必死に榊さんの小説とエッセイをチェックしていたけど、とうとう私は榊さんの来そうな場所を見つけたの。

『午後五時のサンセット。その時間になると通い慣れた川沿いの公園にある白いガゼボが落陽に照らされてめまいするほとビューティなオレンジ色に光り出すんだ。僕は創作か進まない時、公園に行っていつもそのオレンジ色のガゼボを見る。それをずっと見ていると不思議なくらいアイデアが浮かんでくる。そこにノースリーブの白いワンピースを着た女の子がいたら最高さ。そんな女をヒロインにして物語を綴りたくなってくるんだ。』

 このとあるファッション誌に載っていた短いエッセイの一節を読んで私は思わず嬉しさのあまりガッツポーズをとってしまった。その川沿いの公園にあるガゼボってもしかして私の家の近くの公園にあるやつ?たしかにあのガゼボって夕日に映えて綺麗なんだ。私も休日にたまに行ってオレンジに染まったガゼボを見ていたよ。ああ!だけどどうして今まで気づかなかったのよ。あの榊風磨があの公園に来ていたなんて!もしかしたら家も近所かも知れない。私はこの奇跡に興奮して大絶叫した。この私の絶叫を仲間の遠吠えと勘違いした犬たちが続けて吠える。ああ!ワンチャンも私と榊風磨の奇跡の出会いを待ち侘びているのね。今週も無駄に過ごすはずだった週末。でもその終わりにこんなプレゼントをくれるなんて!ああ神様私これからはちゃんと一円じゃなくて5円玉あげるから!

 今時計は四時半を回った所。あと少しで榊風磨が愛するサンセットが見れる。もしかしたら逢えるかもなんて爆笑ものの妄想で自分を奮い立たせて立ち上がった。ノースリーブの真っ白なワンピース。一度も着たことないやつが一着あるわ。それを着た私。まるでヴァージニア州のヴァージンみたい。だけど別に逢えなくてもいいの。あなたが真っ白なワンピースを着た私を見てこの子をヒロインのモデルにしてくれるだけでいいの。私それだけで嬉しいの。と妄想入ってたらあっという間に十分が過ぎてしまった。さぁとっとと出発よ!

 十分もかからないで着いた川沿いの公園。もうサンセット間近だった。少し歩いて着いた真っ白なガゼボ。既に西日が差し始めている。いっそ全てオレンジ色に染まれ。ガゼボも私も落ちてゆく夕陽の中に溶け込んでしまえ。ノースリーブの白いワンピースを着た私はガゼボの前で深く息を吸い込む。胸から腰までダイエットのおかげで凹凸がクッキリ出たこのボディ。ああ!榊さん私を見て!そして私をあなたのヒロインにして!私はあなたのものよ!私はうんと両手をあげて背伸びをした。脇を吹き抜ける柔らかな風。ああ!いつも脇毛抜いといてよかったわ。全くほっとくとすぐ馬並みの毛が飛び出してくるんだから。私は両手をあげたまま華麗にターンをする。私はあなたの小説の一番新しい、そして最高のヒロインよ。さぁ、このヒロインの私を見て。そして私をギュッと抱きしめて!

 っとターンしてベンチを見たらいつのまにかとんでもないキモヲタが座っていた。コイツは目を剥いてヒロインの私をガン見していた。なんでお前みたいなキモヲタがいるわけ?もう気分最悪じゃない!榊風磨に会えると思ってここに来たのにこれじゃ何もかもぶち壊しよ!私は頭に来てこのキモヲタを思いっきり怒鳴りつけてやった。

「ちょっとあなたなんでさっきから私のことガン見してんのよ!あの公共の場で私に変なことしたらどうなるかわかってるの?シッシ、早く自分のキモヲタハウスに帰りなさいよ!二度と私の前に現れないでね!」

 全く飛んだ大失敗だった。やっぱり人気作家と会えるなんて夢のまた夢ね。もしかしてガゼボのある公園ってここじゃないかも知れない。多分田園調布あたりにもおんなじような公園があるのよ。私は自分がバカな妄想をしていたのが、急に恥ずかしくなった。


 それから半月後、私は会社からの帰り道の駅のコンビニで榊風磨がエッセイを連載しているとある情報誌を買った。私は電車の中で早速連載ページを開いて食いつくようにガン見したが、その内容を読んで思わず大声をあげた。そこにはこんなことが書いてあった。

『サンセット。煌めくオレンジの光に包まれたガゼボ。そこにいたのは白いワンピースを着た女性。だけどその白さはあなたの心の醜さを隠せない。哀れな青年をなじるあなた。その青年が僕であることも知らずに』

 私はこれを読んで大声だけじゃ足りず雑誌を投げつけた。そして雑誌を指差してこう叫んだ。

「榊風磨ってオマエだったのかよ!」

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